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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
三節【正しい魔人の作り方】

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3 futuristic imagination



 ――――ここは過去。神話のころの世界だ。

 今のエリカは、帰り道を失くした迷子ではなく、かつて仲間たちと剣を取った兵士だった。


 出迎えたアリスは、変わらぬ笑顔だった。

「ようやく顔を上げたわね。焦らし上手ですこと」

 体は変えても、アリスは同じ笑みを浮かべている。エリカの真顔が静かなまなざしと小さく結んだ唇でできているのなら、アリスの真顔は、このニコニコとした満面の笑顔だった。


 体をかがめて、アリスはエリカの顔を覗き込む。爛漫らんまんとした笑顔の奥で、人心じんしんを操り世を乱した大犯罪者の顔が覗く。


「エリカ・クロックフォード。あなたには何ができる? 」

「アリス。あなたの助けが必要です」

「あたしを信頼できるのかしら」


 嘘はつかない。


「あなたが必要よ。あなたも、生き延びるためには私が必要なはず……」


 かつてのアリスが公言していた野望は『世界征服』だ。

 なぜそんな大それた夢を持つのか、権力に煩わしさを感じるエリカには分からない。分からないが、この女が諦めていないことは、今のエリカには分かっていた。



「……国と民が欲しいのなら私が用意する。手を貸してくれるのなら」

「そんなことを言える力が、今のあなたにあるっていうの? 」

「あるわ。なぜなら私は、この世界を創ったヤツの娘だから」

「今のあなたはただの人間に見えるわ」

「これからただの人間じゃ無くなるわ。見てなさい。居眠りの蛇を起こして認知を迫ってやる」


 アリスは手を叩いて笑った。


「なるほど……あたしに『感染』して、あなたのママにアポを取るのね? それで? 娘と認められたらどうするの? 」


 エリカはギリギリと奥歯を噛みしめる。


「人類の保護を求める。目的は人類生命の保証。そのために神々と交渉したい。ただの人間のままじゃ、その(すべ)もないわ。それは、わたしの体に流れる血を認めさせればなんとでもなる」

「お腹の子はどうするの。あと三か月よ」

「諦めない。元気な赤ちゃん産んでやるわ」

「担保は? 」

「このエリカの意志と尊厳以外のすべて。この世界は『混沌』から生まれたもの。私を通じて『時空蛇』に感染できれば、文字通りあなたは、わたしを通して神の力を手に入れることができるかもね」

「あたしが提供するのは能力。見返りにチャンスをくれるってわけね? いいわ、協力しましょう」


 肉付きの悪い手を握る。エリカは肺の中で、重く渦巻く感情をゆっくりと吐き出した。



 ◇



 ここが過去だということは。


 過去で歴史を変える決意をするということは。


『エリカ・クロックフォード』が関わったあらゆる人々が歩むはずだった未来の根を、自ら断ち切るということだった。


 何千年か先、生まれて来るかもしれない仲間たちと、エリカ・クロックフォードという少女が出会う未来を、永劫えいごう、諦めるということだった。


 エリカには鮮烈に、彼らと生きた記憶がある。


『私はねぇエリカ。お前が『エリカ・クロックフォード』なのが幸せなんだ』

 そう言ってくれた母との思い出がある。


 『エリカ』という人間のことを覚えているのは、じきに自分一人になるだろう。いや、もう自分(エリカ)だけなのかもしれない。


 記憶は、記録にはならない。


 記録しなければ、歴史にはならない。


 エリカが愛したものの証明は、もう誰にも出来はしない。


 それでいい。人間の『エリカ』はもう死んでしまったことにする。

 思い出を証明をするすべは、自ら手放したのだから。



 ◇



 枯れた地面に横たわる、長大な棺桶のようなものがある。

 『フレイヤ号』は、エリカらが脱出に使ったふねだった。

 逃げるときのエリカは、とにかく敵に嫌がらせをすることに必死だった。

 悪用されると困るもの……つまりエリカ自身と人間兵器アリス、特別な生体標本や兵器の数々。

 目についたものを破壊するか盗むかして、一番立派な乗り物を盗んだのだ。(ちなみにこの艦にタイムスリップ機能は、もちろん無い)


 エリカは魔女だが、技術者ではない。物資も工具もない。

 おしげもない資金と、最新の技術を使われた巨大な精密機械。その完全な修理は、最初の数日で諦めて久しい。

 けれど、身重の自分を含め、目の前の命の生存率を上げるためには、医療設備もあるこの艦が動くことは大切なことだった。

 『時空蛇』はのちに預言の神になったが、創造の神でもある。『混沌』から、あらゆるものを生み出したとされるからだ。


「……これを、直せと? 」


 無表情のまま、つまらなそうに『時空蛇』はエリカを振り返って言った。


「ええ。……できる? 」


 人間に似せた手が、地面に触れる。ひと掴み砂を握ると、時空蛇はそれを艦に向かって撒いた。

 仕事は終わったというように、時空蛇はきびすを返す。遠巻きにしていた流民たちの壁が慌ただしく割れ、道をつくった。

 去ろうとする時空蛇に、子供が荒野でようやく探し当てたのだろう、萎れた花を差し出す。聴こえていないのか、時空蛇の足は止まらない。

 群衆は呆然と、歩き去る後ろ姿を見送った。



 時空蛇への『交渉』は、迅速に行われた。

 アリスの能力は、感染者と密接な関係を持つ者へ、感染を拡大させることができる。

 密接な関係というのは物理的な距離の他、血縁などもあたる。

 エリカ・クロックフォードへ感染すれば、世界のどこかで眠っているという創造神にも、アクセスできるというわけだ。


 『時空蛇』は最初、身に覚えのない『娘』とやらを信じようとはしなかった。しかし想定内の事態である。

 エリカには、娘だから切れるカードがあった。


「あなたはいずれ、人間の男に恋をする」


 アイリーンから何度も聞かされた話だ。


 時空蛇は、預言の力を手に入れて、世界が終わる未来を知る。それに絶望して眠りについたのだ。

 そんな時空蛇は、エリカの父シオンという『人間』に興味を持ったことをきっかけに、アイリーンという人間の体を地上へ送り込んだ。そしてエリカが生まれたのだ。


 未来を変えたがっているのは、時空蛇も同じだった。

 時空蛇に取っての希望は、時空蛇が預言できない未知の中にあるのだ。エリカの存在が、その『未知の未来』の証明になる。


 想定外だったのは、時空蛇が思っていたよりも無気力な人格だったということだった。

 時空蛇が興味を持っているのは、自分が知らない未来である。この原初の怪物には、人間という生命そのものへの興味は、一欠けらもなかった。


「……人格的に問題がある母だったけど、古代はもっとひどいわ」

「でも仕事はきっちりバッチリよ。いいじゃない。他人に興味が無い人ってよくいるものだし」

「あの人にとっては、人間もゾウリムシも同じなのよ。私かあなたしか認識していないの。奇跡だけ振りまく神様は、不健全よ」

「そういうもの? 魔女の理屈? 」

「何を信じるかで、魔法は魔術に昇華されるのよ」

「孫が生まれたら違うんじゃない? 」

「そんなまさか……」


 そのまさかだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うわー、これは……うわ……壮絶な覚悟が見えると言いましょうか……すごいですね [気になる点] フレイヤ号はそういう経緯で存在しているのですね……!
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