第17話 頂点を目指して
高校3年間、オレはバレーボールと勉強だけに全精力を注いだ。そして先週、大学受験を終えアルバイトを始めた。牛丼の全国チェーン店だ。
時給1.262円、1日6時間、週4日、1ヶ月で12万以上の金を稼げる。だが俺にはこれといって欲しいものはない。
母はオレが生まれるとすぐ父と離婚し、女手一つでオレを育ててくれた。母の仕事は保険の外交員。家は横浜にあるのだが、お客さんの紹介の紹介などで地方まで車で行き、帰宅が深夜になることも少なくなかった。
オレは母が大好きだ。化粧をしなくてもとても美しく、背も高くスタイルもいい。そして何より料理が最高にうまかった。
オレは心から母に感謝している。
「初めてのお給料は何に使うの?」
ある日バイト先の先輩女子大生に訊かれた。
いや、まだ決めてません。オレはそう答えた。ほんとうに使いみちはなかった。
オレは横浜の国立大に進学するつもりなので、高校を卒業してからも、母と同じ屋根の下で暮らすつもりでいた。
そんなオレの夢はバレーボールの日本代表に選ばれてオリンピックに出場すること。ガールフレンドなんてほしくない。
ある日の夜、オレは母とテレビでロードショウを見ていた。『プリティウーマン』だ。
途中のコマーシャルが流れた時、母が、
「いいなあ」
と呟いたのを聞き逃さなかったし、何のコマーシャルを見ているかも見逃さなかった。
ママ、あれほしいの?
さりげなく訊ねた。
「ほしくなんかないわよ」
と、母は答えたが来月の誕生日、ほんとうは何かプレゼントがほしいと思っているに違いない。オレは直感した。
本来なら父とオレで母の誕生日を盛大に祝ってあげるべきなのだろうが、ウチには父はいない。母は淋しそうだった、ほんとうに……。
ママ、もう1回結婚したら、いいひといないの?」
「いないわよ、そんなひと」
母のそのセリフは真夏の風鈴の音色のように言葉とは裏腹にさわやかに響いた。
その夜、オレは母を抱いた。
母と息子が肉体関係を持つ親近相姦なんて、世間の人に知られたら、白い色もない目で見られ、後ろ指をさされることはわかっていたけど、母を幸せにできるのは自分しかいない。そう思ってオレは母を抱いた。
母が感じたかどうかはわからない。でもオレは快感を得た。
そして、明日は母の誕生日だ。日曜日だった。オレは、友達と遊んでくるといって外出し、横浜駅前のデパートに向かった。もちろん、母と一緒にバレーボールを観戦していた時、母が「いいなあ」といったプレゼントを買いに。
G-SHOCKの9万の腕時計。オレは初めての給料でその時計を買い家路を急いだ。そうして帰宅した時、母は日曜日だというのに秦野まで、知り合いの紹介で保険の契約に出かけていた。オレは母の帰宅を、心待ちに待った。
そうして母が帰宅すると、夕飯に顔なじみの中華料理屋で回鍋肉と炒飯の出前をとった。
出前が届くと、キッチンに設置された小さいテレビを見ながら料理に舌鼓を打った。その時、偶然にもG―SHOCKのコマーシャルが流れた。母は切なげな顔を見せたが、次の瞬間、オレが、はいこれ、といってポケットからきれいにラッピングの施された箱を取り出し、母のほうへ差し出すと、母は、
「え、何これ?」
といって驚愕し、オレが、開けなよ、というと、母は丁寧にリボンとラッピングを剥がし、箱を開けると、
「えっ、うそ」
と歓喜した。母の喜びは頂点に達した。間違いない。
それはもう5年も前の話だ。
昨年、母は左手首にG-SHOCKをつけたまま交通告事故で亡くなってしまった。
オレは親孝行できただろうか。
それがいまだにわからない……。




