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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
七節【アストラルクス】

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7 Resuscitated Hope

第二部七章開幕 プロローグです。

挿絵(By みてみん)


 第十八海層シェリダのエルバーン海には、下層から浮上するさいの縦穴『海層特異点』が三つ存在した。

 サリヴァンらの乗る五船は、もちろんそれらのどれかを通って海上へと到達することになるが、現在その三つのうち二つは、国防上の理由で封鎖されている。


 機能しているのは大陸の左端、グネヴィア領とサラ領と隣接する北西部沖。

 フェルヴィン皇国から脱出したヒースの船も、ヴェロニカ皇女たちとともに、ここから海上へ浮上し、サラ領のサーナガーンという港町に上陸した。


 他ふたつの封鎖された海層特異点は、ラブリュス魔術学院のあるミネルヴァ領と隣接するキャサリン領、その間に横たわる淡水湖ウルラ湖中心にあるものと、コネリウスらが『魔の海』へ降下するのに使ったものが、サマンサ領と海を挟んだローズ領の中間にあたる西の沖に存在する。



 二つの特異点の封鎖は約六十年前。

 この国の鎖国が解かれ、上層諸国と国交がはじまって数年のころ、『国防のため』というのは建前であったというのは、いまや当事者である人々しか覚えていない話だ。

 とくにサマンサ領の人々は、領主一家ふくめ、海沿いの領民たちであれば、例外なく当事者たりえる資格があった。


 『陰王派』と『陽王派』と呼ばれる貴族たちの対立の歴史は長い。

 とくに槍玉にあげられたのが、陰王側の筆頭であるサマンサ領のライト辺境伯家である。


 辺境伯というのは、国境を守るための役割を負った家のことだ。

 軍を組織することを『陽王』『陰王』の両方から認められ、ライト家はさらに『陰王』に最も近い神官としての最高位にあった。


 直下の海層が『魔の海』とはいえ、その下にあるフェルヴィン皇国は隣国である。

 フェルヴィン皇国には多くの古代の魔術が遺されており、実際に争った歴史もあった。上層諸国が飛鯨船を開発するよりも、何百年も前のことだ。


 また、海から海へと巡礼するケツルの一族との関係もある。

 空から降りてきて、海層特異点へと潜っていく巡礼者の一族との関係は、『混沌の夜』から三千五百年、かかすことなく貴重な情報源であり続けた。

 それは第十八海層から上にとっても同じであったから、平和な時代が何百年と続いても、建国から『辺境伯』というライト家の称号は剥奪されることなく、そこにあったのだ。


 当時のサマンサ領は、ケツルの一族にとって重要な巡礼地として、そして多くの魔術師たちの修行の地として、宿泊施設を兼ねた教会や慰労施設が町と町のあいだをつないでいた。

 海層特異点からうまれる潮の流れは魚を呼び、漁港はいくつもあったという。


 しかし五十八年前、いざ開国となったころ、特異点は陽王派たちの手で閉鎖へ追い込まれる。


 巡礼地としての意味は半減し、魚の数は年ごとに減った。

 人々は、恵みを求めて南へと移っていく。

 かつてはラブリュス魔術学院と肩を並べて、優れた魔術師たちを輩出し名をはせた、サマンサ領の『深紅の翼隊(ロイヤルクリムゾン)』は、王都軍へ吸収という名の解体を余儀なくされ、『辺境伯』の名は、ほんとうの意味で名目上のものと化した。


 戦う牙も、体を温める毛皮も剥かれたサマンサ領に遺されたのは、広大で厳しい土地と飢えた民たちであった。


 コネリウスが結婚した当時の女辺境伯アンナ・ライトの、ひとつ前の世代でのことである。


 コネリウスは、そんなアンナの苦労を見てきた生き証人だ。

 さすがに温厚で知られる歴代のサマンサ領主たちも、この件についての恨みは忘れていない。


 だからコネリウスは、『封鎖されたサマンサ領沖の海層特異点を使う』というエリカ・クロックフォードの計画を孫息子フランクから聞いたとき、思わず笑み崩れた。




「――――ああ。帰りもあの海を通れないのが惜しいなァ! 」




 船が浮上する。

 水面を割ってあらわれたのは、『白い斧(ラブリュス)と稲妻』が掲げられた黒い城の輪郭だった。





 ◇





「ライト家の血を引くものを陽王にしてはならぬ! 」


 ある貴族の男が、青ざめてそう言った。

 王都にはいくつかあるサロンでのことである。


「そのとおりだ」とテーブルをともにする男たちは頷く。

 なぜならば彼らは、半数が年寄りだ。

 そろってライト家の牙を抜き、毛皮をはぎ取るため加担した当事者が今もなお過半数を占めており、そうでないものは親か親類が加担している。


 その中には、(いや、でももし、そうなれば)と考える者もいるだろう。

 彼らはどこか他人事で、ライト家は二十年前の内乱でも様子見を決め込んだじゃあないか、と考える。

 その牙はすっかり抜けているだろうと、すでにライト家は隠居した老人も同じじゃあないかと、そう考えている。


(もしライト家のものが陽王となれば、傀儡のようなものではないか? )

(ならば逆に近づいて、即位に加担し寵を得たほうが良いのではないか)


 彼らも莫迦(ばか)ではない。

 先祖代々継承された、古いやり方も知っているし、潮目を見て常に準備をしている。


 ある魔女の言葉を借りるなら、『死なないために準備をしている』。



『ライト家の血を引くものを陽王にしてはならぬ! 』

 彼らはある時から、それをスローガンのように繰り返して、こうしてサロンでの密会を重ねてきた。


 陽王の威を借りる狐ども。


 陽王自身の意思はその中にはなく、あるのは新たな時代に自分の家をどれほど栄えさせるかという、貴族の長が憑りつかれる欲望と強迫観念だ。


 この国は病みつつある。

 ここですら、病巣の表層でしかない。

 この癌細胞たちにすら、正常な働きをさせなければならないのだから、王というものはなんという仕事だろうと、メイドは城にいる人物を思い、悩まし気なため息を吐いた。


 男たちの目に女の姿は入らない。

 ただのメイドなど。


 ――――ここにその『ライト家に嫁いだ王家の女』がいるとも知らず。


 独断である。兄は止めただろうが、見るべきだと思った。

 それが一番手っ取り早い。

 彼らもまた、この国の中枢を担うものたちであるから。

 なにも、これが初めてではないのだ。

 変身術を修めたのは、こういう使い方も目的のうちだった。


 牙を失ったライト家は、戦い方も変えている。彼らはそれを知らないだけ。

 ある時から陰王の筆頭としてライト家は槍玉に『あげられて』きたのだ。他の家門とまるごと燃えることを避けるために。


 そのために牙も毛皮も差し出した。

 かわりに、王家の娘を血に入れることに成功した。


 いまやここにいる郎党らもそれを知っているし、分かっている。

 だから自分たちがしでかしたことが、思わぬ実を結んで焦っているのだ。

 

 ライト家には、建国当時から王家との信頼関係がある。

 娘の嫁ぎ先としてもいいくらいには、建国いらい三千五百年の忠臣である。


(この人たち『審判』が始まったと知れたら、文字通り馬車馬のように働くことになるのでしょうね)


 二十年か、三十年か。……五十年か。

 終わったころには、この場のどれほどが生きているだろう。



 空瓶を拾い上げながら、青い血の魔女は心で呟く。


(喜ばしいことに、あなたたちは、新時代の礎になる。わたくしたちと共に)



 その最中に少しばかり、こちらも利を得る働きをしよう。

 それが人間の持つ、素晴らしい機能……情動というものだ。

いつもニコニコしている奴らが、何のためにニコニコしているのかって話。

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