10 お迎え
白髪に映える深い紺の制服が揺れる。部屋は朝に近づくが暗くなる一方で、シャンデリアが輝かしく灯っている。
私は目線に合わせてしゃがみ、白髪の彼の視線をとらえた。
「女の子にはこうするんだよ佳哉。練習ね、どう、制服似合ってる?」
「姉、ブーブーみたい」
(ブーブーって…ははは)
(安心して。火のがブーブーみたいな顔してるよ)
(は!? そんなことないよなぁ水?)
(同感です)
精霊はおいておいて、優しく微笑んでみせると、目を輝かせて手を叩く佳哉。呂律が回らないのに懸命に格好良さを手振りで伝えてくれるので可愛らしい。
私の弟も一番好きな車に例えるほどの制服。決して私の顔が車の形相に似ているという悪口ではない。佳哉なりの最大の比喩なのだ。
弟がそう言うのもおかしくないくらいに【光輝幼稚園】の制服は前世とは比べものにならないくらい可愛い。
紺のブレザーにスカート、白いブラウス。ブラウスの襟には金で園の紋章の刺繍が入っており、可愛いのだ。私としてはこの制服にいくらのお金が飛んでいったのかが知りたい。着心地もやけにいいし高価だと思う。だから、前世のように泥遊びなんて怖くて出来ない。
自分でも現金だと思うが、長年ケチだった性格はこちらの世界でも治せないようです。
お小遣いが月に二万円。これでも多いのに、この世界の貴族のお小遣いは平均五万円と聞いた瞬間泣きそうになりました。
しかも、私がこんなに貰って、このお金は領地を統括している執事のフウガの給料が安いのは許せない。
哀れに思って私も秘密で領地の統括の経済学を前世の知識を生かしてお手伝いしている。
フウガは喉がやられているので話せないらしい。だから、私がいると大変助かると彼は書いてくれた。
足取り軽く、大広間の階段をスキップで降りて玄関を目指す。
(どんくさいから落ちますよ姫様)
(落ちませーん)
会話に集中した私が馬鹿だった。落ちた。二段ほどだがすっごい痛かった。
(姫、フラグ回収乙)
(その言葉どこで知った!?)
(姫の独り言)
そんなの言ってたとは知らずに赤面して気をとりなおす。
「いってきまーす!」
私は淑女らしからぬ大声を張り上げた。
家の外への扉を開けると広がるのは果てしなく暗い曇り空。まるでこの後に起こることを予知しているかのような色で不気味だ。でも、不思議と怖くはない。
それでもゲームの中の私と違う、現実の私が生きるための大きな第一歩だ。怖くないのも、病弱という死と隣り合わせの状況だからだろうか。
さて、王都行きの白崎専属馬車に乗り込もうとしたがどうにも動けない。
元凶を確かめるべく生暖かいものがくっついている下半身を見ると、淡い金髪。はて? 私の知り合いに金髪なんていないはずだ。
「誰?」
「姉、いっちゃやだ……」
「やだ……」とぐずる声で引き留めようとする佳哉。金髪に見えたが、曇り空と対照的な白髪が金に見えただけであった。遂に今までの苦労あって従順なお姉ちゃんっ子になってくれて嬉しい。
私は嬉しさ半分、面倒くささ半分であやすように言った。
「姉さまは今から幼稚園に行くの。だから、佳哉は姉さまがいない間に家を守って、いい? いい子にしないと姉さま、佳哉のこと嫌いになっちゃうよ」
嫌い、という言葉に反応して足を持つ手を緩めた佳哉。
「分かった。いい子にする」
口を結んで意志の強い瞳で返事をする佳哉。
その返事に笑顔で頷くと、二人でたかが一日の別れにおおげさなほどの別れの挨拶を言い合った。
言い合いに一息つくと、火と水を肩に乗せて馬車に乗り込んだ。馬車を操縦するオジサマが紳士だったので私をエスコートしてくれるので四歳児には大変な段差も軽く上ることが出来た。
おとぎの国の馬車みたいに快適な設備もないので、貨物用の荷台に乗り込むだけなのだ。
(姫、なんかいるぞ)
(え?)
まっさらな木の荷台の上に黒い物体と私。黒い物体は荷物かと思ったら、人だった。私は、白崎専用の馬車なのに先客がいたことに驚いた。
「はよ」
(あー!あの時にいらっしゃった魔術師!)
(誰だよそれ)
(あとで説明するから落ち着いて)
馬車の向かい側の席で気だるげに夢と現実の狭間で闘っている彼。うちの馬車で寛いでいたのはコウである。
「おはよう、コウ」
「おはよう。白崎、顔色悪いぞ。昨日ちゃんと寝たのか?」
「うん。寝た寝た。すっきり快眠」
雑な私の答えに相変わらず過保護なコウは探るような目で私に問いかける。
コウの言う通り私は昨夜、第一印象の良い自己紹介の仕方を鏡の前で練習していて睡眠時間はほとんどなかった。自己紹介の練習なんてプライドにも関わるし絶対に言いたくなかった。
疲れた顔もせず凛としているので今まで、両親や弟、使用人にさえ気付かれなかった。気付かれない自信があったのにコウはズバリと言い当てる。
「嘘だろ。白崎って昔から嘘つくとき視線が右斜め上に動くからな。今もそうだったぞ」
「え、嘘!?」
「嘘だ。くくっ、そんな癖、白崎にはないよ。こんな子供騙しに騙されるとは思わなかった。いや、夢の国に社員旅行に行ったときも中身が五十代の着ぐるみに喜んでたもんな」
笑い混じりに懐かしそうに目を細めるコウ。
社員旅行はいつから見られていたのだろう。個人行動で周りに社員がいないことを確認してから、写真撮ってもらったりしていただけなのに。
コウはそれはともかく、と言い私をじとっと睨んだ。
「そんなんだから白崎もそのキャラもすぐ体を壊すんだろ。今は寝とけ、倒れられたら困る」
ぷいっとどこかを向いて、心配してくれる彼。何だかんだ言うけど、優しい友人をもって幸せだ。
お言葉に甘えてコウの膝で寝かしてもらうことにした。闇魔法で影の翼を出してもらってそれを毛布代わりにしようとするとコウの口から女の子のような声が出て驚く。
「翼は一応俺の一部で、触られると素肌を撫でられるよなそんな感じで、くすぐったいからあんまり触るな。風を切るときは気持ちいいのにな。触られると気持ち悪い。普段仕舞っているし、非常時以外はこの翼は出さないからな」
抑揚のない声で彼は説明した。
コウは私の髪に指を通して柔らかく梳いてくれる。目を覆う前髪が除けられてコウの黒い瞳に目が合うと恥ずかしくて顔を背ける。コウも目を逸らしたのが気に食わなくて私は彼にきつく言葉を放った。
「何故この馬車に乗って寛いでいるの? 大体の見当はつくんだけどね」
「見当ついてるんなら決まってるじゃん。白崎が心配だったから迎えに来ただけだ。一番の理由は誰かと一緒に登校してみたかったからだな」
いつものように整った顔でニッと歯を見せるコウ。
私の胸が跳ねた。まるで当たり前とでもいうように口を尖らせて言うコウ。彼は一度私を失ったから心配して、部下が再びいなくなることを恐れているのだろうか。依存、執着、そんな言葉でも、私は人にこんなにも大切に思われていることが嬉しかった。
「ありがと」
本当にコウは私に甘い。たった一人の友人だから。
私が消え入りそうな声で言うと私は夢の中に吸い込まれていった。
※
「お嬢様、着きましたよ」
オジサマの声が聞こえて現実に引き戻される。起きると先ほどまで上にいたはずのコウがいない。私は枕なしで寝ていたのか、本当にコウは逃げ足の速い奴だ。
園長先生についていき、私達はばらぐみというクラスの前に立ち止まった。窓には段ボールが貼ってあり、少し微笑ましくなった。
もう一度階段を降りたので、私はももぐみに入るようだ。
廊下まで響くほど、ざわざわと騒いでいないのも貴族たちの行儀の良さが感じられる。
緊張した面持ちで私は教室へと足を踏み入れる。変なところはないだろうか、不安になる。
でも、私は白崎家の第一子だ。こんなことでへこたれるわけにもいかない。
「ごきげんよう。白崎遥と申します。以後お見知りおきを」
スカートの端をちょこんと摘み、見本になる綺麗な礼をした。怖がられないためにも笑わないことがポイントだ。
そこから先は前髪について触れられることもなく、何事もなく丸を描いたりした。もの凄く簡単だったので、より美しい丸にしようとデコレーションすると一躍クラスの人気者になった。
その中でも一番誕生日の早いマセた少女、望月 桜ちゃんとは園児なりに意気投合した。
「遥ちゃん、遥ちゃん。一緒につみきしましょー」
「桜ちゃん、ごめんなさい。私、今から本を読みたいのです」
断ると口をすぼめて残念がる桜ちゃん。いかにもお嬢様といった茶髪の縦ロールが悲しげに揺れる。
申し訳ない気分になったが励ましてくれる火。
(気に入られてるなぁ。流石姫、天才な俺等の主だけはあるぜ!)
(私はいずれ来る敵に備えて魔法指南本を読まないといけないから、遊びは出来そうにないね……)
(いや、天才にはツッコめよ)
肩を落として分厚い魔法陣を読み込んでいると、園長先生に褒められた。園長先生は何でも元王都専属魔術師だったそうで嬉々として教えてくれた。
空を飛ぶ魔法や、翼を出す魔法はないらしい。やはり、オリジナルの創造魔法とみて間違いないだろう。
「おい、そこのお主。魔法陣なんか読んでどうするのだ?」
幼いが特徴のある話し方。顔をあげると明るい緑色の髪をした眼鏡の少年。
私は完全に忘れていた。魔法学園エスカレーター式なのだから同い年にあのゲームの攻略対象がいることも、ましてや同じクラスにいることも。
「お主、目を隠しているということは魔法使いなのか! 気に入ったぞ、我は緑菜 月臣だ。お主、名は何と言う?」
緑菜 月臣。明るい緑の瞳と髪からは木漏れ日が連想される。緑菜家の次期当主で、魔法というものに異常なほど執着している。
うかつであった。彼の前でこんなにも魔法指南書を真面目に読まなければ良かった。
私は攻略対象とラブラブしたいわけではないし、女子が怖いのでどちらかと言えば近寄りたくない。
私はこれからのことを思い、曇り空に溜め息をついた。




