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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
二節【その女】

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110/226

幕間 氷に閉じ込めて

読んでも読まなくてもいい、ちょっと世界観が深まるだけの幕間です。

とある人のお葬式の話。ごめんなさい。暗いです。注意。

 彼の葬式は、隠れるように行われた。たった六人だけの寂しいものだった。

『白』は彼の母親のほうの風習では、忌み色とされる。死を意味する色なのだそうだ。

 たった一人の親族である兄は、生成りの白い民族衣装に身を包み、親族と部下たちだけの儀式を粛々と終わらせた。

 会場となったのは兄弟が住む郊外の古い家。隠れるように生活をしていた彼の、隠れるように行われた葬儀だった。


 その場には、当然だが副官を務める彼女もいた。

 場には儀式のそれとは違う緊張感が漂っていたように思う。

 兄弟に両親はすでにい。

 最愛の弟の最期を見届けた彼女を同じ空間にいさせるのは、兄と彼女、双方にとって辛いものであったから、そこにいた全員が、二人の一挙一動を見守っていた。

 ふと、紫煙が空を昇った。

 耳のあたりで軽く結わえられた白髪が、風で撫でられている。寄りかかる棺桶の中身は空だった。


「お兄さん、煙草なんて吸ってましたっけ? 」

 晴光せいこうは、少しからかうような口調でそう問いかけた。紫煙の香りと共に、苦い何かが冬の青空の下に広がりつつあった。

「両親が死んでから、やめてたんだよ。早死にするわけにはいかなくなったから」

 兄弟の両親が死んだのは、ちょうど十年前と聞いている。そのとき彼は十九歳。彼の所属する民族性からすると、やや早熟な嗜好品である。

 棺桶にもたれたまま肘をつき、紫煙を味わいながら彼は首を垂れた。ジッと、淡く蒼い瞳が、あたりの人間の爪先のほうを見つめている。

 ほんの二週間前までは、どこまでも陽気な振る舞いをする男だった。部隊では最年長の二十八歳。副官の彼女と共に、弟の片腕として働いた。


「……あいつがさ、親が死んですぐ口を利かなくなったころがあって、もう一度笑わせてやろうと思ったんだよ。最初はさ。慣れねえ冗談とか言って、手品を覚えたこともあった」

 晴光は祈るように黙っていた。

「そういう……涙ぐましい努力をしてたわけよ、お兄さんはね。半年もさ。そしたらある日……久々の第一声でなんて言ったと思う? 『病室で煙草はやめてください』だよ。アイツらしいじゃねえか。あの、バカ……」

 緊張が切れた。堪えきれなくなった感情が決壊する。すすり泣きが重なる中で、彼女はまだ涙を拭くようなことはなかった。端の方で、呆然と立ち尽くしているように見える。


「……なあ、エリカ。あいつは、キミがちゃんと好きだったよ」

 そんな彼女に、トドメを刺しに行く彼の言葉を、誰も止められなかった。

「気付いてたんだ。気付かねえわけがない……。アイツは、エリカ。キミがいたから、あそこで――――」

 脳裏に銃声が蘇る。敵は彼の頭を狙わなかった。目的は、彼のその両眼と、その脳にあったからだ。


「―――――あそこで、オトリになって投降したんだ」


 何かが罅割れる。気丈に立っていた彼女の膝が崩れ落ちるのを受け止めて、晴光は悔しさに泣いた。

 上司の遺体は回収できた。回収したのは他でもない彼女で、目の前で見届けたのも彼女だった。

(なんでおれは、あのとき怪我なんてしやがったんだろう)

 晴光は前回の任務で療養中だった。前線に躍り出る遊撃と肉壁役が、晴光の役回りである。もし、自分がいたならば。何度そう思っただろうか。


 実力の差で下についたが、エリカと晴光は同期にあたる。年も同じであったから、晴光はずっと彼女のことを眩しく思っていた。

 それを恋ではない、と自分の中で結論付けたのは、彼と彼女が、同じ想いを抱いていると知ってからだ。しかしどうやら、互いに想いを成就させるつもりが無いらしい。

 恋だったなら、下心が出ただろう。出なかったから、晴光は二人を応援することにした。


 ――――その結末が、これか。


 これで彼女は、彼のことを忘れることができなくなった。

 割り切ったところのある彼女だが、情が深いことを嫌というほど知っている。恋という無防備な感情を、おおっぴらに出せる性分ではないことも。天涯孤独といっていい彼女が、部隊のみんなを家族のように大切に思っていたことも。恋心がその関係を崩さないか、彼女は常に慎重だった。

 それは職務に忠実だった彼との、暗黙の了解でもあったのかもしれない。二人の魂はそれだけよく似ていたのだ。


 死んだビス・ケイリスク隊長は、新鋭の部隊長であった。


 血縁者がいない者が大多数のこの組織にしては珍しく、二世の生まれである。父親が特殊な血筋で、ここに庇護を求めに来たのが、所属のきっかけであった。


 血を辿(たど)れば、彼の父方の一族は、『王の眼』と呼ばれる呪術師だったという。

 いわゆる千里眼。過去を暴き、千里先の嵐を見つけ、未来を見通す神の代弁者にして、王を繁栄させる預言者。

 その黄金の瞳は、時を下るほどに多くの名を得た。『ホルスの眼』『王の左目』『ラーの瞳』『天の眼』『太陽の目』『天地の眼』『波紋の瞳』『ウジャトの眼』――――。


 やがて、繁栄の陰りとともに彼の血族も姿を隠す。そして神話や伝説がただの物語になったころ、彼らは再び衆目の前に顕れた。

 いや、衆目というのは正しくない。ひっそりと、乱れた世に権力者の『お守り』として、彼らの瞳は売買されるようになった。未来を見通す瞳である。これ以上の『お守り』はない。

 乱獲された瞳は、魔術と薬品で処理をされて流通した。

 兄弟の父親は、その一族最後の生き残りであった。


 この組織は、そういったものや人が、うんざりするほど多く集まる。

 故郷をなくし、寄る辺が無くて仕方なく。あるいは、復讐やこころざしを持って。あるいはただシンプルに、生きるために。


 

 組織の中枢、本部の地下にも、押収した二十四の『眼』から成る未来予測の装置が配置されている。今その装置に組み込まれた眼は二十五に増え、防衛の要の一つとなっていた。


 兄弟の父にあたる男の能力は、いつどこかも分からない未来を断片的に見ることができる程度だったが、それでも歓迎された。

 男は家族を持つことを望まれ、ひとりの女性を指名し、兄弟が生まれた。妻は、この千里眼を研究する学者の一人であった。


 夫婦の晩年は、息子たちの『眼』を封じる研究に費やされていた。混血のはずの息子たちの眼は、母親の血が何らかの作用を起こしたのか、父をはるかに超えるものであったから。


 兄弟に与えられた能力は、成長とともに脳に負担をかけるようになった。慢性的な頭痛。不眠。

 兄という前例があったため、まだ幼かったビス・ケイリスクにはまだ間に合うということで、症状を抑える処置が取られた。症状を抑える薬の投与と、肉体的に成長を止める魔術的な『延命治療』。


 エリカと出会ったとき、ビス・ケイリスクの実年齢十九歳。外見的な年齢は、十二歳のころから変わっていなかった。

 彼は能力を生かし、優れたスナイパーとして活躍した。のみならず、司令塔としても非常に優秀であった。

 年齢の若さから六人編成の部隊長であったが、彼の操る部下は遊撃に優れるとして、あちこちの隊の任務に組み込まれた。


 十九で隊長に就任してから、約四年間。

 最後の一年では症状が進み、長年の投薬によってリウマチに似た症状が出ていた。不眠と頭痛もなお快癒の見込みがなく、年々、脳の負担から来る脳うっ血のリスクが高まるばかりだった。ゆえに、現場を離れて後方支援に転向する話が出ていたのである。


 大きな断続的な襲撃だった。

 ケイリスク隊長率いる筆頭のあたり 晴光せいこうが負傷し、彼が抜けたまま、作戦決行するしかなかった。

 副官のエリカ・クロックフォードは、ふだんは後方支援に徹しているが、魔術と剣術に通ず魔術戦士の面もあり、戦闘もこなせる。そんな人物をなぜ前に出さないかといえば、ビスの護衛も兼ねているからだ。

 編成には馴染みの隊員をよそから迎え入れて、突破力の穴は埋め、エリカは変則的に前線へ組み込まれた。

 ビスら六人から成る隊を、二十四組、144名の隊を、さらに三つ。それぞれが分かれて任務にあたり、ケイリスク隊は何度か経験のある、場を掻き回しながらの敵情調査に出た。



 背後からのだまし討ちのような襲撃だったが、『眼』のある隊長が分からなかったはずがないと、遺された五名の隊員の全員が思った。

 一番近くにいたのは彼の兄だった。その兄の静止を振り切り、ビスは敵の前に姿を出した。


 おそらく、何らかの未来を()たのだ。

 それは、エリカ・クロックフォードはじめ、部下たちが害されるような、あるいは、部隊全体が。あるいはそれによって組織全体に大きな損害が起こるという、そういう未来だったのだろうと、彼をよく知るチームメンバーは予想している。

 ビス・ケイリスクは、その未来を共有することなく自分をしんがりに残すことを選択し、部下に撤退を指示した。

 回収した遺体は、棺桶に入ることはなかった。生前の契約のもと血の一滴残らず献体として納められ、兄の元には帰ってこなかった。

 エリカだけがその場に留まったのは、ビスの遺体を回収する役割だったからだ。

 最初からそういう役割で副官として採用されたのだと聞かされて、運命を呪った。

 彼女は立派に役割を果たして帰還し……その魂には、ひびがはいってしまった。



「なんであんなこと言ったんですか……! 」

 怒りをあらわにした晴光に、スティール・ケイリスクは煙草をふかして言った。

「……忘れないでほしかったからさ」

「言い方ってもんがあるでしょう」

「なんだ、キミも彼女を狙ってたもんな」

 晴光はとっさに拳を肩まで持ち上げ、体の横におろした。


「……違います。おれは、おれだって……! 」

 頭を振る。

「おれだって、なんだよ」


 淀んだ青い目が下から見上げてくる。晴光の眼が泳いだ。


「それじゃ……それじゃあ……! 遺されたほうは、忘れて幸せになっちゃいけないんですか! エリカは、あんなこと言わなくっても隊長のことを忘れませんよ! それをこんな、彼女の心を砕くようなことを言って……あんまりも可哀想だ! 」


 踊るように紫煙が冬空を重く漂う。

「……おれもずっと待つんだよ」

 乾いた風が、雲を連れて空を覆い始めていた。


「おれも死ぬまで、あの家で、ずっと待つことになるんだ。誰もいない、あの家で。……道連れがいたっていいだろう」

「そんなことしなくても、悲しんでるのはあんただけじゃないのに……! 」

「傷つけたかったんだよ。傷は深いほうが痕が残るんだ」


 スティールは口の端で煙草を噛んだ。その顔は、どこか笑っているように見えた。


「何かを……『視た』んですか……? 」

「あいつは死んでも報われない。おれの手の届かないところで、苦しみがある。……その道連れが必要なんだ」


 スティールは、それっきり黙りこんだ。 

 気の早い雪が、紫煙の上に降り始めた。

晴光には、むかし寺院の跡取り息子だったという設定があります。

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