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9 黒焔と不穏な影

「ふーん。つまり、ここは白崎が昔、熱狂的に語ってた大好きな乙女ゲームとやらの世界か」


 うるさかったなーと、コウは無造作に私の部屋のタンスを漁り、駄菓子を見つけてそれを食べながらに言った。一応、淑女(レディ)の部屋なんだからと怒る気力も湧かず、気にしないそぶりで、私もコウから駄菓子を一つ貰って食べる。


 今までは、勿体なくて食べれなかったがコウが勝手に開けてくれたおかげで久しぶりに食べられた某国民的駄菓子。

 子供の味覚なので甘く、パチパチして美味しかった。私の顔に笑みが零れる。

 コウがタンスを漁るのをやめて向かい側のソファに座ったことを確認すると口を開いた。


「そう。この“幸学園~君と切ない運命”にはコウも攻略対象として出てくるんだ」

「うわ……攻略されんのかよ」

「いや、知らないけどヒロイン次第じゃない?」


 彼は思いっきり嫌そうな顔をする。そこまで毛嫌いしなくても、ヒロインはいい子だし、好きになれると思うんだけどな。いや、むしろこんな精神年齢の高い子供にヒロインを任せたくない。


「俺がゲームの主要キャラになったからには、一つ言っておく。ヒロインを好きになることはない。勿論、お前にもな? 俺はこのゲームに関係のない普通の女と結婚したい。ゲームの強制力にひれ伏したくないから」

「コウの好みはどうでもいい」


 どこぞの面倒くさがりの転生少女のようなことを言うコウ。

 だが、少し気が楽になった。コウが私を好きになったら、盲目になり、行動を制してくれなくなったりもするかもしれない。貴重な転生者なのだから、きちんと止めていただきたいのだ。

 良い友達でいれる気がする。


「んで、ゲームの俺はどんな感じだった?」

「確かコウいや、黒鋼 晃一朗の通り名は孤児の高位魔力保持者の“黒焔”だったはず。彼のキャラは不愛想で無表情の不器用王子」


 私は説明途中で笑いを噛み殺す。コウとは程遠いキャラだったので想像すると肩が震えて太腿に目線を落とす。

 そんな私の顔を見てコウは眉間に深い皺を寄せる。


「無表情、か。前世でご機嫌伺い生活をしていた俺には程遠いな。あぁ、でも高位魔力っていうと納得はできるよ。白崎、髪を数本寄越せ」

「え、うん」


 コウの自信に満ちた口調に戸惑ってしまった。

 言われるがままに私は自分の長い髪を三本ほど抜いて、それをコウに手渡した。コウは受け取るとソファに座りながらに目を閉じた。


「魔術構築“髪増強(ヘアーセメント)”」


 彼が呪文を口にすると、複雑で黒い魔法陣が私の髪の周りに構築されて持ち主を失った白い髪は乾燥ワカメのようにどんどん伸びる。

 伸びるのを止めたかと思うとそこにあったのは前世で言うウィッグというものだ。

 役目を終えた影は使用者の影へと戻った。コウは息を一つ吐いてから、目を開いた。


「どうだ?」


 一拍おいてから、コウはしてやったとばかりに口の端を吊り上げた。


「凄い! 前世よりも精度の高いウィッグで、本物の髪の毛にしか見えない! 触ってもいい?」

「あぁ。元は白崎の髪なんだから自由にしなよ」


 触ってみると私の髪となんら変わりのないウィッグだった。

 今の魔法は、黒い魔法陣が浮き上がったのだから闇魔法であろう。ゲームの中の黒鋼も闇魔法の使い手だった。しかし、プレイしていた時でもウィッグを作り出す魔法は見たことがない。

 きっと、コウが作り出した創造魔法だろう。


「コウはこのウィッグを使って地毛を隠してるの?」

「そうだな。今は白崎にこのゲームの黒についての偏見を先に聞いておけば良かったかもしれないと後悔しているところだ」


 コウは首を縦に振った。

 私は、苦痛に満ちた表情から原作のように色んなことをされたんだと思案した。肉親にも忌み子として扱われる。救いの手を差し伸べてくれる人はいない、自分の上司の不憫さに慰めの言葉もかけることができない。

 二人ともが黙して、コウが窓に目をやると外はもう薄暗くなっていた。


「さて、と。俺はそろそろ家に帰るとする。明日からあの魔法学校直結の幼稚園に転入するんだろ?」

「うん!」

「何かあったら必ず俺に言えよ。俺もあの幼稚園にいるから。目のことで絡んでくる他の奴らも昔のように適当にかわしておけ。……白崎、頼むからもう俺の前から消えないでくれよ」

 

 コウの零した言葉は確認を求めたというよりも、懇願しているように聞こえた。

 私はか細く消えそうなコウの問いに頷くことは出来なかった。

 白崎の者として生まれた身、病弱という死亡フラグに白崎家としていずれか訪れる死。でも、もう一度コウを悲しませることはしたくない。


「出来る限り頑張るつもり」


 私はかすかに微笑んで言った。

 これが私に返せる最善の答え。努力はするけど、駄目だったときはその時だ。だから、今の私に断定など出来ない。

 コウは私の真意を読み取ってそうか、と眉を下げた。


「じゃ、このウィッグは貰っていくぞ。また明日」

「え!? ちょっ、コウ。そっち窓だよ!」


 足をかけたのは窓の縁。大きな窓を開けるとバルコニーから肌寒い風が流れ込んでくる。


「心配すんな」 


 闇に紛れてふっと笑うコウは幻想的で、上司として見ていたころと違った輝きを伴っていた。

 コウが目を閉じて口を動かすと彼の背中に魔法陣が浮かび上がって、やがて影の翼となる。

 彼は静かに翼をはためかせて宵闇に紛れていった。


「まじですか……」


 私は愕然としてバルコニーに膝から崩れ落ちた。

 魔法開花といっても空まで飛べるのはチート過ぎる。私ですら闇魔法の“魔法吸収(マジックドレイン)”しか使いこなすことが出来ないのに。



(凄かったですね。魔法で空を飛ぶ姿は初めて見ました)

(水!? いつからそこに)


 後ろから声がしたのでばっと振り向くと水がどろどろになって宙に浮いていた。

 すると、俺もいるぞ、と水の後ろからひょっこりと顔をだす赤い竜。火もどろどろだ。水はやれやれと口を緩ませた。


(花壇で花の精霊と遊んでいてほっていってしまわれるとは思いもしませんでしたよ。家に帰るのも一苦労でしたから)

(本当にごめん!)

(反省の色が見えないのですが…)


 水の言い方には棘があってまさか私にまで腹黒を見せつけてくるとは思わなかった。バルコニーの風と射抜くような水の視線で私周辺の温度は絶対零度だ。


(ところで姫様は、あの黒い男と私達どちらが好きなのですか?)


 謝ると、水は上目づかいで私に問う。心なしか水は口元が上がっている。

 困惑して私はえっと、そのとかの答えにもならない返事を返し、視線を逸らす。


(えーっとね? そのね)

(どうなのですか? ねぇ、姫様?)


 いつもよりも一段と低い声でニタニタと笑う。私の視線を逃がさまいと顔を近づいてくる水。瞳を潤ませると心底楽しそうに笑う。

 私は水がここまでドSだとは思ってもいなかった。


(水、そこまでだ! 約束忘れたのか?)

(チッ)

(火ー待ってたよ! 純粋な火さま大好き)

(え、姫気持ち悪い)


 火は真顔で受け流しながして、水はけらけらと笑った。


(ごめん姫! 俺は仕方ないけどたまに水はスイッチ入ってしまうから、っじゃ!)


 私は夕食の前に昼寝しようと思う。今日はいつもよりもどっと疲れた。

 瞼を閉じると驚くほど深い眠りに落ちていった。




 宵闇に紛れて来るはずのなかった訪問者を笑顔で向かえいれ、品物を受け取って金を差し出す。

 その荷物を女は地下に持ち運び、蝋燭の火を頼りにものを並べていく。


「用意は順調?」


 ある女が男に問いかけると、男はしっかりと頷いた。女はそう、と目を伏せた。

 地下のパイプからぴちょんぴちょんと水滴が煉瓦に落ちる音が静かに響く。


「これで私達も解放されるのよね」


 男女はお互いに笑い合った。笑い声は狂気にも満ちている。


「……憎き白崎家に鉄槌を―――――……」


 女の放った言葉は憎しみが込められていて地下に大きく響き渡った。

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