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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
四節【陽王謁見】

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4 花と焔

久々なので、振り返り回です。

 魔法使いの国、王都アリス。


 この国では、建国当時にもっとも功績のある二十四名の魔女の名前が、それぞれの領地名に冠されている。

 そのうち首都の名前に選ばれたのが、魔女アリス。功績は、後世にほとんど伝わっていない。アルヴィンは、文献でそう読んだ。

 推察するしかない歴史家たちの中には、魔女アリスこそが、『始祖の魔女』の名前だという者もいる。

 すくなくともその説が違うことを、アルヴィンはあの『魔の海』で知っていた。

 魔法使いの国の建国に携わった始祖の魔女が、この国の領地の名前も考えたのなら、首都に冠されたアリスという女性は、彼女に近しい人でもあったのだろうか。

 友か、恋人か、助言者か。それとも……。

 なんにしろ、敬意をもっていた相手なのは、間違いがないだろう。

 そうして遠い昔の誰かを空想することは、かつてアルヴィンが好きな遊びだった。



 思えば、学校へ行っていたころがずいぶん前のことのようだと、アルヴィンは思った。


 あの狭い寮の部屋の薄暗さ。机に積み上げ、そして床に散らばる本。

 椅子から落ちて蹴り飛ばされたときや、肩の骨を折られたときの灼けるような痛みを憶えている。見下ろされたときの視線に感じた恐怖も、とてもよく覚えている。

 けれどそれは、もう何十年もむかしに起きた悪い思い出のようにして、アルヴィンの中に沈んでいた。

 当たり前か、とアルヴィンは(心の中で)溜息をついた。


 ほんとうにいろいろなことがアルヴィンの身には起こったからだ。



 汽車は六両編成で、一号車と二号車が、特別客室と呼ばれる、個室型の指定席になっている。ステラはその一号車に、ヴァイオレットとアルヴィン、一人の召使を連れて乗り込んだ。

 ハイドタウン駅から王都駅間までは、約一時間ほど。王都の壁はすでにくぐり、今は街中を進んでいるところだ。

 まもなく到着だというのに、手洗いに立ったヴァイオレットにわざわざついてきたのは、アルヴィンの中に彼女の護衛だという意識があったからだった。

 二号車の端にあるトイレの向かいには鏡があり、扉の横に立つアルヴィンの視界にいやおうなく入った。


 深くかぶった暗色のコートの中には、コートの頭巾が落す影と裏地があるだけだ。

 うつむきがちに歩けばわかりはしないだろうが、まだ人とすれ違うたびにヒヤヒヤする。

 手足は肘の手前と膝の下まであり、心臓の位置には青い炎が灯っている。

 肩の骨を折ったことがなんだ、と今なら言えるだろう。アルヴィンの肉体は、たったそれだけになってしまったのだから。


 魔術師に奪われた頭蓋骨は、いま、死から蘇った先々代のフェルヴィン皇帝――――ジーン・アトラスが持っている。

 それ以外の首から下の体は、『混沌の泥』から造られた銅板が、燃え尽きた身体のかわりとなって、再生しようと働いてくれているのだという。

 その銅版が、なぜアルヴィンの肉体のかわりになってくれるのかといえば、もともとその銅板は、アルヴィンとともに生まれてきた魔人ミケのものだったからで、そのミケは、自分の本体ともいえる銅板をアルヴィンに捧げて『宇宙』に融けてしまった。


 アルヴィンの目下の目標は、このミケにふたたび会うことである。

 そしてできれば、ミケに銅板を還してやりたいと思っている。


(僕の体をすべて再生できたら、銅板だけを取り出せることはできないんだろうか)

 皮手袋に包まれた自分の手を見下ろして考える。『混沌の泥』は、万物を産んだ素材だ。アルヴィンが願えば、泥はやがて体を再生してくれるだろうという。


(あの魔女ひとは魔人の造り方を知ってた。……そうか、あの人にもう一度会って、銅板を再生する方法を訊いてみれば……)


 車両がガタンと揺れるとともに、水音とともにヴァイオレットが手洗いから出てきた。

「はーっ! スッキリした! 」

 たたらを踏んだアルヴィンの隣で、大きな声で言う。


 彼女のこういうところが、王家の末息子として育てられたアルヴィンにはなれない。正直どうなのかと思う。これで貴族令嬢……しかも嫡子……もっというなら、この国の王家の血さえ引くというのだから。

 彼女と自分との違いに、旅のあいだ何度あるはずがない頭痛がしたかしれない。


 ヴァイオレットには、女性以前に、ある程度の年齢の人間として慎みが足りないように思うし、家門の大事や貴族としての役割よりも、日々いかに空を飛べるかのことのほうが大切なようにも見えた。

 しかし、小さな失敗を笑い飛ばす肝の太さや、トラブルに立ち向かう行動力に、何度助けられたことか。

 それはアルヴィンに、なんとか飲み下せる程度の悔しさと、ある種の諦めをもたらしていた。



 始祖の魔女。エリカ・クロックフォード。

 不老不死だという女性は、姉とはおもむきの違う美しい人だったように思う。

 アルヴィンの姉ヴェロニカが、大きな白い薔薇なら、あの魔女は名前のエリカより、形が似ていてさらに大ぶりのヒヤシンスだろうか。毒々しいほど鮮やかな紫色の花弁の印象が、暗い紺色の瞳と似ているように思う。

 大柄なフェルヴィン人を見慣れた目には、彼女は小柄で華奢だった。サリヴァンたちと並べば、むしろ女性としては大柄なのだと気づいたけれど、野の草に例えるには大きく華やかで、薔薇よりは小ぶりで複雑な色合いに見えた。



 奇しくも、首都アリスは、大輪の青い薔薇に例えられた。

 その青い色は、空を映した色。

 だからこの国にある『青い薔薇の都』は、『地上に空を落とした都』でもある。

 そして自然界には生まれない青い薔薇は、誰が言ったか『魔法の薔薇』と、昔から呼ばれている。


 空を落とすなんて神の御業だ。

 しかし、そもそも魔術は神の御業みわざ模倣もほうだと、旅のさなか、ヴァイオレットは言った。

 ならば魔術師たちは、みんな神様になりたいのかというと、それも違う。

「神様には神さまの苦労があるでしょ」

 魔術師はただ知りたいだけなのだと、ヴァイオレットは繰り返した。


「どうして空は青くて、鳥はどうやって飛べるのか。知りたいだけよ。だから創造主である神々に敬意をはらうの。あたしたち魔術師はね」

『どうして知りたいの? 知らなくても生きていけるのに』

「そんなの、知ってたら楽しいじゃない」


 ヴァイオレットは、令嬢らしからぬ歯を見せた笑顔で、むんと胸を張った。


 かつてのアルヴィンは、周囲と自分を比べてうずくまり、他人の悪意に怯えた。外の世界は怖いものばかりだと、かつての自分は真実を知ったかのように引きこもっていた。

 そんなアルヴィンの弱い部分は、まだ彼の中にいる。

 ヴァイオレットはアルヴィンに、そんなことを気にしない人もこの世の中にはいるのだと、知らしめてくれた。

 ヴァイオレットなら、かつてのアルヴィンがあれほど苦しんだ悩みも、悩みにすらならないに違いない。

 『なんとかなるわよ』が彼女の口癖だ。そして『あたしって天才だもの』と続く。

 彼女にとって『天才』という言葉は、『おもむくまま行動するひと』のことなのだろう。目標をさだめて一心不乱に行動できたならば、幸運が舞い込んでくると信じている。

 善悪ですらも、『あたしの神様が褒めてくれそうなことがいことだから、そうするの』だ。

 悪いことがあれば、その神様からの試練ととらえ、失敗したならば、『じゃあ次はこうしましょう』と言ってくる。

 

 アルヴィンなら、まず失敗に傷ついて、立ち止まってしまう。

 そんな逆境を前に『楽しんだほうが勝ちよ』と笑うのだ。



「王都! 王都よ! 」

「まったく元気だこと」


 ステラはホームを跳ねるように駆けていくヴァイオレットに目を細めた。


 そういえば、彼女のヴァイオレットというのも花の名前だ。

 野でも花壇でもしぶとく生き残り、愛される姿は、たしかに名前の通りかもしれない。


 ……いささか、可憐すぎる気もするけれど。


アルヴィン(はじめてできた同い年かつ異性の友達に対して)

 「異性以前に、人としてそれはどうなのかと思うほうが多いですね。自分にはない部分を尊敬はしてますけど」


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