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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
六節【黄金の目】

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6 歯車②


 〈わたしは美しいわね〉

「はい? 」

≪見りゃわかるよ≫

 当然のように言われた言葉に、ジジが冷たく返した。



 〈あなたたち、不変の美しさってなんだと思う? 調和がとれていること? むらがない色をしていることかしら〉

≪何の質問? ≫

「それは……時と場合によるんじゃないか。芸術っていろいろあるし、個人に好みだってある」

≪これは芸術の話? それとも美容の話? ≫

 〈芸術と歴史の話〉

≪それならサリーのいうとおりだ。美を【好ましさ】や【人気】と言い換えるのなら、それは状況によって変わっていく。進化や発展といってもいい。美は時代とともに発明され続けるものだ≫

 〈それもひとつの正解ね〉

「でも師匠せんせいは【不変の美しさ】と言った。それは流行の話だけど、正解じゃあないんじゃないか」

≪なら答えはひとつだ。【自然そのもの】だ。赤ん坊は、いつの時代も可愛いだろ≫

 〈そのとおりよ。だからわたしは、美しいといわれる〉

 エリカは細いため息のようなものを吐いた。


 〈……この世界の万物を作り上げた原初の泥。わたしの母、アイリーンは人の腹から生まれず、そこから直接生まれてきた。とうぜん、わたしの体にはその血が流れている。ジジや語り部たちが姿を変えられるのも、原初の泥が材料のひとつだから。その話は前にしたわね。

 わたしたちは、望む姿になれる体。努力が必ず身に付く体。つねに最善を保つ体。どんな過酷な環境におかれても、その場所に適応することができる体。だから誰が見ても美しくもなれるし、その気になれば神に至ることもできる。でも母は、アイリーンは、我が子がそんなふうになることは望まなかった。すくなくとも、生まれた瞬間は、ふつうの人間の赤ん坊であることを望み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 歯車の音がひときわ近い。駆動する音だけではなく、うなる駆動そのものをジジは感じている。

 いつしか歯車は、ひとつひとつが巨大に、空間は開けてきていた。

 下から光が差し込んできている。白緑色の、柔らかな光だ。


<気が付けば、わたしとアリスは荒野に立っていた。血の色の空と絶え間ない地震と地割れ。逃げまどう流民たち。国はすでに蝗や洪水、あるいは地割れで沈み、運悪く生き延びて、滅びるのを待つ人たち。

 わたしたちは子供を体に宿していて、アリスの体は出産する直前に死んでしまった。わたしたちの他にも子供がいる女たちはいたけれど、赤ん坊ほどこの世界の影響を受けないものはない。アリスの亡骸から取り上げた子供も、女たちの子供も、原初の泥の影響を強くうけていた。

 ……わたしは怖くなったわ。この体なら、ぶじに生まれる可能性がある。でもそうじゃなかったら? 生まれたとして、その後はどうするの? 何もわからなかった。分かっているのは、自分の体がふつうとは違うこと。もっと強くならなければ、生き残れないということだけ>


 楕円のシルエットが眼下に見える。

 多くの管が繋がった台座の上に、白緑色の光に照らされた箱が置かれている。灰色の金属と、白い石と、覗き窓のようなガラス。

 影法師のような姿のエリカは、それの前に立った。瞳だけが金色に光っている。


<アリスは死後も、魂だけは人々の中を転々として生きていた。彼女の能力は、心が死にかけた人たちを動かすことができたから、わたしたちは彼女がいなければ統率が取れなかったの。

 わたしは原初の泥を飲み、生まれた子供ともども生き延びた。アリスの力を借りて、神々と交渉することを決め、魔人をつくり、冥界に幽閉された神々を解放して、そしてようやく交渉の席に立てた。

 そうして出来たのが、『最後の審判』のルール。そこから先のわたしの人生は、『最後の審判』が起こるまでに、人類が生き残るための方策を練るために費やされてきた。


 そのために生まれたのが、語り部たちであり、『白鯨』であり、『フレイアの黄金船』であり、フェルヴィンのアトラス王家であり、魔法使いたちの国『アストラルクス』。


 大地は二十三に分割されたまま平定され、人々はそれぞれの地で、新しい歴史を紡ぎ始めるなかで……アリスは、自分の役割を見失った。

 ヒースが、あの子が三つになったときだったから、思えば短い共闘だったわ〉


 エリカは右手を上げた。指差すのは、ちょうど光の陰になった壁面である。


 〈アリスの能力は、血族に強く作用する。数がいればいるだけ、血のえにしが力を強化していく。この世の終わりの未来すら見ることが可能になる>


 壁にくぼみがある。

 わざと目立たないようにされている。品のいい小箱は、一見して化粧箱だ。しかしそれは、そうと言われれば小さな棺に見えた。


<ヒースの父親は、その血族の生き残りだった。ここにあるのは、彼の父親の片目と彼の両眼の三つ。これは持ち主がいなくなった今も、腐ることなく先にあるものを予言している。わたしがここから離れられないのは、これらが告げる未来を観測しなければならないから。ここの装置は、そのためのものなの>


 喉が渇く。

 何を言えばいいのか。サリヴァンの頭の中では多くの疑問と言葉が踊っていた。

「……その、下にあるものは」


≪それが今のその人だ≫


 ああ、ジジはやはり知っていたのだ。


≪エリカは何度も自分を改造した。原初の泥を飲み続け、自分の中にある知識を使って研究を繰り返した。その『眼』に接続してものを『視る』と、ふつうの人間の脳では耐えきれない。だから≫


 〈言ったでしょう。わたしの体は望むだけ最適化される。アリスの持っていた最大の能力も、その『眼』に耐えられる脳を持っていたことだった。その脳をうしなった彼女は、自身の野望を叶えるためにヒースの体を狙ったのよ。いっときのものではなく、完全に新しい自分の体として利用しようとした。わたしとジジは、その瞬間に彼女と決別した。彼女が『感染』している民を一人残らず殺し、じっさいに三千五百年ものあいだ、彼女は表へ出て来なかった。でも、彼女がそう簡単に消えるわけがない。最後の審判のときまで、かならず漁夫の利を得ようと辛抱強く待つはずだと、わたしたちは考え、あの子をその時まで眠らせることにした〉


「……おとりとして育てたんですか」


 〈そうよ〉


≪違う。それはヒースに失礼だ。ボクたちは、あの子が生き残るすべを考えた。エリカは≫


 〈違わないわ。あの子には、かの地で流民たちに混ざって寿命を終えるという選択肢があった。けれど、わたしたちはあの子に自分たちの役割の一部を任せる選択をしたの。

 ケイリスク家の……あの人たちの『眼』が見せてくれた未来に、サリヴァン。あなたがいたわ。他の選ばれしものたちも。

 さまざまな可能性が未来にはある。わたしたちは、こころざしを正しく受け継ぐものが必要だと考えた。その数は、ひとりよりも二人がいいとも考えた。

 この下の箱には、わたしの成れの果てが入っている。

 わたしの寿命は、もう尽きようとしている。その前に、かならずアリスだけは、この世界に連れてきたものの責任として連れていくつもり〉



 金色の光でしかない眼が、こちらを見て瞬いた。影法師の姿では、師がどんな表情をしているのかも分からない。


 〈二回目の審判は、もうすぐはじまるわ。一回目より条件が厳しくなる。これは人間たちの試練。国に戻っても、陰王アイリーンは時空蛇の化身であるかぎり、今回ばかりは『女教皇』として参戦は許されない。サリヴァン、あなた、今どんな顔をしてる? きっとこんなわたしたちを、悲しく思って、怒っているのでしょうね〉


 諦観の響きだった。


 〈今一度問うわ。コネリウス=サリヴァン・アトラス・ライト、あなたには二つの道がある。『教皇』をしかるべきものに継承させ、国で皇太子となるか。このまま『教皇』に選ばれしものとして、おおいなる試練の旅に出るか。

 まだわたしが生きているうちなら、どちらを選んだとしても、どうとでもしてあげられる〉


「おれは―――――」


≪誰だ! ≫



 鋭いジジの叱責とともに、影と気配が天井へと消えていくのが見えた。


≪くそっ! 盗み聞きされた! ≫

 〈ここに人間は入れない。語り部だわ。追いかけなさい。今なら主人を特定できるでしょう〉


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