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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
二節【その女】

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2 『力』


 時間はさかのぼり、昨夜のこと。


 彼は星が見たかった。

 語り部を失ったアルヴィンは、兄弟たちとの会議に参加できない。

 疲労のない身体に睡眠は必要なく、一度だけ歩いた廊下を逆に歩き、昇降機を見よう見真似で操作して灰の森へと戻ってきたのは、すでに日の暮れたあとだった。


 空は曇っていた。

 今にも降り出しそうな、真っ黒な曇天が広がっている。風は少し強かった。上空の雲も、群れをなしてもくもくと行進している。今晩中は、その行進は終わらぬように思えた。

 口があれば、アルヴィンは大きな落胆の声を上げていたことだろう。

 星の光が届く場所にいることは、すでにアルヴィンの中で幸運のジンクスのようになっていた。

 ミケがいた星の海は彼が目指すべき場所であるから、星空が見えれば、気分も晴れる。

(……ような、気がしてたのに)

 膝より下の足と、手首より上の両手。胸骨のような銅の骨組みが、心臓の位置に収まる青い魂を守る籠のように存在している。

 明かりは必要ない。こういうとややこしいが、彼の視界は眼球で『見て』いるわけではないからだ。

 彼自身に灯る魂の青い炎の光が届くかぎり、彼の視界は生きていたころよりずいぶん広い。


 その視界の端で、風に揺れる梢に混じって何かが動く。振り向く――――瞬間。


(わうぶっ! )

 アルヴィンは派手に転倒した。もうもうと木葉だった灰が砕けて舞い上がり、視界を悪くする(光を遮る)


「カカカ! どこぞの魔物かと思うたわ! どうやら貴様もひましとるようじゃなあ! 」

 快活な野太い声が言った。灰を踏みしめ、近づいてくる。


「貴様、昼間の立ち回りを見ておったぞ。実に未熟! 動きがなっとらん」

 アルヴィンが起き上がるのは簡単だ。両足の裏を地面に置き、胴の骨組みを縦にすればいい。生きていたころのように、筋肉に作用される動きはいらない。

 青く照らされたのは、くっきりと大きな緑の瞳。血色の濃い唇の間で尖った円錐形の歯が覗く。それをちろりと赤黒い舌先が舐めるのを見て、アルヴィンの体は大きく跳ね上がった。

 梢よりも高く跳んだ。

 胸元から炎が溢れる。

 骨組みが赤く輝き、膨れ上がって灼銅の鎧が編まれていく。灰の森が再び炎に赤く照らされる。灼銅の鎧は皮のようにアルヴィンの体を生み出していく。

 今まさに兜が形を成そうという、そのとき。

 目の前に拳が差し出された。ふっ、と、まるで空に置かれるようにして、少女の拳が現れたのだ。

 衝撃がやってきたのは、認識から瞬きの半分。


 斜め上から地面を削るようにして、アルヴィンの体は撃ち落された。暗闇に黒い雪に似た灰が舞う。


「……ふん。こんなものか」

 少女が何かの感情が含まれた息を吐く。


 怪物だ。アルヴィンは思った。

 少女の形をした怪物。夜闇に紛れてあらわれ、のこのこやってきた獲物を狙う――――そういうもの。

(強い。怖い。やっぱりここは危険な場所なんだ。どうしよう。何ができる? )

 それは、死ぬ前に考えていたことと同じ思考。仄暗い決意。

(僕が、ここで――――)

 姉の涙が脳裏を焼く。ミケの笑顔を。兄を。父を。その背中と――――冥界で感じた途方もない孤独を。

(いや、)と、アルヴィンはかぶりを振った。

(……違う。逃げて、みんなに教えなきゃ)


 アルヴィンは足を開き、こぶしを腰のあたりに構えた。舞う灰が灼銅の体から立ち昇る熱のもやに触れた端から消滅していった。

 怪物は、そんなアルヴィンを見下ろして腕を組んでいた。

 足場にしているのは――――(あれはなんだろう? 星みたいに光る……雲? )

 彼女は片方の口角を持ち上げ、眉をひそめる。

「構えが甘いの。……やれやれ。面白うなってきたではないか」


 軽やかに地面に降り立った怪物もまた、静かに構えた。

「夜は長いからのぅ。暇つぶしじゃ」

 怪物は、ニンマリとする。


「――――わしが、その火の扱い方、教授してやろうぞ」




 ◇




 翌日のことである。

 決意のもと、灰の森に踏み込んだサリヴァンの足元を、炎の矢が穿った。

「うおっ!? 」


 青空のもと、森はもはや森と言えない。一角が白い更地の丘となったそこで、激しく拳を交える二人の動きに疲労はなかった。

 片方は人ならざるものであるがため。片方は、すでに人としての身を失っているがため。


 アルヴィンはすでに気付いていた。この怪物は理性と何かの目的のもと、アルヴィンに戦いのすべを教えている。

 それは、この少女でなければ教えられなかっただろう。

 魂を燃やす炎。それを撃ち出すアルヴィンの鎧に触れても、この娘は平気のようだった。

 アルヴィンが神の炎を纏うなら、彼女が纏うのは、銀河を宿した黒い炎だ。縦横無尽にそれを乗りこなし、時に拳や脚に絡め、弾丸のように撃ち出すこともある。

 鉄を砕くアルヴィンの怪力も、彼女は受け止めることはおろか、投げ飛ばしもした。


 ――――似ている。

 炎、怪力、小柄な体躯。

 がっちりと、師と弟子としての相性が噛み合っている。

 娘は「面白い! 」と繰り返した。

 アルヴィンも、奇妙な縁を感じていた。その奇妙さに引きずられ、好奇心のままに拳を交え――――ついに朝を迎えている。疲労を感じない体に、はじめてこんなにも感謝したかもしれない。


(あなたは――――誰! )

 銀河色の炎を纏った腕が、アルヴィンの拳を受け止める。


「ふははははははははは! 小僧! この出会いこそ星の導きッ! 良い! 良い! 実に傑作! 今こそ聞けイ! 我が名はクロシュカ・エラバント! 遥かなる星の化身! 龍の末裔! 『星見のクロシュカ』とは我が身のこと! 」

 龍は、顔いっぱいにニンマリとした。



「得た運命さだめを『ストレンジ』ッ! どうだ! 終末の(ドラゴン)にふさわしき称号であろうぞ! このクロシュカとこぶしまじえたこと、末代までのほまれとするがよいっ! 」



【『力』のクロシュカ】


人間社会に降りるさいに取得した名を、クロシュカ・エラバント。表記は『黒朱果』。

よわいは『混沌の夜』の少し前くらい。

星に焦がれ、翼を持たない、大地を母として生まれた地属性の龍の生まれ。

龍は独占欲が強いため、夫は妻を、妻は夫を、死ぬまで束縛する。そんな龍生がまっぴらごめんで、故郷を飛び出し、人間の男の姿で、人間社会に紛れた。

龍のスペックと持ち前の厚顔さなどのポテンシャルで、海層世界をあっちこっち単身飛び回り、関わる人間の大多数に大きな迷惑をかけながらも、天文学者として大成する功績を残す。

旅のさなかにとある村娘と恋に落ち、一人息子を得る。短い夫婦生活ののち、子連れ学者として旅の日々。

同名の息子は、なぜか空の星ではなく地面の土に偏執的な興味を示し、のちに父同じく地質学者として名を残した。


『力』の暗示は、『力』そのものではなく、大いなる力を制御する理性のほうを示す。絵画では獅子(力)を従える乙女(理性と知恵と勇気)で表現された。

クロシュカが操る銀河を宿す炎は、龍がその身に宿す原初のエネルギー。『混沌の泥』とひどく近しく、創造よりも破壊に傾いたものである。

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