ゴブリンを絶滅せし者・1
カジュモルドとリブマリアがハーフェン伯爵領から無事出立して、数日後のこと。
エルフ集落は天災に見舞われていた。
魔獣ドラゴンが襲来していたのである。
森は竜の息吹によって火の海と化し、彼らの家々は焼かれ、踏み潰され、切り裂かれる。
象の二回り以上ある巨体の怪物は、赤い鱗を煌めかせながら翼を広げ、咆哮していた。
まだ無事な森側から弓矢や投石、風や水の魔法などが跳んできたが、どれもほぼ意味を成してなかった。
「酷いことになったな」
「けど、みんなの避難は出来たわ」
「それはお前の占いのおかげだろう」
彼らはふとした時に、前触れもなく現れる災害のようなものだ。
普段は天空を悠久的に舞い泳ぐが、多くの餌になる集落を見つければ降下して。
或いは、地中で化石のように眠りについたものが、何の拍子もなく孵化したかのように目覚めて。
ただ平穏に生きたい人々に、無慈悲な混沌と試練を齎す。
カジュモルドの母ジスレリアは日頃の占いから、この微かな前触れを察知して村長の家にほぼ飛び込むように避難勧告を奨める。
普段は遠ざられてはいるが、占い師としての技量は確かな、特にここぞとばかりに未来予知に等しい力を発揮する彼女の火急の知らせを、村長はハーフェン伯爵領主との連絡と同時にコミュニティ全体へ避難放送し、警備隊を動かすことで応えた。
もし聞き受けなかったら、あと数時間遅れてしまったら、彼らの多くがこの惨事の最中に居ただろう。
「っ!おいっ!前に出るな!!囮に徹しろ!!」
熟練のレンジャーであったカジュモルドの父ヴァルツーフートは警備隊員に喝を飛ばす。
彼らは普段はそれなりの訓練をしているが、対モンスターはゴブリンすらほぼ相手にしたこともない素人。
しかし動物や猛獣と並べるモンスターなら、狩り方が熟知していれば対処できるものであり、魔獣は違う。彼らは災害が具現化したもの。一介の狩人や兵士が、正面から相手を務めて宜しい存在ではないのだ。
「あなた!」
妻の叫びは無謀への制止だったか、だがレンジャーとして窮地の人は無視出来なかった。それが普段、自分達を疎んでいる村人であっても。
ヴァルツーフートはドラゴンの視界に入ってしまった警備隊を庇う為、その顎を狙い撃つ。
常に半開きの口中なら、矢が刺さるだろうという考えは正しかったが、まだ鋭利さが足りなかった。
そして、タイミングも悪かった。次のブレスの準備段階が終わった所だった。
ドラゴンは、灼熱地獄を生む息吹を、哀れな犠牲者に浴びさせる――――筈だった。
「ウンディーネ」
水が、現れた。この場に居た彼らを包み込むように、ドラゴンのブレスへのバリアとなった。
「意思なき火は我が配下に。サラマンダー」
森を食らう火の海が消えた。いいや、ある一点に寄せ集められる。
「土塊は鎖と化す。ノーム。翼を奪え。シルフ」
魔獣の巨体が突然現れた土壁によって足を取られ、更に翼を強烈な疾風で切り裂かれていく。
「下れ、火竜。――――レイ、タナトス、オーディン」
その直後に、光の粒子がドラゴン自身が弾けたように爆発した。だが一部しか見えなかった。直視した者の目が失明しないよう、暗闇の靄が光の上にかかっていた。そして、まるで雷が落ちたかのような、目に捉えることが出来ない一撃が、天災に等しき魔獣ドラゴンの命を絶った。
「返す」
集められていた火球が、既に屍と化した魔獣に捧げられる。まるで自分で蒔いた種で、火葬の原材料にしてやるような。
ここまでほぼ、一瞬に等しき出来事だった。
エルフ達は驚嘆を上げる隙すら無かった。今ようやっと、この魔法のオーケストラを演じた者を、視界に捉える。
「あなたが…………あなた一人が、やったの…………?」
魔法には太陽と月と大気の三元色を主軸にした火、水、風、土、光、闇、この6つが基本とされる。
主題は各属性の扱いについてだ。大抵の魔法使いはどれかに特化した魔法を扱う。
水の派生の氷、風と光の派生の雷などの多彩さもあるが、自然に沿った全ての魔法を遜色なく扱える才能こそ稀である。
エルフでも、サキュバスなどの魔族でも、何かしらの属性に偏ってしまうのが常識。
もし、6つの属性魔法或いは魔術を扱えれば、それだけで伝説に値する魔法使いだ。
ましてや7つも…………これらをたった一人の仕業だとすれば……。
「人間……なのか……?」
そこに居たのは、人間の少女だった。
焼けた草のような色の髪、白く病的にも見える肌。色の薄いワンピースに似た色彩のローブ、そして長尺の木杖という、ある意味一般的な魔法使いの装い。
エルフから見ても、明らかに幼くて、まだ赤子のような娘だった。
しかしその眼光は老熟した魔術師のものであった。
あるいは地獄に常に居るかのような修羅のようでもあった。
ヴァルツーモートは冷や汗を流していることを自覚しながら、わざと咳払いをしてから、彼女に最敬意の礼儀をする。
「感謝します。あなたのおかげで、この村は救われました」
「偶然が重なっただけです。私の目的であるゴブリンが居ないようですね。……まあ、あんな大物が出ればすぐに身を隠すのが奴ららしいが」
ゴブリン?
気のせいか、この単語を口にしてからの彼女から悪寒を感じた。まるで殺気を向けられたような。
「……失礼。私事です。ではこれにて」
「待って下さい、貴女は高名な魔法使いであると伺います。私はヴァルツーフート。こちらは妻のジスレリア。是非、そちらのお名前を」
二回目の最敬礼の紳士と淑女を目に入れれは、足早く立ち去ろうとした魔法使いの娘は、向き直る。
「イアリス。ゴブリンを絶滅せし者」
その名と、続く称号に、悪寒の正体を確信した。
ああ、ゴブリンをこの世界から一匹残らず駆除すると最初に豪語した、その張本人が、来てしまった。
リブマリアが、我が息子カジュモルドと旅立ったのは、正解だったのだ。




