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【商店街夏祭り企画】奇蹟

こちらからお越しの方は、前話をお読みになってからこちらにおいでくださいませ。

 木々の生い茂る小道を通り、ふたり揃って神社の鳥居をくぐり抜ける。受け付けの女性に声を掛けると、すぐに本殿に通された。


 本殿は人気ひとけがなく、ひっそりとしていた。下界では賑やかなお祭りの最中だというのに、その静謐せいひつな空気に一瞬、そこに閉じ込められてしまったかのような錯覚を起こしてしまう。


 誰にも穢されることのない結界で守られた場所に踏み入ったわたし達は、その不思議な感覚にどちらからともなく顔を見合わせた。

 お互いが浴衣を着ているからなのか、まるで昔にタイムスリップしたかのよう。


 ふと、後ろの引き戸が静かに開き、神主の月ヶ瀬さんが本殿に入ってくる。その圧倒的な存在に、一気に緊張感が高まった。

 霊感なんてなくても分かる。確かに何かの力を強く感じる。


 ふたりでお辞儀をして挨拶すると、月ヶ瀬さんも綺麗な一礼を。そうして月ヶ瀬さんは顔を上げ、改めてわたし達を静かに見つめた。



「ほう、………面白い」



 その目は細められ、発する言葉の意味はよく分からないけれど。



「あの、願い紙の奉納に参りました」

「こちらへ」



 ユキくんが檜の箱を差し出すと、月ヶ瀬さんが先に立ち、祭壇の前にわたし達を促した。それから箱をユキくんから受け取ると、静かに祭壇の前にそれを置く。



「奉納の儀を執り行わせていただきます」



 御幣ごへいを手にして祭壇に向かい、月ヶ瀬さんが礼をし、わたし達も後に倣った。祝詞が始まり、御幣は時折サラサラと鳴っている。


 気付いた時には祝詞が遠のいていた。

 先ほどの“不思議な感覚”が蘇る。祝詞はまるで結界の上方から聞こえるようだった。

 そこには何故か月ヶ瀬さんの姿はなく、その場に立つのはふたりだけ。心は静かに凪いでいて、お互いの息づかいをすぐ近くで感じている。


 徐々に胸の中に広がったのは、ほわりと光る暖かいもの。触れてしまったらきっと温度の感じられないような、手に掴むことのできない曖昧な、けれどやさしい温もりに、身体中が満たされてゆく。

 ユキくんにも、今このとき、同じものが流れているのだろうか。



「もう結構です、お直り下さい」



 声とともに、ずっと開いていたはずの目が、お互いの存在を確かめた。

 その声を聞くまでは、わたし達は確かにこの場にいながら、心だけが、どこか違う空間にいた。

 そしてユキくんと目が合った今、同じところから戻ってきたことを知る。



 ーーーその時、ふたりの間で何かが変わる音を、心のどこかで聞いていた。まるで夢のような、奇蹟のような瞬間だった。



 神社での奉納の儀を終え、静寂に包まれた木々の間を抜けながら、下界の祭囃子がふたりを徐々にとき現代いまに戻す。

 けれど足元の悪い道を抜けても、わたし達の手は離れない。


 儀式の時の不思議な感覚が、まだふたりを包んでいた。

 あの、胸に灯った暖かい光は、今もまだ確かに光り続けている。




 しばらく無言で歩いていたけれど、どこか現実のものではないようなところで、ふいにユキくんが発したひと言に、わたしはようやく現実に戻ることができた。



「せっかくですから花火大会で見られなかった屋台でも見て回りましょうか」

「……うん、そうね」



 ゆっくりと、わたしに歩調を合わせる彼に手を引かれ、身体をなるべく密着させないように、少しだけ後ろを歩くのは花火大会の時からわたしのクセになりつつあった。

 そして時折手を強く繋ぎ直すのはユキくんのクセ?


 言葉少なに屋台に注意を向けてみると、花火大会の時には気にも留めていなかった夜店が目に入る。



「ーーーねぇユキくん。ユキくんて射的がすごく上手いイメージがあるんだけど」

「どんなイメージですか。いいですよ、自信はそれほどないですけど、やってみましょうか。………狙うのはあのぬいぐるみでいいですか?」

「ふふ。うん、お願いします」



 何気無く顔を近付けて囁く彼に、平静を装う。

 顔が赤くなるのは、きっと下界に戻って急に気付いた暑さのせい。 


 銃を構えるユキくんは魅入ってしまうほど綺麗で、その真剣な横顔から目が離せない。


 ダメだ、見ないようにすればするほど見てしまう。違うことを考えよう。えーと、人形焼が食べたいな、とか。……うう、食い意地が張ってると思われるかな。



「人形焼がどうかしました?」

「きゃあっ!あ、あの、何でもないの!」

「そうですか?……はい、ウサギのぬいぐるみ、どうぞ」

「ホントに取ってくれたんだ。さすがユキくん。ありがとう、大事にするね」

「ふふ、璃青さんて、無邪気というか、ほんと可愛いですよね」

「え…………」



 真に受けてはいけないのにどうしても顔が勝手に赤くなる。

 彼の“可愛い”はきっと社交辞令のようなものなのに。

 そんなのもう、とうに分かっているくせに。



 その後「いいよ」と遠慮するわたしに構わず人形焼を買ってくれた彼と他の店をひやかして歩いているうちに、足の痛みに気付いてしまった。

 気付いてしまえばもう既にかなり痛く、足元を見ると親指と人差し指の間が、鼻緒に擦れて少し皮が剥けている。

 花火大会の時に履いていた草履の鼻緒は取れてしまったから、今日はおろしたての草履を履いていたのだ。初めから何か対策をしておけばよかった。


 草履の鼻緒から指を少し後ろにずらして、なんとか歩き出すけれど、先ほどよりも遅い歩みに彼が気付くのは早かった。立ち止まった彼が振り返る。



「どうしました?また鼻緒が取れそうなんですか?」

「ううん。今日は草履が新品だからそれは大丈夫」

「……もしかして、足を痛めた?」

「ん、ちょっとだけ」

「そうですか………。ここは混んでいるし、足に負担がかかりますから裏道に抜けて、そろそろ帰りましょう」

「ごめんね、迷惑かけて」

「迷惑なんかじゃないですよ。もう充分楽しみましたから」



 わたしの足をチラリと見て顔を上げた彼は、空いた手でウサギのぬいぐるみをわたしの腕から取り、手を強く繋ぎ直した。それはいわゆる“恋人繋ぎ”。


 わたしは痛みを一瞬忘れ、思わず彼を見上げてしまう。けれど彼の視線はもう、雑踏を抜けられる場所を探していて、その表情を伺うことはできなかった。




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