7 KNOW KNOW KNOW
時系列的には六章本編のあたり。
「まったく! まったく! まったく! さぁ!!! 」
シオンはがなり立てた。端正な顔の横を、銃弾がかすめて頬の表面を焼き切っていく。
「ギャーッ! 」
ドン、ドン、ドン、と、悲鳴をかき消すほどの銃声が立て続けに壁へと打ち込まれる。
「なんだよなんなんだよ! 魔法使いなら魔法使えよ! 火薬武器なんて密輸入してんじゃないよッ! 」
「ほんッッッとうるさいな! 」
シオンの文句に、子供のような声色が重なった。
「ねえ~! ソレ、おれのことじゃないよね!? 」
「どっちもだよ! なんとかできるんだろ! 」
「斬鉄剣じゃないんだから刀であんなん斬れないって! おれじゃあ『つまらないもの』の『つ』でヘッドショットくらって死んじゃうよ!」
「あ~~~もうっ! こっちはこっちで忙しいってのに! あんたにはもっとあるでしょ奥の手が! 」
「死んでこいってこと!? 」
「そっ・うっ・だっ・よっ! 」
にょき、と空に裸足の足が生え、シオンの背中を蹴り飛ばす。
「わぁぁあーッ!!!! うっ」
シオンは隠れていた壁からまろび出て、その瞬間に胸へ一発打ち込まれて低いうめき声をあげた。
よろめきながら、倒れこむように前へ一歩。その体へ続けて弾丸が二発、腹と肩へ。
一歩。
また一歩。
二歩、五歩、十二歩――――。
弾丸の雨の中を、シオンの血霧の華が咲き、鉢巻がひるがえる。
よろめいていた脚はとっくに力強く床を踏み込み、刀を空中で構えなおしながら壁を蹴って天井近くまで跳んでいた。
その切っ先は皮膚を斬り裂き肉を断つよりも先に、引き金にかけたその手を峰でうち、返す刃で鉄の筒を輪切りにする。
シオンは呼吸すら乱れず、納刀しながら細い息を肺から絞り出すだけだ。
濡れた血染みと弾丸が通った証拠の無数の穴が、まとう衣服をボロ布に変えてもなお、アズマ・シオンは――――陰王の伴侶に選ばれた男は、威厳もへったくれも無く元気に文句を再開した。
「……ったいんだよなぁ! ほんとさぁ! 痛いんだよ! 痛いし、縮むし、疲れるし! やってらんないよ! 」
「その口を閉じたらもうちょっと疲れないんじゃない? ……あーあ。この人、あんたが怖いからチビってらぁ」
追いかけてくる声色は、子供のような高さをしている。
血を避けて蛇行しながらシオンに歩み寄った子猫の『ようなもの』は、形こそ黒い子猫だが、大きさがシオンの拳ほどもない。子供の片手に乗るほどのサイズで、よく見れば輪郭が『ぼやけて』いることがわかるだろう。
「口開かなきゃ怖くてやってらんねぇんだよぅ! 」
「うわ、泣いてる。うそでしょ? 」
「毎回毎回毎回さあ、何度やっても慣れないんだよ。こればっかりは! うう……涙をぬぐう袖もない……みじめだ……」
「早く着替えなよ。あと二日しかないから、スケジュール詰まってるんだよ」
「おれ偉いのに……ジジくんひどい……」
「馴れ馴れしく懐くなよ小僧。恨むなら、そこの愛国心を忘れたおしっこくさいオジさんたちにして」
これは、ヴァイオレットの陽王謁見から三日、サリヴァンたちがこの国に上陸するまであと二日。
そんな狭間の時間、『魔法使いの国』の各地で起こっていた出来事の『記録』である。
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ふたりが戦っていたそこは遺跡であった。
もとは山肌にあった洞窟か。もっと大昔は、地中を流れる川だったのかもしれない。
この国ではこうした自然にできた洞窟を、時空蛇の呼吸が通る場所として、手厚く信仰した時代があった。
洞窟以外にも、豊かな水源、大樹と森、山々の峰にも『時空蛇』の姿を見て、各地にその痕跡がある。
それらは土地の管理者である領主が中心となって維持することが厳命されている、『聖地の跡地』であった。
――――そんな遺跡のひとつ。
最奥にある最も尊い祭壇に、ふたりは到達する。
祭壇は、山肌を切り取り整えた、テーブルとも、巨大な玉座とも思えた。
階段状の台座を昇っていくと、巨大なひじ掛けとひじ掛けのあいだに、熊がベッドにできそうなほどの空間がある。
そこには金属で装飾された円形のくぼみがあり、小さな『ジジ』のかけらは、シオンの手からそのくぼみの中にすっぽり収まると、うん、と頷いた。
「……これでよし、と」
「おつかれ。じゃあさっさと『次のボク』のところに行って。ソフィア領? だっけ? あっちは親陰王派だから手厚く歓迎されるよ~。よかったね」
「こんなに細切れになって、きみ、大丈夫なの? 」
「ボクは常時八千五百兆個の細胞の動きを把握して管理してるんだ。これくらいは機能の範囲内。わけないさ」
サマンサ領から左回りに、各領地にある遺跡を、シオンは六日で廻らなければならなかった。
各地にはすでに、分割された『ジジ』が、――――実をいうとエリカによって記憶を取り戻した数日後には――――先んじて、『伝令』として領主のもとへと送り込まれていた。
ちょこんと前足をそろえて座るジジは言う。
「この計画に『乗る』か『乗らないか』――――いやあ、愛国心が試される、いい作戦だこと」
「がんばるよ。がんばるけどね……娘って父親のことはスーパーマンとでも思っているのかな……」
「三歳児じゃないんだから。ただ単に適材適所でしょ。ほら早く。裏方の仕事は休みなし。行った行った」
「えーん」
がこん、とシオンは壁に立てかけてあった板切れを手に取る。
それはどこかの屋敷にあった扉の残骸で、真鍮のドアノブは片方にしかついていない。
グラグラする扉をバランスを取りながらぴっちりと締め、もう飾りでしかないドアノブをひねって開ける。
少年の顔を、温かな人工の明かりが照らした。
そこに洞窟の壁はない。あるのは清潔で温かい、瀟洒な屋敷の一室だ。あかあかと燃える暖炉に向かって踏み出しながら、シオンはひらりと背後に手を振った。
「いらっしゃい」
暖炉の上で丸くなっていたほうの『ジジ』が言う。
「あと十一か所。さっさとがんばって終わらせてね。
……と、言いたいところなんだけど、悪いニュースだ」
「……え? 」
シオンの頬に、たらりと一筋の汗が流れた。
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「――――あのさぁ! 」
「ごめんよぉ。忙しい時に」
「ほんとにさぁ! なんッで乗り遅れるかなぁ!? 人生で一番乗り遅れちゃいけない船じゃん!? 」
「ごめんよシオン。終わったら――――」
「死んだかと思ったよ!? わかってるよ!? こういう時はおれしかいないもんね! わかってるけどさぁ! ほんッとに無茶すると死ぬからな!? 」
「死ななくてよかったよ」
「おれはさっきウッカリ深海と雲海に生身で突入して死んだけどね! きみはほんと、奥さんと子供もいるんだから命大事にしろよォ! 」
「わかっているともさ」
「きみって昔ッからそうだよねぇ! 」
「きみも昔っから変わらないよ」
「おれのノミの心臓知ってるだろ! 知らせを聞いてどれだけビビったと思ってんのさぁ! 」
「きみがいるから無茶できるのさ」
「フランクのバーカッ! かっこつけ! 」
「あはは。子供みたい」
「『あはは』じゃ、ねーんだよなぁ~ッ! 」
シオンは(奥さんの影響で)不老不死です。




