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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
七節【アストラルクス】

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7 スキャンダルベイビー


 年末から年始にかけては、この国に暮らす人々にとって重要な祭日が続く時期だ。

 とくに古い時代から新しい時代へ移り変わる瞬間は、国をあげて時空蛇を主神として祀るうえで、無視することはできない。


 仕事は休み――――あるいは一部の商売人にとっては書き入れ時――――であり、その多くが休日を享受する。

 家族や恋人と贈り物を交わし、年始まりの祝いの象徴――――星飾りと銀のリボンを窓や玄関に飾り付ける。これはいうまでもなく、時空蛇という『時』の象徴シンボルである。

 ごちそうを食べ、年をまたぐ瞬間には、それを巻いたトネリコの枝を暖炉や食卓の中心に置き、瞼を閉じて新しい年の安寧あんねいを祈った。


 そして貴族にとっては、民たちよりも忙しい時だ。

 貴族たちは胸の内はどうであったとしても、信仰と伝統を継承するという役割に縛られた存在でもある。

 各地、一族に伝わる方法で、伝統的な儀礼をもって領民をもてなし、儀式を行う。

 信仰が離れているといっても、信心深い領民たちは伝統を失くせば不安に思うものだから、無い煙を立たせないためにも、予算と手間をかけなくてはならない。


 さらに年明けから五日後には、最初の社交の場となる城での式典がある。

 名目は、民の王である陽王陛下へのあいさつ。

 実質的な目的は、貴族たちが後継者たちを披露する場だ。タイミングによっては、こちらのほうが重要だという貴族家庭も多かった。


 式典は、午前の部と午後の部、そして夜の舞踏会へと続く。

 午前の部には、成人したばかりの子息たちを。

 午後の部には子女や妻たち。

 そして夜の舞踏会では大人たちの社交というのが、暗黙の了解である。


 後継者のいる主だった貴族家は、首都アリスに集まり、年末年始の団欒もそこそこに忙しく準備を整えなければならない。

 とくに後継者を立てたばかりの家。新婚、または婚姻を控えた家。適齢期で相手を探す家も、本命は初夏の社交シーズンだが、下準備として参加する場合が多い。

 こうした岐路きろにある家は、何か月も前から、このときのために準備している。

 地方住まいでなかなか来られない家も多く、その数は膨大。シーズン中は、連れてくる使用人たちや、稼ぎ時を目的とした商人たちもやってくるため、首都の人口は一時的に膨れ上がるものだ。


 かわりに、地方の貴族屋敷は閑散とする。

 それは、ミネルヴァ領の全寮制学校、ラブリュス魔術学院も例外ではない。

 身分を問わず学習意欲のある者を受け入れている学院は、ただでさえ帰省の時期で、残っているのは熱心な研究者や、人生の岐路には立っていない若者たちだけ。



 プリムローズ・エマ・グリンヴィア(親しい学友は『ミス・グリーン』または『ローズ』と呼ぶ)は、その『熱心な研究者』であり、『人生の岐路には立っていない若者』という自負のある学生のひとりだった。


 天候を研究する身として、年末年始だけデータ収集は休みにする、というわけにはいかず、今年も最初の日の出を待ちながら凧を上げることだろう。

 そもそも実家は貴族といっても分家筋。しかも彼女は、兄、姉、弟二人がいる次女だったから、家に帰るほうが煩わしい立場にある。


(今年はとくに残る学生は少なく感じるけれど、情勢を考えると、気のせいではないでしょうね)


 まだ年末には半月以上もあるが、年始の式典に参加する家庭の学生は、平均して二十日前には家に戻っている。若者はすぐにドレスのサイズが変わるため、身繕いに時間がかかるからだ。


 あと一週間もすれば、貴族出身ではない学生たちも帰省をはじめるだろう。

 学生がいない以上、参加してもしなくてもいい講義が増えはじめ、中には試験を見据えない、教授の趣味に走った講義が催されたりもする。

 学習意欲の強いプリムローズとしては、それは休暇のただ中よりも楽しい時期だった。


 しかし今年は。

(……ヴァイオレットは元気かしら)

 日に十度はそう考えている。


 その日も気の早い銀のリボンと星飾りが飾られた窓の外、晴れた朝焼けを見て、ふと彼女を思い出した。


 いま、彼女の知人で最も『人生の岐路に立っている若者』は、間違いなく彼女だろう。

 プリムローズは友人が少ないが、けして情報にうといわけではない。

 ヴァイオレットとの仲は本家も承知で、だからこそ、関連する話題は父を通して教えてもらえるし、ここは貴族子弟が多く在籍する学院。本気になれば、世間情勢の縮図が見えてくるというものだ。


 だからもう、多くの貴族がその噂を耳にしている。

 ライト辺境伯夫人は、先陽王の隠し子であるという噂。

 そして、さらに進んで、ヴァイオレット・ライトが学院から姿を消したのは、子供のいない陽王が夫人の一人娘である彼女を後継者に指名しようとしているからだ、という噂。


 さてそんな話の真偽がどうだとしても、その噂を誰が流しているのかが、プリムローズにとって目下の考察案件だった。

 それにより、噂がはらむ目的が変わってくる。


 陽王派……と呼ばれる革新派は、陰王を擁立する神官の筆頭であるライト家と、対立関係にある。

 一部の高位貴族が先導し、商人と身分問わず若者全般からの支持がある。数は多くて一部の声が大きいが、状況によって移ろいやすい層だ。


 陰王派と呼ばれる魔術保守派は、敬虔なインテリ層が多くを占める。

 プリムローズの体感では、この魔術保守派が、いちばん危険視するべきだと感じていた。

 学のあるものが多いだけに、ひとつの思想を()()する傾向にあるのだ。

 学院内でも彼らは『仲間集め』に熱心で、しかも一度入ると抜けるのは難しいらしいと聞く。


 中立派と呼ばれるのは、文字通り静観を決めた層。

 思想の上ではどちらかの味方だが、行動には移さないもの。決めかねていて、結果が出るまでを見守っているもの。長いほうに巻かれたいもの。

 言い方を変えても、ようするに『有象無象』だ。

 面白いのは、矢面に立っているライト家が、この中立派ということである。


(陰王の約定を思えば、無理もないですわよね)


 陰王は、『人の世に干渉しない』と決めている。

 民を治めるのは、あくまで人間の王である陽王の役割で、陰王はいわば神の存在を証明をするためだけにいる。

 陰王の仕事は神々に祈ることであり、その意思の窓口になることだ。どんなに民草がその仕事にけちをつけても、神の意志を受け取らないかぎり陰王は動かない。

 陰王は、『祈るものに加護を与える』という。信仰に背を向ければ、とうぜんその加護は薄れていくのだと。

 魔術保守派の主張はまさにそこで、だからふたたび鎖国し、魔術だけに研鑽していた二百年前に立ち返るべきだという。


 そして中立派に主張があるとするならば、そんな魔術保守派の主張に対する「そんなのは現実的に無理じゃない? 」だ。



(おそらく噂を流したのは、革新派じゃない)


 革新派は、自分の商売と経済の生く末に興味がある。ヴァイオレットの血筋を利用するなら、いまの陽王の治世がより長く続くように働きかけたほうが建設的だろう。


 陽王を目の敵にし、陰王のカルトじみた様相の魔術保守派のほうが、『陽王一族の血筋を引く筆頭神官の子』を擁立したがるだろうし、中立派のほうは当事者であるライト家がいる。

 噂を流すその思惑の内容までは分からないが、しかし当のライト家が流したものだという確証が流れれば、噂は信ぴょう性を増し、事実に変わるだろう。


 そして当事者なのは、陽王も同じだ。

 しかも陽王には、陰王のような約定は無い。世論が荒れ、争いが起こるのならば、それを治めるのは陽王の仕事の内である。

 何よりも、身分を隠して暮らしていた妹の血筋を暴くということは、前王の不貞をも暴露するということだった。


 そんなことができる厚顔さは、革新派も魔術保守派も中立派も持ち合わせていないだろう。



(噂が陽王陛下ご自身の意図だとすれば、陽王陛下の支持があるのはどこだっていうの? )

 


 冷や汗が出る。プリムローズには、最後に会った彼女のぼろぼろの姿が忘れられない。


「……どうせ、わたくしなんて役には立てないでしょうけど」


 埃をかぶった便箋を取り出す。


(行こう。首都へ――――)




 船がやってきたのは、プリムローズが旅立つ朝のことだった。

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