【商店街夏祭り企画】浴衣姿とキーボくん
こちらは白い黒猫さまご協力のもと、同時更新させていただいております。
それから午後四時を回る頃、お客様は絶えずやって来るからかなり忙しかったのだけれど、さすがにお隣の様子が気になってきた。四人揃って接客していたはずのお隣を見れば、いつの間にかユキくんだけが消えている。
もしかして、キーボくんとして広場のイベントに駆り出されていったのかも。そう思い付くと母も同じことを考えていたらしい。
「璃青、あんたそろそろお隣の手伝いに行かなくていいの?ユキくんいなくなっちゃったじゃない」
「えぇ?小野くんもいるし、すぐに人手が必要になるとも思えないけど、どうなんだろう」
「まぁまぁ、そろそろあんたもさっさとシャワーでも浴びて、着替えてらっしゃい!まったくもう、商店街で朝から浴衣着てないのなんて、あんただけなんじゃないの?」
「だって……。お手伝いに行くのに汗臭かったら困るでしょう」
「誰がよ」
「わたしが困るの!!もうっ、シャワー行ってくる!」
「行ってらっしゃ〜い」
あぁ、あれは絶対面白がってる。
少しだけ念入りにシャワーを浴びて、その間によく冷やした自分の部屋で、髪をざっと乾かす。半乾きの状態で左側だけ上から編み込みをして、耳元からは全体を緩く右に寄せて三つ編みで下ろした。
石けんの香りのシャワーコロンを制汗剤として使って、久しぶりの浴衣に袖を通す。
多少手間取りながらも、無事着付け完了。とりあえずまだ未婚なんだし、帯もお太鼓じゃなくてもいいよね。よし、文庫結びで!
普段よりも小股で歩かなければならないから、少しもたついてしまうけれど、転ばないようゆっくりと階段を降りる。
初めての和装。みんなの前に出るのが少しだけ照れくさい。
ユキくんなら、何て言ってくれるかな。それとも何とも思わないかな。
「お母さん、帯、おかしくないかな?」
「うん、いいんじゃない?あらー、まだまだイケるじゃないの!可愛いわよぅ」
おだてたって何も出ないよ。
店先に出ると、母はわたしの指示通り、既に閉店の準備をしていた。
そのさ中に駆け込みでブレスレットを買って下さるお客様もいる。
わたしは慌てて接客をしながら袖が邪魔な事に気付いて襷をかけた。
「ここはいいから、あんたはお隣に行ってらっしゃい」
「そう?じゃあ、後はよろしくね。入り口の戸締りだけしてくれればいいから」
「分かったわ。そうだ、こっちが片付いたらお母さんもそっちに合流させてもらおうかな」
「ふたりとも行ったりしたら迷惑じゃない?」
「失礼な。ちゃんと働くわよ!」
そんなやり取りをして、ドキドキしながらお隣へ。
「あの、母がお店の方、閉めてくれるそうなので、お手伝いに来ました。あまりお役に立てないかもしれませんけど、よろしくお願いします」
おずおずと伺うと、澄さんが目を輝かせてわたしの方を見た。
「あら〜、やっぱり璃青ちゃん、浴衣が似合うわね〜。素敵よ〜♪ねぇ、杜さん」
「うんうん、女の子の浴衣はやっぱりいいね。どう?璃青さん、澄も似合ってると思わない?」
「はい!とても素敵です!杜さんともよくお似合いですよ。あっ、小野くんも格好いいです!」
お客様の対応をしながらわたしが朝から時々覗いていたお隣さんメンバーは、間近で見ると改めて素敵だと思った。
こうして三人が揃っていると、なんというか迫力がある。 これでここにユキくんがいたなら、更に迫力は増すだろう。
小野くんにだけは取って付けたような言い方になってしまったから微妙な笑顔を返されちゃったけど、ちゃんと似合っているし、本当に格好いい。
澄さんのセンスだもの、当たり前といえば当たり前よね。
さて、こちらでも頑張って売り子さんしますか。
お手伝いを始めて少しした頃、澄さん情報によるとこれから中央広場で抽選会が始まるということで、広場の方向が、にわかに騒がしくなっていた。
こちらからはよく見えないけれど、かなりの人だかりと大音量の歓声。抽選会のイベントがいよいよ始まるのかもしれない。
けれどそれにしては人だかりはどんどん大きくなっていく。何かがおかしい。
あの中心に誰がいるんだろう。何か危険な予感がする。
すると、携帯を手にした小野くんがその画面を凝視して、
「ーーーーユキさんが大変みたいなので、ちょっと行って来ます!!」
言うが早いか、人だかりに向かって駆け出した。 彼の身に、何が起こっているの?
ハラハラと行方を見守っていると、人の輪から小野くんの大声と共にゆっくりと浴衣のはだけたキーボくん、そしてその手を引いた小野くんが現れた。
どうやら小野くんはキーボくんをこちらに向かって誘導しているようだけれど、中のユキくんは無事なんだよね?
近付いてくるにつれ、そのあられもない姿に絶句した。キーボくんに着せられた浴衣の着崩れがひどすぎる。きっとあの人だかりの中で、もみくちゃにされたんだろう。
「まあ、一号ちゃん、あられもない恰好になって」
とは、澄さん。
「ユキくん 大丈夫?すごい事になってるよ……」
「旅館に泊まった寝相の悪い奴みたいですユキさん」
わたしが言えば、その後すぐに小野くんが続いた。
笑っては悪いと思いつつ、その姿と小野くんのコメントがツボにはまり、わたしはガマンできずに、ぷっと吹き出してしまった。
中の様子はわからないけれどユキくんは、相当恥ずかしい思いをしているはず。
なのに……。
途方に暮れて立ち尽くすキーボくん……。
ダメだ。おかしすぎる。ユキくんごめん。
ひとしきり笑ったあと、澄さんがキーボくんの着崩れた浴衣を綺麗に整えてあげていた。
元通りに浴衣を着せられたユキくん、もといキーボくんは再び広場に戻るべく、くるりと身体の向きを変える。
大丈夫かな。
そう思っていたら、何かをつたえたかったのか再度彼が振り向いたタイミングで、杜さんがとんでもないことを言い出した。
「璃青さん、アテンダーお願いできないかな?キーボくん、このままだとまたもみくちゃにされるから」
キーボくんの中からは『え?』という声が。
「小野くんさっき、ちょっと口調とかキツかったから。そういう時には女性が優しく言った方が良いのかなと」
「すいません。でも、もう好き勝手されていたんで……」
小野くんが硬い表情で謝っていたけれど、小野くんは悪くないよ。むしろここまでよく頑張って連れてきてくれたよ。
するとそれまで黙っていたキーボくんがおもむろに小野くんの手を取った。
「謝らないでよ!小野くんが来てくれて本当助かったから。本当にありがとう!」
うん、その通りだよ。
心の中で小野くんに拍手を送っていると、黙っていられなかったのだろう母がいつの間にか話の輪に加わり、小野くんが何かを言いかけて口を開いた途端、突然わたしに向かって言い放った。
「璃青!今度はあんたがキーボくんを守る番よ!この商店街で散々皆さんにお世話になってるんだから、今こそ恩を返すチャンスじゃない!」
何言っちゃってるの、このオバさんは。……あぁ、頭が痛い。
ユキくんの意見も知りたくて喋るはずのないキーボくんの方を見ると、その中で何を考えているのかは全くわからないけれど、どうやら彼の方もじっとわたしの動向を伺っているようだ。
わたしは諦めたようにキーボくんに笑いかけた。
「もう、お母さんたら……。分かったわ。それじゃ、ユ、……キーボくん、行きましょう。逆にわたしじゃ心配かもしれないけど……」
そう言いながら、キーボくんの手を引いた。
アテンダーなんて上手く出来る自信はないけど、もう、なるようになれ、だわ。
「ごめんね~、キーボくんこれからお仕事なんだ〜。そこちょっと通してくれるかな〜?」
恥ずかしがってなんていられない。わたしには中央広場のステージまで彼を連れていくという使命があるんだから。
浴衣姿のキーボくんと、襷がけのこれまた浴衣姿の女子。周りから見たらかなりおかしな光景なんだろうけれど。
そうやってなんとか無事にキーボくんを送り届けた後、出番が終わったらまた戻る時にもアテンダーが必要になるかも、と、ステージの前、少し後方に控えて待つことにした。
イベントは順調に進み、途中、コミカルな動きの彼と一度だけ目が合った気がした。
もしかしたら気のせいかもしれないけれど、わたしは彼に向かって胸の高さで小さく手を振って合図した。
『ここに、いるよ。頑張って』
そう心の中で呼びかけながら。
彼の出番が終わり、わたしたちはまた手を繋いでゆっくりと歩き出す。
正体がバレないように、とあらかじめ指示されたルートを二人はただ黙々と歩いた。
小道から裏通りに回り、遠回りして根小山ビルヂングを目指す。
完全に裏通りに入ると、自然に頬が緩んでしまった。だって、彼に頼られているのが、どうしてかな、嬉しいの。
ふいに立ち止まった彼の視線を感じ、わたしもつられて立ち止まる。
だらしなく笑った顔、見られちゃったかしら。
わたしはそれをとっさにごまかそうと、目出し穴に顔を近付けて覗き込んだ。
「キーボくん 、どうかした?もしかして具合悪い?」
他に人影はないけれど、照れ隠しもあるからキーボくん呼びで。すると、
「………璃青さんが、あまりにも綺麗だったので」
素のままの彼がそこにいたなら、きっと真っ赤になっただろう。でもそこにいるのは青いゆるキャラ。
一瞬ときめいてしまったけれど、先ほどの着崩れたキーボくんの姿が思い出され、わたしにまた笑いの神様が降臨した。
「その顔でキザな台詞って!!………くっ、ダメだごめん、腹筋壊れる……っ!あはははははっ」
わたしが笑い転げている間、ぼんやりと佇む姿もおかしくて困ってしまう。
「ありがとう、キーボくん。涙が出るほど嬉しいよ!」
わたしはキーボくんの頭をナデナデしてあげた。
こんなこと、ユキくん本人には絶対にできないけど。
わたしが落ち着いてようやくふたりは歩き出し、根小山ビルヂングの裏口に到着すると、母と杜さんがそこで待ってくれていた。
ユキくんはわたしと母に一礼すると、杜さんに向けて上を指差す。もうお役目は終わったし、自分の居室に戻って着替えてきたいのだろう。
残された三人で表に回り、澄さんたちとも合流したけれど、わたしも汗の匂いが急に気になってしまった。
母にコソコソと耳元で「汗かいちゃったから、もう一度シャワー浴びてくるね!」と言い残し、返事も聞かずにそそくさと自室のお風呂場に直行した。もう髪を乾かす間も惜しい。
こんな事をしたって誰もそんなわたしを待ってなどいない、そう思うのに。
シャワーコロンを付けて、シャワーの間扇風機に当てておいた浴衣を着直し、元通りに髪型を整えてから下に降りる。
お隣に向かうと、同じようにシャワーを浴びて来たのか、ほんのりと石けんに混じってコロンの香りを纏ったユキくんが再び浴衣姿で、わたしよりも先に下りてきていた。
その壮絶ともいえる色気にまたわたしがうっかりときめいてしまったのは、やっぱりこれも内緒のお話。
 




