5 『二人の使者』作戦
「うまくいきましたね」
階段の踊り場で、コナンはいつになく明るい声だった。アルヴィンは大きく頷いて肯定する。
陽王に使った『二人の敵』という交渉術は、もともと捕虜に口を割らせるためのものだという。
ひとりの敵は短慮で頑固。話が通じにくいが、もうひとりは譲歩と交渉ができそうな人物を演じる……というもの。
それを応用することを、事前にコナンはアルヴィンに提案していたのだ。
◇
「わたしの見立てでは、陽王はむしろ我々に協力したいはずです」
『それはなぜ? 』
「ひとつは、『魔法使いの国』が神秘の国だからです。第三次世界大戦のおり、この国に侵攻しようとした海軍は、ことごとくが箒に乗った魔法使いの戦士たちによる奇襲で撃ち落されました。飛鯨船を知らぬ国だと侮った上層諸国の衝撃は大きく、その衝撃的な評判は、いまだ余震となってこの国を守っております。『留学』事業は、はっきりいってこの評判なくして成り立ちません。
しかし話によれば、魔法の力は世代を重ねるごとに衰退している。こんなクーデターぎりぎりの状況なら、民に現状がばれるのも、噂が国外へ飛び火するのも時間の問題といえましょう。
そんな今、『神秘の国』の面目を保つイベントとして、隣国フェルヴィン皇国の現状を利用しない手はありません」
ヴァイオレットは目を白黒させていた。
「えーと、なるほど? じゃあ陽王が『審判』が起こったって信じてくれない可能性もあるってこと? 」
『それは問題じゃないんだ』
アルヴィンが手でコナンに説明を願った。
「ええ、殿下のいうとおりです。陽王が本心で『審判』の伝説を信じているかどうかは、小さな問題です。確かなのは、フェルヴィン皇国がなんらかの力が働いて壊滅したこと。
その原因が災害であれ、審判という神の試練であれ、この国なら、『これは神々が起こしたこと』といってしまったほうが、『都合がいい』のです。この点にかんしては、陽王側も陰王側も、どちらにとってもいい。どちらも『神秘の国』というブランド力がまだまだ必要と考えているから。
むしろ必要なのは、大義名分となる話の流れです。
陽王側が、フェルヴィン皇国という小国の皇子たちにどのような立場を求めているのかが、まだわからない。
我が国に差し出せるものは、正直ありません。あるのは我が身だけ。国境の防衛すらできない以上、国庫を守るすべもない。我々は身なりだけ綺麗な乞食も同然なのです。
しかし我々は交渉の場に立たねばなりません。
求められるのは、交渉の場で、相手が望むものを読み取るまでの時間稼ぎ。
――――つまり『たくさんの会話』です」
「具体的にはどうするの? 」
「『二人の敵』という交渉術を応用します。『察しのいい使者』と『察しの悪い使者』の役割をつくり、『察しの悪い使者』がイライラさせる。そこを『察しのいい使者』が交渉の場を整備することで、相手を安心させ、本音を引き出す。『我々は何をすればいい? 』と言外に問いかけるのです。――――ここまでやれば、あちらが察してくださることでしょう」
◇
『あなたの詭弁と演技が、我が国を守った』
アルヴィンはコナンにだけ見えるようにそう書くと、指先で消した。
「……そのお言葉をいただくのはまだ早いかと」
『おかげでぼくは、誠実さを示せた。今回の収穫物の種を育てたのはあなただ』
「アルヴィン殿下は、わたしが知るよりずっと聡明で頼もしくいらっしゃった。ご立派でした」
『ありがとう。あなたにそう言われるのは、とても名誉だ』
「そのお言葉を誇れるよう、罪は必ず償います」
コナンは掠れる声で言って、胸に手を当て敬礼した。
『待っています』
床に、二滴の雫が跡をつくった。




