4 メトロポリタン
下層随一の技術大国と呼ばれるわけを、アルヴィンはこの瞬間まで実感していなかった。
アルヴィンが幾何学的なアーチを描く駅の出口を出ると、外には街道らしい街道は見当たらないことに気が付いた。
無数に並ぶ異様に縦に長い建物。壁面には必ず大きな窓と、軒と、足場と、装飾をかねた足場が、等間隔に伸びている。
商店の看板は、そんな街の構造にあわせて壁じたいに装飾されていた。
天空を飛ぶのは、火が吹き出す尾を持つ箒にまたがる魔法使いたち。
魔法使いの間を縫って、さまざまな材質や形をした、おもちゃのような機械仕掛けの鳥たちも、足に荷物を下げて飛んでいる。
空中にも決まった順路というものがあるらしく、壁面には看板以外にも、そうした道路標識のような表記もされている。
この国の庶民の女性にスカートは好まれないんだろうな、と、アルヴィンはヴァイオレットの空色のドレスを見た。彼女はこれを買うまで、ずっと足首を絞った幅が広くて柔らかい生地のズボンを履いていたのだ。
魔法使いの国における首都は、世界一外国人に優しくない街として発展を続けていた。
「こっちだよ少年。乗り換えだ」
ステラ・アイリスは、華やかなマゼンダピンクのヒールを鳴らし、子供たちを従えて歩き出した。
下のほうは通行人のために空いているようだ。飛行物はない。
ステラの後ろ頭から見える、少し長い耳を見ていると、彼女は緑色の軒がついた、地下へ続く階段に二人を誘った。
「メトロ使うの? 」
小走りにステラの横に並んだヴァイオレットがたずねる。
「箒に乗れない人がいるからな。このへんで車を呼ぶと、どうしても目立つ」
「有名人なのにメトロ使うのね。……あ、メトロって『地下列車』のことね」
アルヴィンは頷くようにフードを動かした。
機関車は黒かったが、地下列車というものは銀色をしていた。
煉瓦で固められた地下は、思っていたより明るく整備されている。
むしろ地上より人がいるくらいで、ステラのような派手な人物が歩いていても、ちらりと見られはするが声をかけられたりはしなかった。
無関心にされる理由は、すぐに分かった。対向から、頭をステラのハイヒールと同じマゼンダピンクにした中年男性が、裸の上半身をさらして歩いて来たからだ。
隣を歩いていたヴァイオレットに肩を寄せると、彼女は平気そうに、こちらに小さく笑いかけるだけだった。
中年男性は陽気な笑顔を一瞬ステラに投げかけ、ステラも軽く片手を振ってこたえてやっていた。
「あの人、ファン? 」
「さあねぇ。ただの面白い人かも」
ガラス越しに黒い制服の駅員が控えていたが、メトロは無料のようだった。
床の面積がとつぜん広がる。銀色の長い車両が扉を開けており、若草色のシートには、まばらに乗客が乗っていた。
無骨な箒を床に立たせて支える若者が、つまらなそうにうつむいていた目線をふと上げて長身のステラに目を瞠ったあと、もの慣れぬアルヴィンにかすかに笑いかけた。どういう意味だろう、とアルヴィンは思う。お上りさんだと馬鹿にされたんだろうか。
「メトロはね、街を蜘蛛の巣みたいに走ってるの」
立ちっぱなしのヴァイオレットが、車両の天井を指差す。線路図が描いてあり、たしかにそれは形だけ見れば蜘蛛の巣にそっくりだった。
路線によって色分けされた線路図はカラフルだ。今はいちばん外側の、緑色をした路線を走っているらしい。
とちゅうに地上へ出る区画があり、路線図が天井ごと消えて、箒に乗った人が入って来たのには驚いた。
「降りるよ」
地下の旅は、たった二駅ぽっちだった。
地上へ出ると、さきほどよりも雑多で廃れた雰囲気である。
通りは広く、箒よりも徒歩を選ぶ人も多そうな街だ。
待ちかねていたように、黒塗りに銀の装飾がされた車が止まっている。ステラはさっさと助手席へと乗り込んだ。
すっかり空気のように存在感を失くしていた召使が、さきんじて後部座席の扉を開けて二人を待っている。ヴァイオレットがアルヴィンを押し込むようにして乗りこむと、ボンネットを上に上げ、車は当たり前のように空中の見えない路を走り出した。




