第1話 夢をあきらめないで
1993年5月13日、サッカーのプロリーグ、Jリーグが開幕した。
主役はもちろんキングカズ・三浦知良。
ファウルを恐れず得意の跨ぎフェイントで相手ディフェンダーを躱してゴール前へと突破するドリブル、ゴールキーパーの手の届かないコースへの絶妙なシュート。そしてさわやかな笑顔とゴールの喜びを表現する独特のカズダンス。実にカッコイイ。
そんな1993年の春、ぼくは高校3年生で、サッカー部の補欠選手だった。しかしぼくは努力に努力を重ね、高校生活最後の大会である冬の全国高校サッカー選手権大会の県予選の直前でレギュラーポジションを獲得した。もちろんポジションはカズさんと同じフォワード。自主練習で身につけたカズさん張りの跨ぎフェイントと絶妙なシュート。そしてカズさんの真似をしてゴールの喜びを表現。
5歳から始めたサッカー、やっと掴んだレギュラーポジション。
そうして迎えた最後の大会。
県予選の1回戦。キックオフ直後の前半2分、最初のチャンス、ぼくの目の前に転がってきたセカンドボール、ぼくの闘う野獣の眼が捕えたシュートコース。
打て!
心の中でリトルマイセルフが叫んだ。だがぼくは弱気になり2トップのコンビを組むもう一人のフォワードに弱い横パス、彼の放ったシュートは大きくゴールの枠を越えた。
0対5
ぼくたちは大敗を喫した。
もしぼくがあの時、最初のチャンスでシュートを打っていれば、もしかしたらゴールは決まり、貴重な先制点を奪い、そのあとはイタリア代表のカテナチオさながらにゴールを死守し、1対0で初戦を突破し、そのままトーナメントを勝ち上がって県代表に。そして夢の国立競技場へ……。
そんなふうに夢は叶っていたかもしれない。
しかしぼくには信じられない現実がそこにあった。
県予選の初戦で何もできずに敗れ、悔し涙に暮れているのはぼくだけだった。
3年間ともに戦ってきたチームメートは皆、笑っていた。
まだスマートフォンのない時代、みんなインスタントカメラに向かってピースサインを送っていた。
それから暫く、ぼくはサッカーをプレーしなくなった。
部活を終え帰宅してから自宅近くの公園で何度もくり返し練習した跨ぎフェイントからのシュート、あれがすべて無駄だったなんて……。
恋も我慢し、受験も捨て、一途に追いかけたサッカーボール。
でもカズさんは違った。
ドーハの悲劇、ワールドカップ・フランス大会本番直前での代表メンバー落ち。それでもカズさんはあきらめなかった。
あれからもう30年近い歳月が流れた。
カズさんは59歳でJ3(2026年8月現在)の福島ユナイテッドFCでプレーし、最年長試合出場記録の更新中だ。
やっぱりぼくはサッカーが好きだ。そのことに気づいたぼくはインターネットでサッカーのネットサーフィンをして「オーバーフォーティーズ」という40歳以上のサッカーチームのメンバー募集のインスタグラムにヒットした。
ぼくは今48歳。もうKINGKAZUに憧れてサッカーボールを追いかけていたようにはプレーできないだろう。それでもやっぱりサッカーをプレーしたい。
ぼくはサッカーが好きだ、いや愛している。
ぼくは今から、オーバーフォーティーズの主催者・三浦知良さんのスマートフォンに連絡するつもりだ。
ぼくの〝青い春〟は、まだ、終わっていない。




