表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/34

【商店街夏祭り企画】余韻

こちらからお越しの方は、前話をお読みになってからおいで下さいませ。


こちらも白い黒猫さまとのコラボとなっております。ユキくん視点は【希望が丘駅前商店街〜透明人間の憂鬱〜】をお楽しみ下さい。

「これでとりあえずは大丈夫だと思う。しばらくは靴を履くのもつらいと思うけど……」



 足首を固定するように支えながら触れるユキくんの左手が熱い。

 消毒を終え、傷パッドを貼って貰うと、痛みは幾らか楽になっている。

 もうここにいる理由はない。

 わたしはとっさに立ち上がろうとした。



「あの、えっと、ありがとう。助かりました………!」



 傷パッドを当てられているものの、足に体重をかけると想像以上の痛みを覚え、前に踏み出すタイミングがずれてしまう。

 床に置かれていたタオルに足を滑らせた身体はぐらりと傾き、瞬間「きゃっ」という声とともに、目をつぶり、転ぶことを予感した。なのに。



 わたしの身体は同時に立ち上がったユキくんの腕に、抱きとめられていた。細身に見えながら意外に固い胸に額が当たり、頭が真っ白になった。

 わたしの両腕を支える手のひらの熱を薄い布越しに感じて、また身体が竦んでしまう。


 次の瞬間。

 あ、と思う間もなく背中に彼の腕が回り、気が付いたら強く抱き締められていた。



 ーーーー何が起こっているの?



 時間にしたら一瞬。

 けれどピタリと寄り添った浴衣越しに、身体の線まで知られてしまいそうなのがとてつもなく恥ずかしい。

 わたしは努めて冷静を装い、動揺を隠しながらそっと彼の胸を手のひらで押し、腕の中から逃れていた。



「あ、あの………ごめんなさい」

「い、いえ……璃青さんが怪我しなくて良かったです」



 チラリと見上げれば、わたしに負けず劣らず、ユキくんが真っ赤な顔をしている。

 珍しく慌てている?

 見たことのない表情に釘付けになり、つい見つめてしまったけれど、彼もわたしをじっと見ていて、騒がしい鼓動がいつまでも収まらない。


 どちらも目を反らすタイミングがわからない。何も言えず、お互いに感情を読もうとしても読めないことが、もどかしい。



「ーーー手当も終わったので、コーヒーでも飲んで落ち着きませんか?」



 わたしから視線を外さないまま、彼が口を開いた。長い沈黙の後で聞いたその声は、やっぱり少し掠れている。

 詰めていた息をほっと吐き小さく頷くと、やっと視線は外され、わたしはまたその場にとり残された。


 立っていても足は痛むばかりなので、もう一度ソファに浅く座り直す。

 ソファがキッチンに背を向けて座れる位置で良かった。顔を見られたら、きっと真っ赤なのが丸見えだから。

 でもきっと、間近で見られたら耳も、首筋までも赤いはず。


 しばらくしてコーヒーの香ばしい匂いが漂いはじめると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。きちんと豆から淹れられた匂いは、わたしを随分とリラックスさせてくれる。



「どうぞ」



 コトリと置かれたカップから湯気が立ち昇る。涼しい部屋で、そこだけが温かい。猫舌なのも忘れて、柔らかな芳香に吸い寄せられる。

 熱い。だけど……。



「ユキくん、コーヒー淹れるのも上手なんだね。すごく美味しい!」



 いつも黒猫さんでアルコール度数低めの優しいカクテルを作ってくれるその手は、コーヒーまでも魔法をかけてしまう。なんだかズルいよ。



「お店でも出しているからね。バーにコーヒーを楽しみに来る人も結構いて。コーヒーというのも勉強してみると面白くて」

「うん。そういうの、突き詰めてみると結構奥が深いものね」



 ユキくんて、勉強家なんだなぁ。


 話し上手な彼に引き込まれて、知らなかった世界が束の間広がる。全部はとても覚えられないけれど、いつまでも聞いていても、きっと飽きることはないだろう。


 気付いたら、随分と時間が経っていた。



「え………と、そろそろ帰る、ね。母もまだ起きて待ってるかもしれないし」

「家まで送ります。それに草履つらいですよね。つっかけお貸しますから今日はそれで帰って」



 嬉しそうに仕事の話をしていた彼は、淀みなくさりげなく、わたしを気遣う。

 先ほどのふたりの間のぎこちなさなど、微塵も見せない。



「心配なので、下まで送ります」

「すぐ隣りなのに………」



 断ろうとすると、ユキくんが怖い顔をしたので、お言葉に甘えることにした。

 エレベーターに乗ったら、すぐに階下に着いてしまうし、ほんの僅かな距離なのに。



「おーーー、」

「今日はどうもありがとう!」



 彼が何かを言おうとしたのと同時に、遮るように口が開いて、苦笑されてしまった。



「いえいえ、もっと俺が気遣っていたら、璃青さんもそんなに足をひどく痛める事もなかったのに」



 どうして、そんな表情かおをするの?



「ユキくんは何も悪くないよ。草履、おろしたてだったし、普段履き慣れないものを履いたから、不可抗力なのよ。わたしの足がヤワなのもいけないの。………だから、もう気にしちゃダメよ?」



 わたしは精一杯お姉さんぶって、草履を持っていない方の手で彼の髪に触れ、サラサラと指先で撫でるように梳いた。背の低いわたしが背伸びをすると、サンダル履きの足はまだ痛むけれど。



「もう、無理しないでくださいよ」

「わかりました、もう無理しません。………じゃあ、お休みなさい」



 ぺこりとおどけて頭を下げる。

 “おやすみなさい”の後に目を上げたら、またそのに吸い寄せられた。



 どうして、そんな表情かおをするの?



 切なそうなその瞳に、胸が痛くなる。

 本当はまだ離れたくない。

 ずっとそばで、あの楽しげに話す声を聞いていたい。そう、思ってしまう。



 零れ落ちそうな気持ちを抱えて、わたしは彼を振り切るように自分の住まいに帰ってきた。


 暗い店舗に入り、そこだけ明るい場所に向かった。コポコポと音をたてて泡が下から昇るのを見ながら、金魚さんたちの水槽ににエサを入れる。


 わたしは水槽が置かれたテーブルに椅子を引き寄せて座ると、水槽のガラスにそっと額を付けて目を閉じた。


 冷たくて気持ちいい。




 こうして誰かを想うことは、ひとりの寂しさよりも、ずっと切ない。

 また傷つくのも怖い。

 そこに飛び込むだけの勇気は、わたしにはもうないの。



「ひとりで生きていく、って決めたじゃない」



 独り言は、泡になって消えていった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ