旅の準備、目標進路
知らない森、知らない土地。それでも風が運んでくる木々の匂いは故郷とそんなに変わらない。
まだ旅立って三日歩いた所だからかな。
海や火山、鉄と油を軸にした都市ならば、全く異なる匂いがするかもしれない。
どれも父母の話に聞いただけ、本でしか見たことがないけれど、いずれ自分の足で行き、自分の目や耳で見て聞いて、そして感じたいものだ。
(良い土だ。動物たちも、伸び伸びと生きている)
適度な魔素。澱みのない木々。平和に歌っている鳥や小動物たち。
もう一つ、伸び伸びと日向を浴びている水溶性の塊。
ぼくはこれから彼らの命を略奪することになる。狩人として。
懺悔は一瞬。日々の糧にならんことを感謝して、袋の口を広げて獲物を覆いかぶせた。
※
しっかりとした柵で囲われた区域の、入り口を通る。
看板に記された名前はトネスク村。
中は長閑だが和気藹々とした雰囲気の人々が、各々の家の畑で仕事に勤しんでいる。
ぼくは真っすぐ目的地に向かった。
村の中央に鎮座する、此処の市役所兼冒険者ギルド。
スイングドアを開閉すれば同時に鳴るチャイムベル。
中は大衆食堂のような空間で、その席の一つで待機していたリブマリアが早速迎えに来てくれた。
「お帰りなさい!カジュモルドさん」
「ああ、ただいま」
「早かったな」
「ノルマを達成したから」
冒険者のファストが驚いていた。彼の予想ではもっと時間がかかるらしかったようだ。
ぼくは受付係が待っているカウンター前に行って、さっきの狩猟で獲たものを提出する。
「……すごい。本当にスライムを生け捕りにしたのか」
「本当に一匹だけでいいんですね?後は野鳥類を三羽、兎を角あるなし問わず五羽揃えてます」
「出かけて一時間も経ってないのに……」
彼が提示した依頼、クエストというのは、正直ぼくからすれば拍子抜けするくらい簡単なものだった。
てっきり野生の狼の群れを討伐してみろとか、春にしか採れない貴重な野草を探してこいとか、冒険者になる、相応の難しいテストかと思った。
「いやいや、いきなりんな無茶なこと指令する訳ないって。ただお前さんは、とっくの昔に、狩人としてやっていけるって実力をこのお使いで示せたって訳だよ」
「スライムを倒さず、生け捕りにするって難しいんですよ。だから特別加点扱いにしてたんです」
ファストや受付係が大袈裟でなく冷静に返答していた。
リブマリアは、スライムを好奇心旺盛な眼差しで眺めていた。指先でツンツンと触れている。
スライム。魔素が濃く留まっている土地なら大体自然発生している無機物質的生物。
大きさは兎などの小動物くらいが平均値。強い酸性の塊だが、機動性がほぼ無いので、単に駆除するだけなら簡単だ。子供でもナイフか同程度の硬さと大きさの枝でも使って適当に刺せば良い。身体の半分くらい切り込めばほぼ必ず核を潰して、次の瞬間崩れ融ける。
スライムの捕縛にはコツがいる。
要点だけ述べれば、直接触らずある程度の酸への耐性がある容器に包めば良い。
ある程度、というのがミソで、長い時間を掛ければ鋼鉄だろうが人体だろうが消火分解するスライムを手早く運べる代物が必要だ。
単なる革袋だとものの数分で溶かされ破られてしまう。そこで一工夫、大量の草と石を詰めた袋に入れる。
兎に角スライムは密着している物を優先して溶解させる。手前にある鉱物類を消化するのにリソースを割って、もっと溶かしやすい包みを後回しにしてしまうのだ。生物の硝石……排泄物でも良い。スライムは天然の浄化剤とも云われ、トイレに住み着いてしまう例も多いのだ。
とまああくまで一例だがこうして、村外からギルドまで運搬することも可能になる、という訳だ。
「正しい知識を持っていることにも驚きました。他の収穫物も含めて、こんなに早く、持ち帰れってこれるなんて」
「……まだ、足りない、でしょうか?」
「充分です。あなたに一日中自由に狩っていいよなんて言ったら、この辺りの野鳥や野兎が全滅しかねません」
「では……」
「はい。合格です。きみの冒険者免許証に狩人の職業資格も記しておきましょう」
出会いから今まで冷淡だった事務員は、ここで賞賛の笑みを浮かべて、ぼくの能力を正式に記録すると述べてくれた。
すると、はしゃいだのはリブマリアだった。万歳をしながら兎みたいに跳ね踊っていた。
「やった!カジュモルドさんが狩人に!やったー!」
「いや、そっちがそんなに喜ぶこと、か?」
「だって嬉しいんですもの!」
「リブマリアにも同じの作られるのに」
「私は、ただの免許証ですから」
冒険者免許証は、最も簡単な身分証明書でもある。
冒険者と大きく括られているだけで、単なる旅人、商人、観光者だって先ずは登録する義務がある。
国や村から一生出ない生活をする人以外なら持ってて損はない。
出来立てほやほやのぼくとリブマリアの真っ白な冒険者免許証。小さな顔写真と本人直筆の名前と生年月日、任意で出身地とファミリーネームまで刻まれる。
その裏面に資格証が記載されてぼくのカードには職業:狩人が事務の活字で記されていた。
このカードをこれからの道の駅宿や町で売買する際に提示するだけで、一々疑われることなく、煩わしさもなく手続きが取れる。
これでぼく達の旅の準備が本当に整ったのだ。
一息を吐く。嘆息にならないよう、深呼吸で。
そんなぼくを見て、先輩の冒険者の一人、シーサーが話しかけた。
彼は暑苦しい雰囲気のファストに比べるとスマートっぽい。ぼくの父をちょっと若々しく茶化した感じかな。
他人の実態なんて、3日で分かる訳がないんだけど。
「目的地は右翅の大陸だよな?」
「ええ、はい。母が、南東へ行けと言ってたので……」
ギルドにもあった世界地図を見やる。
この世界は、細長い妖精が翅を大きく広げたような大地が特徴だ。
異世界のとある生物『蝶』が海という水面で堂々と翅を広げている。と一部の人々から喩えられているそうな。
ぼくが生まれ育ったハーフェン伯爵領は左の翅の上部分にある。そこから南東に進めば……中央大地を通って右の翅の部分に入れそうだ。
「魔族中心の右か……」
「やっぱり、危険なんですか?」
「魔素が濃い所が多いからな。道路に魔獣が出ることだってしょっちゅうだし」
「だけどその分、強力な人材が固まったギルドやコミュニティも多いって聞くぞ。訳ありが集まった隠れ里もあるとか、ないとか」
「甘い夢見させんな。犯罪組織の根城って落ちかもしれないんだし」
ぼくが危惧を尋ねれば、シーサーは簡潔に右翅大陸の説明をしてくれる。
ファストが希望のある話を割ってくれるが、現実的なシーサーの話の方が私的にも頷けた。
リブマリアの前だから躊躇うが……元々強力な人も動物も多い場所で、ゴブリンが生存しているのかも怪しい。
まだゴブリンよりは弱い動物が多い此処、左翅大陸が、現状でゴブリン絶滅運動が活発化しているのもある。
(まさか魔王の膝下に行けってことじゃないだろうけど…………)
言っておくが、この世界の魔王は全人類の代表だ。
世界最強にして、各国の王や皇帝を超える権威的立場にして、治世の象徴。
異世界でよく聞く乱世の諸悪の根源とか、勇者が退治する話とは無縁だぞ、と話して置く。
「とりあえず、この、センタースタンドを目指します」
其処しかないよな。と冒険者二人共頷いていた。
細長い中央部分の最も太く、右と左を繋げる永世中立国センタースタンドは、唯一と言っていい大陸間の、世界最大の関所である。
「移動手段、あくまで歩きのみなら、半年はかかるか?冬になる前に着ければ御の字だが」
馬など運搬に特化した生物牽引による馬車、国同士の線路を奔る機関車、海路を行く船や、空路だって一応ある。
最も速いのは特権階級が利用できる瞬間移動の扉魔法……これが、この世界で提示出来る移動手段。
それらを全て放棄して、徒歩の二人旅をするのがぼくの計画だ。
リブマリアはとっくの昔に了承済みだ。
「……旅宿くらいは利用しろよ。町に長居出来ないのも分かるが、せめて冒険者ギルドは使ってくれ」
「分かりました」
「お前が山や森が得意なのは分る。だがこのアースの各所の森がお前の故郷の森と同じものだと思うなよ。区域が変わるだけで生態も、情勢も丸変わりしている」
「はい。父にも、よく言われてます」
世界は広くて、自分の育った場所と少しでも遠く離れた所に入るだけで常識は瞬く間に変わる。
知らない動物、見たことのないモンスター、山賊などの悪人にだって遭遇する可能性がある。
最低限は自分の身を、そして一人くらいは守り切れるくらいの力を、周りの大人に認められるだけ、宜しいことなんだ。
ぼくの決意を理解してくれたシーサー達は、晩飯になるまで自分達の知り得ることを、役立つ情報を教えてくれたのだった。




