閑話 NIGHT LAN DOT
「……エリ」
サリヴァンは、真っ白で何も見えない空を見つめて固く握りしめられた手を取った。今しかないと思ったからだ。
「聞いてもいいか」
視線が合い、少し呆れたように微笑まれる。
「ようやく? 」
呆れた様子ではあったが、嫌みっぽくはなかった。それにサリヴァンは安心しながら、口を開く。
「今まで黙ってたのは、誰に、どこから聞けばいいか分からなかったからだ。……言い訳がましいけどさ」
「気を使ってたんでしょう。わかってるさ。どれからにする? 」
「最初は……そうだな。ヒースは、いつから『審判』が始まる時期を知らされてた? 」
ヒースは、しばし瞑目する。
「……自分の船を持ってすぐだから……一年半くらい前かな。最初、お母さん……エリカ師匠のほうから仕事を頼まれた。船の仕事のかたわら、上層にいる師匠の協力者に取り次ぐ仕事だ。『いつごろ【審判】が始まるから準備を進めてくれ』っていうメッセンジャーとしてね。僕はほら、この顔だから。素顔を見せれば、分かる人には分かるだろ? 関係者だってさ。フェルヴィンにサリーを移動させる段取りを組んだのは、僕とアイリーン母さんだ。もう分かってたと思うけど、再会したのは偶然じゃない」
「じゃあ逆に、どこまでが段取り通りで、どこからがイレギュラーだったんだ?」
空が海に替わる明暗の境を超えた。
暗くなった窓ガラス越しに視線を交わす。
「段取りでは……そもそも時期が年単位で早くなった。それにエリカ師匠の預言では『魔術師』を取るのはサリーの予定だったしね。
もちろん王城が占拠されたこともイレギュラーだ。これについてアイリーン母さんは何も言わなかったけど、例の『魔術師』が時期を早めたんだと思う。
アルヴィン皇子が怪物になったこと、その語り部が『宇宙』になったのもイレギュラー。
『皇帝』は、レイバーン陛下からグウィン陛下に譲渡する案が出てたかな。
そもそも本来なら『選ばれしもの』がこうして同じ国の人ばかりから選出されることも無かったんだ。
あの土壇場で、フェルヴィンの人たちは文字通り死に物狂いだったし、きみやジジもそう。『審判』に居合わせたことで、僕だって、この世界の命運の淵ぎりぎりで立ち回るはめになった」
「同じ国からの選出者が多いと、他国からの支援が受けられない? 」
「いい思いはしないだろうね。世界の命運を託される『選ばれしもの』に、自分の国の人間は選ばれないとなると、現実みが無いだろ。他人ごとになる」
「『皇帝』『女帝』『教皇』『女教皇』は譲渡できる。……おれに『教皇』を譲渡させたいのは、そのせいか」
「そうだね。四皇以外の『選ばれしもの』には、基本的に『譲渡』って機能は無いと聞いてる。
『女帝』のヴェロニカ殿下は戦力的にも、フェルヴィン復興の旗印としても申し分ないし、『女教皇』は陰王自身だから、国の代表とするなら陰王の従者で無名の神官って立場のサリーのほうが一段劣る。政治的にはサリーが筆頭の候補だ。
ついでにうちの国には、陽王の後継者問題がある。今の陽王に子供は望めない」
「断言するな。独身を貫いているのはそれでなのか? 」
「前の内戦での落馬事故で、生殖能力を失ったって聞いてる。弟君のオズワルド殿下ももういないし、陽王と側近はライト家に嫁いだ妹、ミリアム夫人の子をあてにしてる。前陽王の血筋をたどって候補者を探そうにも、ほとんど陽王より年上か、よそに嫁いでしまってたり……とにかく条件があわない。
きみはまだ独身で、教養もあるから、今から立太子して教育すれば、陽王が六十歳くらいで死ぬころには三十も半ば。十分間に合う、と考えられてる」
「その場合、婚約はどうなる? 」
ぱちくりとヒースは瞬いて、隣を見た。ずっと握りっぱなしの片手を握り返して、「ええと」と思考する。
「僕、実はさっき『選ばれしもの』になったんだ。『運命の輪』だ」
「うん」
「僕は旅をしなきゃならない。きみが『教皇』を譲渡して立太子することになったら……ジジも、きみのところにはいられない」
「そのときはお前に頼む。あいつもお前ならいいって言うだろ」
「うん……。で、『選ばれしもの』になったら、もちろん、生きて帰るかは分からない。次の王妃がそれはマズイから、もしかしたら、婚約解消って……なるかなあ、やっぱり」
「なるかな、やっぱり」
「五分五分かなぁ」
「それは嫌だな。エリ、お前は? 」
ヒースはパッとサリヴァンを見た。
「いっ、嫌なの!? 」
サリヴァンは呆れたように、空いた手で頭を掻く。
「嫌だろ、そりゃ。こうだし」
と、繋いだ手を軽く揺らした。
「……いまさらエリ以外考えたこと無いんだよ。いちおう……」
「えっ、何、それって、ちょっと、どういう意味!? 」
「なんでちょっとキレてるんだよ! そーいう意味ですけど!? 」
「そういう意味!?」
「声がでかいって! 」
助けを呼ぶようにヒースが叫ぶ。
「何!? 僕が片思いじゃないって意味!? もうちょっとロマンチックに言って!!! 」
「わかった」
手が離れた。
「指輪はこんど作るからな」
そう前置きして、サリヴァンはその場にひざまずき、もういちどヒースの手を取ると、一言、二言と口にする。
声もなくヒースが頷くと、サリヴァンは「こういうことだよ」と、いまさら真っ赤になって顔をそむけた。
「おめでとぉー」
立会人がいつにない上機嫌で拍手する音が、真空の星空が照らす船内に響いている。
「大事なところで『いちおう』はいらなかったね」
「それはそう思った」
「うるせぇうるせぇッ! あんなもん照れずに言えるかッ! 」
一方そのころ操縦桿を握る養父は、何も知らずに「アイツらうるさいなぁ」と思っていた。
書いててめっちゃ恥ずかしかったです。(恋愛描写照れるマン)




