2 雲晴れる
二章、ラストです。
「……キミ、もっと美形だったらよかったのに」
フェルヴィンに行くことになる前、まだ春の頃だったかと思う。
自室でくつろいでいるとき、ジジがふと、思いついたように言った。
「喧嘩売ってんのか」
「違うよ」
子供の姿をした魔人は、空中で寝そべっていた体を起こし、唇を尖らせて反論する。
「キミが普通すぎるから、いろいろ大変そうって思ったんだよ」
「どうせそこらへんにいそうな奴ですよ」
「だってさ、キミ、どっかの国とこの国と、二つの血を引いてるわけでさ、世が世なら王子サマなわけだろ」
サリヴァンはようやく、本からちらりと顔を上げた。
「……それが? 」
「ヒースはさ、あの顔じゃない。彼女が『実は僕、母が影の王で……』ってそれっぽく言ったら、信じると思わない? 」
「まぁ説得力ができるかもな。あの顔は……って、やっぱりおれに喧嘩売ってないか? 」
「事実デショ。キミが実は王家の血を二つ引いてる名家の出で、許嫁は時空蛇の娘ですって言って、『やはりアナタサマは尋常ならざるオカタだと思っておりましたハハ~ッ!』ってなる? ……ならないでしょ」
「いや、ヒースの顔でもそれはならんだろ」
「それくらい荒唐無稽ってこと! キミのひいお爺さん思い出せよ。あのでっかい身体に、美貌の土エルフだ。『あのジジイ、絶対タダ物じゃねえ!』ってなるでしょ? 」
サリヴァンはちょっと考える。思い出すのは山人としての曾祖父ではなく、貴族として身なりを整えた姿である。
ふつう、暑いところの血筋は小柄になるものだと何かの本で読んだ。しかしフェルヴィン人はおしなべて大柄で、そして長命であり、それは体に流れる血の強さのせいだという。
曾祖父コネリウスは典型的なフェルヴィン人で、それも神の血を引くアトラスの一族だ。蓬髪を撫でつけ、シャツにタイを巻いてステッキでも持てば、寄る年波すら乗りこなし、凄まじい威厳と美貌を放つ。
「……なるかも? 」
「でしょ? ボクはそういうの詳しいんだ。人間なんて見た目が七割五分なんだから」
「やっぱり馬鹿にしてないか? 悪かったな。目つきの悪いチビで鼻が低くて」
「ボクはキミの、自分のことを一番わかってるところが嫌いじゃないよ」
「おい」
「苦労すると思ったから、友人として心配してるんだよ」ジジは珍しく語尾を柔らかく上げた。
「人間は見た目が七割五分だから、チビで目つきが悪くて鼻が低いキミは、舐められるんじゃアないかってねぇ。ボクはねぇ、キミのことはかなり評価してるんだぜ? キミは自分が出来る領分をよくよく承知してる。同世代のガキが女の子の胸の大きさを見比べている間に、キミは技術を研いで、本を読み、店番をしているわけだろ。それでそれを誇るわけでもなく、自分がする当然のことと思ってる」
サリヴァンは苦い顔をした。
「坊さんみたいに言うなよ」
「実際、俗世を捨てた坊さんみたいなもんだろ? 影の王の従者なんだから」
「そうだけど……」
サリヴァンは言いよどんだ。
「キミが大人になったら、まあその……いろいろ働くわけだろ。そのときヒースみたいなやつは、第一印象からして『すごそうなやつ』になる。キミはならない。そのスタートは大きいだろうなってことだよ」
「それは仕方ねえだろ。実力はやって見せればいい。そのために鍛えてる」
ジジはピシャリと額を抑えた。
「あのねえ。キミ、身長がヒースよりあったらって思わないわけ? 」
「それは去年あたりに諦めたから」
「ねえ、ボクが言ってるの、そういうとこだからね? 」
◇
熱風が肌を炙り、火花が雨のように降り注ぐ。アルヴィンの関節は、鎧のそれというより、球体関節の人形のそれに似ており、膝から下などは、とうてい人間の骨格をしていない。
太い骨に細くて薄い骨があわさり、ばねと同じ原理で薄い骨のほうが伸びて、たわんで、体を上へ下へと弾け飛ばす。腕の関節も同様である。人体であれば曲がらない方向へ直角になった上腕が、頭の横を通過した少女の腕を炎ではじく。
拳を脚を交える彼らは笑っていた。
脳ミソを揺さぶる甲高い音は、アトラスの城へ向かう時に聴いたものと同じ。
サリヴァンはそれを地上で息を呑んで見つめるしかない。
サリヴァンは、肉体があったころのアルヴィンを知らない。しかし今ここにいる彼が、かつてとまったく違うという事実は、しっかりと理解できる。
アルヴィンを冥界から呼び戻したのは、他でもないサリヴァンだった。
唇を噛む。
これがいい変化にあたるのかどうか、サリヴァンには分からない。
鼓動とともに体が震えるのは―――――恐ろしいからか。
ヒトを越えた動きで戦いに熱中するその姿がか。
(何も知らない人々は、あれを怪物と呼ぶだろう)
自分がしでかしたことの大きさにか。
(彼と話したことがなければ、自分だって――――)
「……怪物と区別がつかない? 」
肩に触れられた。
振り返ったそこに、見慣れた顔がある。
「エ―――……いや、師匠」
ヒースは、年々エリカに似てきている。
「なに? あの子のほうが良かった? 」
サリヴァンは首を振った。自分の体がじっとりと汗に濡れていることに気が付き、手をズボンに擦りつけた。
後ろで含み笑いが聴こえる。
「サリヴァン……世界を変えるということは、こういうことの繰り返しよ」
師は言った。
「誰もができなかったことを繰り返しするということ。誰もしなかったことをして、時に『お前は間違っている』と責められることもある。そしてあなたは、どんなに打ちひしがれても絶対に、自分の間違いを認めてはいけない」
女の髪が風に巻きあげられ、サリヴァンの視界の端を塞ぐ。
彼女は両手の指を身体の前にあわせ、ヒールのついていない靴を履いていた。唇は息継ぎのようなため息をついた。
「世界を変えるということは、人の心を変えるということ。世界の大多数の人間にとって心というものは、怒りや悲しみのほうが、喜びよりも近くにあるものよ。あなたにわたくしは戦い方を教えたけれど、心構えまでを教える暇がなかった。ねえ、サリヴァン――――」
師の瞳がサリヴァンを射抜く。
「――――あなたが思っているよりも、世界はずっと残酷で、汚いのよ」
炎が映り込んで揺れている。厳しい顔だった。
「……『これでいいのか』と問う暇があるのなら、『これでよかった』と言える結末を作るために苦心するの。できるの? 」
サリヴァンは、ぎこちなく笑う。証明をしろ、と言われた気がした。
「師匠、おれはいつも『おれにしか出来ないこと』を探してる気がします」
「あなたは、もっと迷うべきなのよ。普通なら」
「大人たちに流されてるわけじゃない。自分で決めていたんです。……とっくに」
「賭けるのはあなたの命だけじゃないわ。全てをかけて世界を変える覚悟は? 」
「その覚悟は、これから作る。その覚悟ができました」
(この人に認められたい……)
思い出がそう言うのだ。
(認めるためには……信じなければ)
エリカは、ゆっくりと瞬きをした。
押し固めた土が割れて水が漏れるように、流れ落ちる髪束の向こうで、彼女は顔をほころばせた。
「未熟者の開き直りね」
「……駄目ですか」
「五十日。ここで世話をします。鍛えてものにならなければ……わかりますね」
サリヴァンは、深く頷いた。
ラストということで、嬉しい頂き物をご紹介させてください……!
まずは九籐朋さん(http://mypage.syosetu.com/476884/)からのファンアートを二枚!(二枚も!?)
荘厳で美しい……。
九籐さん、ありがとうございます!!!
また、ごんのすけさん(https://mypage.syosetu.com/620916/)からもお誕生日に一枚。
なんという可愛さ……!この可愛い子たち誰……? うちの子です!第一部時点の全員がぎゅっと!
実を言うとまだまだあるのですが、掲載許可をいただくのを忘れていたという。Twitterの最初のツリーにまとめてありますので、よろしければご覧ください。(@rikuiti6june)
それとまだあります……。
なろうでもご活躍中の、あさぎかなさんによるWeb作品紹介ブログ『WEB小説美術館・まほろば』にて、『星よきいてくれ』がご紹介&めちゃくちゃ素敵な宣伝画像をいただいたり、コラボ小説を共同で執筆したり、陸一は頭が上がりません。いつもありがとうございます。
(https://yashirotougen.hatenablog.com/entry/2019/06/08/182940)
他にも、『なろうランキング』さんには『挿絵がすごい作品』としてご紹介いただきました。
『WEB小説美術館・まほろば』
(https://narouranking.hatenadiary.jp/entry/2019/09/07/144134)
『夜更かし僕ら』さんでは、世界観など詳しく分析をしてご紹介いただいております。
(https://yofukashi-bokura.jp/wp/archives/review/1)
そして忘れてはいけない流庵さんの『隠れた良作サルベージ船@WEB小説』は、実を言うと『星よきいてくれ』がカクヨムで再始動してすぐに取り上げていただき、読者の皆様はもちろん、様々な作品や作者様との出会いのきっかけとなったブログです。
(https://ruanthe3rd-mokuji.hatenadiary.jp/entry/2018/12/15/213000)
まとめてのご紹介となりましたが、この場を借りて、御礼申し上げます。
(各作者様には、紹介するタイミングを見失い、めちゃめちゃ遅くなり申し訳ございません……!)




