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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
第二部【第十八海層】ポラリス/一節【赤毛の鷹】

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1 青と赤

 水柱が上がる。

 塔の高さほども打ち上がったそれは、沿岸へと大波になって広がった。高波は学舎の城壁をわずかに超えて、白い飛沫が窓を濡らす。


 波の陰を突き破り、灼銅の魔人(アルヴィン)は自らの体を撃ち出した。水蒸気を纏い、湖上にて剣と上腕で組み合ったのは、冥府の火を宿した瞳を持つもの。

 ――――アルヴィンの頭蓋骨を奪ったその人、ジーン・アトラスである。


 目前に自分が持っていた顔がある――。アルヴィンは何を思ったか、独楽こまのように鳩尾を軸に空中で下半身をひねり、ジーンの肩を蹴って距離を取った。岩を蹴り上げたように、ジーンは湖上で剣をぶら下げたまま沈黙している。

 ジーンは、もう副葬品の剣を持っていなかった。青白く光る刀身の細い剣はよく研がれていて、儀式用の飾りなどではない。

 その唇は結ばれて、沈黙を保つ。虚ろとしか言いようがない発光する眼球が、けぶる睫毛の下に覗いている。


(様子がおかしい……と、思うんだけど)

 アルヴィンは、冥界で語り掛けてきたジーンを覚えていた。しかし少年の今の体は、声を持たない。


 頭蓋は銅板の成れの果てであり、あらゆる内臓も焼け落ちて肉も残っていない空洞だ。語り部の銅板によって成り代わった体に人間の魂を宿し、魔人と呼ばれる存在になったこの体は、発語する機能が失われてしまっている。

 今は亡きダッチェスによって一時与えられた力を、アルヴィンは姉との短い会話を最後に使い果たしていた。


 あかい魔人と、(あお)い亡者が、平らとなった湖上で相対し睨み合った。ジーンの背には燃え盛る森があり、アルヴィンの背にはウルラ城がある。

 黒々と火影に躍る森の影から、人影が歩み出て空を見上げた。

 黄金の髪だ。

 煤に汚れてしかるべき肌は、炎そのものを生み出しながら、まばゆく輝いている。


 それは、ほんの小さな等身大の人影であったが、対岸のウルラ湖沿岸に立ち、望遠の魔術を使う兵たちを震え上がらせるには十分の存在感を放っていた。

 魔術師であるなら予感するのだ。

 ――――これは、神話の出来事の一部であると。


「ウルラ湖の海層突破点は魔術で封鎖されているはずだろう!? 奴らは下層から出てきたように見えたぞ! 」


 潜んでいたのは、任務達成中の小隊、総勢三十名。魔術をメインに扱う彼らの装備には、背中にしょい込んだ金属製の機器がある。手首にはめた銀の腕輪へ管が伸び、兵卒の放つ魔術を補助する装置だ。

 やがて城内への撤退が知らせられても、列なして進む兵たちの口は止まらなかった。


「あの騎士の亡者は何者だ? 炎の怪物を守っているように見えるが」

「……あの小さな鎧は何だ? 敵対しているのか? こちらの味方なのか!? 」


 すべては、魔術師らしい好奇心がゆえに、彼らはその光景を記憶に刻みこむ。



 ◇️



 ヴァイオレットは旋回しながら、眼下にそれらの光景を見ていた。

 ヴァイオレットは、亡霊が曾祖父の兄弟、あのジーン・アトラスだと知らない。

 ただ名も知らぬ亡霊に、亡霊とはああいうものか、と思っていた。半分暗くなった空の側にそれはいて、炎の赤さを背に浴びても、冷たい影が差している。

 灼銅の魔人については、もっと分からない。火種っぽい金色の人物については、もっともっと分からない。

(わかんないことだらけ……。でも、見届けなきゃ)

 ヴァイオレットの心もまた、興奮を隠せない。

 魔術師たちは長年待ち望んでいたのだ。――――神秘をこの目で見ることを。

 それが目の前に顕われたなら、自分にどんな言い訳をしてでも心惹かれる。脈絡と受け継がれてきた好奇心が、彼らを研鑽させてきたのだから。



 睨み合いはなおも続いていた。

 膠着した状況を終わらせたのは、意外な方向からだった。


 ――――ウルラ城の塔が、七色に輝いて揺れている。

 それは北の海の果てで見られるという、オーロラに似ていた。薄雲のある青空に色を透かし、陽炎のようにウルラ城の輪郭が揺らめく。

 光は帯になり、一帯を放射した。ヴァイオレットは寸前で風をつかみ、上空へとクチバシをねじこんでみせた。

 赤々と燃え盛る森が、虹の帯に照らされて鈍く重い灰色に染められる。揺らめく炎すら腕を伸ばしたまま時を止め、燃え尽き落下する枝は地面に触れなかった。

 ――――動くはジーンと、『の人』ばかり。


 ヴァイオレットは、淡々と剣を腰に収めた亡者が、岸辺で倒れるその人を抱き起こし、折り曲げるようにして腕に抱えて馬に乗せるのを見ていた。青い炎を帯のように残しながら、森のさらに向こうへと走り去っていく。

 状況の変化に目を奪われる彼女は、自分へ降りかかる災難に気付いていなかった。

 気付けば熱風の渦に巻かれ、空をぐるぐる回りながら吹っ飛んでいて、視界の端に細い『虹色の帯』が空間を切り裂いて飛んでいくのが見えた。

 アルヴィンが全身が放つ熱をうまく操りながら風を起こし、その哀れな『赤毛の鷹』を吹き飛ばしてやったのだ。


 ウルラ城に常駐する魔術師たちが、残った灼銅の魔人を狙うのは、当たり前のことだった。

 その直線上を旋回していた鳥のことなんて、視界に入っていないのも同じなのだ。


(あっ)

 アルヴィンは慌てて、流れ星のように飛んでいったヴァイオレットを追いかけた。自分も激しい流星になって。

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