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とってもカオスでノーフューチャー!(民子)

よろしくお願いします。

 月曜日、大学に行くと、朝っぱらから冴子が焦ったように寄って来た。


「あのあと何も無かったよね?真っ直ぐ送って行っただけだよね?」


「うん、彼の家に直行だったよ。門扉の前で降ろして、そこから私も直帰した」


「ふーん、安心した。ホテルにでも行ってたらどうしようと思ってたの」


 あのなあ、何で私が酔っぱらいをホテルに連れ込まなきゃいけないんだよ!それもパンクのイカレたノータリンをだぞ!


 それにしても、ちゃんと普通の口調で話せるじゃないか。だったらいつもの語尾の伸びた話し方はやめてくれ。頭痛のタネは一つでも多く削除したいのだ。裕紀に使用するのは一向に構わないから。


「ところでタミン、お願いがあるんだけど。山下君にナガシマへ行く日伺ってくれない?彼ったら私が電話を聞く前に酔っぱらっちゃったので、聞きそびれたままなの」


「わかった。今夜にでも聞いておく。ところで冴ちゃんの都合はいいの?」


「土日なら構わないわよ。授業をサボッてまでは行かないけどね」



「前から聞きたかったんだけど、冴ちゃん、ホントに将来看護師やるの?」


「全然やるつもりないわよ。ただ、資格はあった方がいいでしょ?うちの病院は理事長とか役員も親族で固めてるし、私は運営側の人間だから、将来は病院経営に携わって行くつもりよ」


「じゃあ、法学部とか経営学部の方が良かったんじゃない?」


「うん、でも私、数学大ッ嫌いだったから。医者になるのも過程が億劫だし、頭も足りないからね。弟が英才教育受けてるから、後継者をやってくれるだろうと思ってる。私は現場全体に目を光らせながら、横から口出ししてればいいのよ。まあ、最初は秘書から始めるつもりだけどね」


 なるほど、納得した。人も羨む事情だが、冴子なりの、いや、冴子にしか出来ない道筋があるのだ。



 私が考える道筋はこうだ。看護師資格を取って国立大学付属病院に就職する。父の出身大学だから教授辺りにコネも有るらしい。最初はおとなしく観察していよう。決して先輩たちを敵に回さない。


 大集団は変な噂でも流されたらイチコロだ。そしてウブで有望な医局員にターゲットを絞り込み、誘惑して押し倒させる。完璧だ!あとで袖にしようものなら騒ぎ立ててやるだけだ。そのまま結婚まで持ち込んだら、専業主婦をしながらカルチャークラブにでも通わせてもらおう。


 いいじゃないか!私はマザー・テレサに成れるわけじゃなく、フローレンス・ナイチンゲールを目指してるわけでもないのだから。これは打算なんて生易しいものじゃない。腹の奥底からフツフツと湧き上がってくる、人生を賭けた野望なのだ!



 まあ、就職するまではアタル君が付き合ってくれと申し込んでくればやぶさかでもないのだが、それでも土下座しての懇願しか認めてやるつもりはない。




 月曜の夜、裕紀の方から電話が掛かってきた。


「この前はありがとう。ホント、ゴメンね。タクシー代いくら掛かった?民子のいる所まで持って行くからさ」


「うん、七千円だったよ」千円サバを読んでやった。


「でも、タクシー代はいいよ。ちょっと回り道しただけだから」


 何を言ってるんだ、私は。その回り道で、いつもより二千円も余分に支払ったのに。


「それよりさあ、ナガシマへ行く話って覚えてる?裕紀君、酔っぱらってたから飛んじゃってるかなあ?」


「しっかり覚えてるよ。俺から言い出したんだもん。何?行く気になったの?なら、民子の都合に合わせるよ」


「いや、今日冴ちゃんから言われちゃってさあ。裕紀君の都合聞いといてくれって。冴ちゃんは土日ならいつでも構わないって言ってたけど」


「じゃあ、土日で民子の都合が良い日でいいじゃん」


「えっ?私も同伴するの?」


「何言ってんだよ。俺は民子と行きたいんだぞ。まあ、冴子さんも来るんなら、一人大学の友達連れて行くけどさ。民子がパスなら俺は行かない」


 こいつ、いいこと言うなあ。腹立つほど美人で金持ちの冴子より私を優先させるなんて。実に清々しい奴だ。損得勘定が出来ないってのはやっぱりバカなんだけど、かわいいバカだと思える。


「連れて来るのってアタル君じゃダメなの?私、卒業以来会ってないし」


「ふーん。俺は時々会ってるけど、年内は残業続きで休日出勤もやってるって言ってたなあ。あいつ、入社時からずっと独身寮で暮らしてるよ」


「そうか、アタル君は無理かあ。残念だけどしょうがないよね。私たちと違ってお仕事やってるんだし。じゃあカッコイイ人連れて来て!頼んだわよ」


「それは無理。周りで俺よりカッコイイ奴いないもん。卒業の時アタルよりたくさんバレンタインチョコもらったって言ってただろ。覚えてる?」


 覚えとるわい!アタル君が二個でお前は義理チョコ三個だったてな!知らないだろうがアタル君の一個は私からなんだぞ!残りの一個が誰からなのか気になってしょうがなかったのに…。


「わかったわ。じゃあ来週の土曜日、23日にしましょうよ。冴ちゃんにも言っておくから」


「OK!友達乗せて民子んちへ迎えに行くよ」


 それだけは勘弁してくれェ!白石医院は土曜日休診じゃないんだぞォ!来てもらっている看護師さんたちにお前の格好見られたら、私の人格まで疑われてしまうじゃないかァ!


「でも冴ちゃんは遠くから電車で来るんだし、やっぱり岐阜駅の北口にしましょうよ。二人で落ち合って裕紀君たちを待ってるわ」


「わかったよ。民子の言う通りにする。俺、ダブルデートすっごく楽しみだよ。じゃあ雨天決行ということで」


 どこがダブルデートだよ!と思ったが、面倒くさいので言い返さず電話を切った。




 10月23日、幸い天候には恵まれた。午前9時に駅前の広場に着いた。身支度を整えて自宅を出たのは午前8時だった。せっかくの休日に早起きさせられて少々ムカつく気分だ。


 これがアタル君とのデートだったら喜んで5時起きしてやるのだが。いや、そうだったらおそらく朝まで寝付けないだろう。行き先が遊園地なのでブルージーンと薄手のセーターに紺色のカーディガンを羽織ってきた。


 直ぐに冴子が現われた。さすがに今日はフリフリファッションではなく、コーデュロイのパンツにラルフローレンのチェックのシャツ、ジャケットだけは高級仕立ての物を羽織っている。


 自慢の巻き髪はまとめ上げてポニーテールだ。白いうなじがちょっと色っぽい。今日のバッグはヴィトンのチェルシーだ。どうせ屋外用なのだろう。



 連れ立って降車場へ歩いて行くと、埃っぽい小型セダンの横で裕紀とデブが待っていた。


「おはよう。いい天気で良かったね。こいつ、俺のクラスメイトの木村。キムリンって呼んでやってくれ」


「キムリンです。今日はよろしく」


 はあ?キムリンだあ?何なんだよ!この愛想笑いしているデブは!一瞬裕紀を疑った。こいつ、自分を引き立たせるためにデブを呼んで来やがったな!いや、さすがにそれは無いか。この客観性皆無のナルシストにそこまで頭が回るわけがない。


「こちらは冴子さんと民子。今日は楽しくやろうぜ」


 裕紀の紹介に木村に向かって嫌々頭を下げる。この時気付いたがデブの視線は冴子に釘付けだ。おそらく視界の九十パーセントはバカ女に占められているのだろう。


 会った瞬間から私は背景の一部と化したのだ。まあいい。こんなデブに興味など微塵も起きない。ただ、今日もまた無為な時間を過ごさなければならなくなったことが恨めしいだけだ。


 デブは学生らしい紺のギンガムチェックのボタンダウンにストレートジーンズ。裕紀は居酒屋の時とTシャツが違うだけの格好だ。きっとこいつはジーンズを洗濯している時はジャージを履いているのだろう。


 Tシャツの前面には「CHAOS」とプリントしてあった。何処から見つけてくるのか知らないが、まさしく今の私たちの状況だ。




 裕紀が運転席に乗り込むと、冴子は木村を押しのけて助手席に座った。おかげで私はデブと後部座席に相並ぶ羽目となった。エンジンを掛けるとガラガラと音がした。この車本当に大丈夫か?と思った。発進した時後方に目をやったら黒い煙が残っていた。


 しばらく市街地を走り、堤防道路に上がってから裕紀と冴子の会話を遮って聞いた。


「裕紀君、この車壊れてない?ずっとガラガラと音がしてるよ」


「ああ、この車ディーゼル車なんだ。燃料がガソリンじゃなくて軽油で走るんだよ。経済的でいいだろ?」


 余裕の笑みで返された。


 えっ?ディーゼル車ってトラックとかじゃないの?自動車学校ではそう習ったぞ。燃料費が安くつくので主に商用車に使われていると。もしかしてこの車、商用車の払い下げか?


 後部座席からメータパネルのオドメーターを確認すると、すでに二十万キロを超えていた。そうだ!絶対商用車だったはずだ!オーディオはAMラジオしか付いていないので、シガライター電源のポータブルCDプレーヤーでごまかしていやがる。リヤスピーカーが無いため前方からしか音が聴こえて来ない。


 裕紀はセックス・ピストルズのアルバム「NEVER MIND」を流し、ショボいスピーカーからジョニー・ロットンが、アヒルのような声でノーフューチャーと繰り返していた。確かにこの状況はノーフューチャーだと思った。


読んで下さりありがとうございます。

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