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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
二節【その女】

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2 簒奪者(5/25修正)

挿絵(By みてみん)

(こんなところに彼女が……! )

 フェルヴィンの皇子、ケヴィンは、煤けた木陰からあらわれた女の姿に目を剥いた。

(やはり、美しい……)


 そのとき、サリヴァンの足元の影が渦巻いた。

 彼女のほうへ踏み出しかけたサリヴァンを遮るように、あるいは、彼女からサリヴァンを背にかばうように、魔人ジジがコートの裾をなびかせて浮かぶ。


「サリー、顔なじみに会って嬉しいみたいだけど、なんか様子が変だ」

「え? でも、あの人はおれたちの師匠せんせいで……」


 風を切る音がした。

 サリヴァンとジジの反応が遅れたのは、前に立つ彼女を気にしたがゆえ

 グウィンのすぐ横にいたケヴィンとヒューゴが気付かなかったのは、彼女の圧倒的な存在感と、単純に背後に立ったものとの力量の差だった。


 真紅の炎と、銀河を宿した黒い炎が交差する。兄の前に躍り出たものの、肉を持たない少年の体は、あまりに軽く木立の向こうへと吹き飛んだ。


「――――陛下! 」

 次点で反応が早かったのはヒースである。

 背後の木立から不意打ちのかたちであらわれた襲撃者は、再びグウィンに狙いを定めて二撃目をくりだした。

 今度は横殴りのローキック。体躯を生かしてあまりに高いところから繰り出された蹴りは、同じく大柄なグウィンの首筋を狙うに十分な位置にあった。


「――――あにきッ! 」

「兄さん! 」


 しかし、昨今はいくら皇太子職に勤しんでいたとはいえ、グウィンも鍛えたフェルヴィンの男である。目が二撃目の動きをとらえ、とっさに立てた肘とバックステップでその攻撃を殺す。

 グウィンと襲撃者は、互いに息を荒げて相対あいたいした。



「……なぜだ! ヴェロニカ……! 」

「兄上……! よくぞご無事でした。わたくしは、そのことを何より嬉しゅう思います……! 」



 そう言って、腰を低く構えたヴェロニカは、なおも強く拳を構えなおす。目尻の垂れた灰蒼の瞳が、今は刃のように鋭い。


「しかしその『皇帝』、このヴェロニカにお渡しくださいませ! 」

 フッ――――!

 短く息を吹いたヴェロニカの体がグウィンに向かって突進する。


「やめろッ姉さん! 」

「姉上! わけを話せ! 」


「これは家族としてのわたくしのわがまま! そして臣下としての反逆! アトラス王よ! 不敬ながらその王位、このヴェロニカ・アトラスが簒奪いたします、わッ! 」


 拳圧だけでグウィンの眼鏡が弾き飛ばされる。灰積もる地面に落ちた眼鏡のつるは、かすかに触れた黒炎によって飴のように熔けだす。こめかみに炎を受け、グウィンはその上に倒れ込んだ。

 眼で追えても、グウィンの体は妹の動きにまったくついていっていなかった。



 サリヴァンは、師と相対していた。

 いまだ大の男の三歩ぶんほどの距離をもって、女はそこに立っている。


 しかしジジも知っていた。サリヴァンが『師匠せんせい』と呼ぶのは、この剣を仕込んだ女だけ。

 サリヴァンの持つあらゆる知識、技能、思考を授けたのは、主人であり師匠ししょうのアイリーン・クロックフォードと、もう一人の師匠せんせいである、この女――――エリカ・クロックフォードからだ、ということ。



 困惑をもって、サリヴァンは銀蛇つえを取り出した。


師匠せんせい、どういうことです」

「見ての通りよ。サリヴァン」

 エリカは、気だるげに腕を組んだ。


「ヴェロニカ皇女と私の目的は一致したの。ここまでよくぞ、アトラス王家の皆さまを守り抜きました。けれどここから先は、そうもいかないわ。あなたはまだ未熟すぎる」


「サリー……! 」

 ヒースの顔が強張っている。サリヴァンの表情の中に、困惑とともに恐怖の膜も張った。

「おれたちに分かるように説明してください……! 」

「『選ばれしもの』となる意味を反芻してみることね。人類を背負うという意味。世界を変えるという意味。神々と相対するのだという意味。――――それを分かっていると自分で言える? 自分がそれにふさわしいと、言えるの? 」

「それは……」

 サリーは言葉が出ない。

「預言の時が来るのは、あなたがもっと大きくなってから。皆がそう思っていた。あなた自身でさえも、そうだった」

「……それは」

「分かっているはず。真実を見つめ直しなさい。いいこと、サリヴァン。よくお聞きなさい。そして決めなさい」



 グウィンが土に手をあてて言った。

「『スート』……! 」

 苦渋の面持ちの王を中心に、土から12体の鉄兵が顕現する。

「けして攻撃はするな……私を守れ! 」



「『選ばれしもの』のうち、『教皇』『皇帝』『女帝』『女教皇』の四つは特別です。それぞれに求められるのは、『功績』『血筋』『条件』『資質』。

 ――――『教皇』は儀式を成した功績によって。

 ――――『皇帝』は血筋によって。

 ――――『女帝』は、ある条件が成されたときに。

 ――――『女教皇』は、神に近きものとしての資質によって、選ばれる。

 四皇が扱うスート兵は、その在り方を示すもの」


 エリカは言う。

「『皇帝』のスート兵は親衛隊。金属は鉄。鋼の盾であり剣。意志によって強化される、武力と権威をあらわす姿――――」



 ヴェロニカの髪が風も無いのに逆立った。全身を、あの銀河を宿す炎が包む。金髪がうっすらと青い輝きをまとって星々の中を漂った。

 突き出した拳が、鋼の兵の体を打ち砕く。グウィンの顔は、落胆よりも悲しみに染まっていた。


「あまりに意志脆弱いしぜいじゃく――――ッ! お兄様! あなたはやはり、優しすぎるッ! 」




 エリカは腕を組み、ゆっくりとサリヴァンに向かって踏み出した。

 ジジが威嚇するように魔女を睨みつける。コートの裾が陰に融け、周囲を巻くように蠢きだした。

 濃紺の瞳は、一瞥いちべつだけ。


「『教皇』のスート兵の金属は『銅』。古き武力をあらわす金属として、鉄、銀、金に劣りながらも、その素材が宿す本質は、それを扱うものたちの知識と経験にある。人々の歴史をあらわす金属。

『銀』は女教皇。高潔さと聖なるもの。『金』は女帝。権力と繁栄を象徴する」


 ヴェロニカの拳に砕かれたスート兵が、灰の森にきらきらと降り注ぐ。


「『黄金の人』は、『吊るされた男』として蘇りました。『星』として蘇ったアルヴィン皇子のように。サリヴァン、この『審判』が、預言通りのまっとうな人類救済を嘆願するためだけの試練になるのなら、私はあなたを送り出すのもやむなしと考えていた。けれど、もう預言は破られたのです。はえある『選ばれしもの』二十四人中の二人が反逆の死者というこの現状。預言を把握していた魔女の一人として、私はこの世界の命運を未熟な弟子に任せるわけにはいかない」


「勝手なことを……! 」

 ジジがいきりたった。扇ぐように交差した両手を合図に、ジジの毒をはらんだ黒霧がエリカを襲う。

 気だるげな紺の瞳が、一瞬明るく輝いた。手を持ち上げる動作すらなく、壁に阻まれたようにして黒霧は霧散する。


「な――――ッ」

「ジジ。ああ、ジジ……。あなたのことは、よぅく知っているわ……」

「……なんだって」


 ゆっくりとエリカの目蓋が瞬いた。膜が剥がれるように、けぶる睫毛の下からあらわれたのは――――魔人の金眼。


「あなたがサリヴァンの魔人になって二年。気配を悟られないようにするのには苦労をしたものよ。だって、そこのヒースで思い出さなくても、私と会ったら思い出すかもしれないものね。

 ねえ、サリヴァン。おかしいと思わなかった? こんな大量殺人を起こせる魔人を、国が見逃したということ」


 師が笑み、組んでいた腕をほどく。ジジの上半身が揺らぐのを、サリヴァンは息を呑んで見ているだけだった。

 灰の上にジジの体が落ちる。外套の裾が、影法師のように広がった。


 エリカは地面で脱力したジジの前に膝をつき、顔に流れる髪を指先で掻きわけた。

「私の口添えと監視がなければ、ここにこの子はいないのよ。ええ、私、『ジジ(これ)』の()()()ですもの……攻略法くらい、よぅく知っています」


 様々な出来事が、嵐のようにサリヴァンを殴りつけていく。

「今一度、あなたを見極めます。国にはしばらく帰らせないとお思い。異論があるなら、挑んできなさい」




 森に真紅の火柱が上がった。

 いつかサリヴァンが放った炎蛇の魔術。あれを思わせるような炎の尾を引いて、アルヴィン・アトラスは姉の前に躍り出る。

 グウィンも灰の上に倒れ込んだまま動かない。両腕を広げて背に庇うように立った怪人の姿に、ヴェロニカの歩は止まらざるを得なかった。


 ヴェロニカの顔にあるのは、驚きと困惑と、少しの不安。

 ヴェロニカは、視界の端で、近づくに近づけないでいる上の弟二人を見、目の前で倒れる兄を見、そして、その兄を庇うように立つ、炎をまとう鎧の怪人を見て……その正体を見破った。


 唇が震える。

 喉が震える。

 手足が震える。

 胸骨をかたどる紅い鎧の胸の奥で、魂だけが青く燃えている。纏っていたサリヴァンのコートは、すでに焼け落ちて森の灰と紛れてしまっていた。


「あなたは……アルヴィン? 」

 ほとんど声にもならない、擦れた声だった。


「ああっ、ああ………!!! 」


 崩れ落ちたヴェロニカを囲むように、スート兵が新たな命を宿す。

 色は黄金。兵の形は『女帝』の近侍にふさわしい、枯れることの無い花冠を金の髪に掲げる十二人の戦乙女たち。


「どうして、アルヴィン――――どうして――――」


 ヴェロニカの哀哭あいこくを前に、アルヴィンは立ち尽くすことしかできなかった。

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