表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この街は今日も語る  作者: 紫芋
夏休みシリーズ 富宮奏海は罪を語る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/61

初対面

ちゃんと話を進めるには気持ちの準備が必要で、その為の話。


 僕達五人は藍莉の話を静かに聞き終え、そして閉幕と共に互いに視線を送った。


 分かった事と言えば、『富宮奏海』は『幽霊』ではなく、やはり『現象』による影響で僕達の目の前に居るのだという事のみ。


 何かしらの言葉を放つべきだったのかもしれない⋯⋯。


 けれど、そんな事をしようにも、慰めの言葉なんて思い浮かばないし、かと言って武島と富宮の事を「仕方ない奴らだなぁ」と甘い裁定も出来なかった。


 藍莉の方へと視線を送ると、彼女はやはりと言うべきか、何かに思い詰めてる雰囲気を漂わせている。


 けれど、そんな彼女に対してにですら、声の掛け方を忘れてしまうほど、濃い時間だったのだ。


「取り敢えず、どうして『富宮奏海』が『見える人』と『見えない人』で別れたのか、それを探らないとよね⋯⋯」


「事故の時の事、思い出せたら、言って、ね?」


「⋯⋯はい」


「ちょっと、待ってください」


 待ったを掛けたのは意外にも舞喜だった。


 険しい表情をして、富宮へ向いた舞喜は正座の姿勢を崩して立ち上がり、富宮の元へ近付いて行く。


 そんな舞喜に多分だけど、僕以外は皆驚いていたと思う。


 普段、舞喜が本気で怒る事は滅多にない。


 僕も数えられる程度でしか知らず、最近ならば去年の春なのだろう。


 富宮の前に立ち、睨む。睨んで──瞬間、グーで殴った。


「⋯⋯⋯⋯え?パーじゃないの?」


 僕は思わず口にしてしまう。


「いや、そこじゃないでしょう」


 トッキー、突っ込む相手間違ってるから、お前もそこじゃない。


「ちょっと、舞喜ちゃん!」


 藍莉が急ぎ舞喜を制止する為、傍に寄り、腕を掴む。


 平然と見ている笠辺先輩は手出しも口出しもしないという意思表示、口をポカンと空けて見ている蒼太は慕っている舞喜が女性を殴ったというショッキングな光景に呆然としているのだろう。


 そして、舞喜は震えていた⋯⋯。


 何がそこまで駆り立てたのか、何を憤慨していたのか、そこは僕にも分からない。


 けれど、藍莉に抑えられた手は拳から抜け出せず、もう一発行ってしまいそうだった。


 富宮は殴られた頬を擦るものの、何かしらの言葉もなく、激怒して反撃に転じる素振りもなく、座り込んで、俯くだけ。


 荒くなった息が吸われて、ゆっくりと吐いた舞喜。


 近くに居る藍莉の手を振り払うような素振りで抜け出すと、目元を腕で拭っていた。


「⋯⋯なんで、なんで、かなちゃんはお兄ちゃんと藍莉の仲を裂こうとしたの?何かの嫌がらせ?」


「⋯⋯⋯⋯ごめんなさい」


「理由を聞いてるの!」


 藍莉には富宮の姿は視認出来ない。


 しかし、舞喜の動作で何をしたのか、何となくの察しが付いているからこそ、遠ざけようと自らが壁となっている現状、藍莉にも舞喜にも手を貸す者は居ない。


 どちらが悪いか、どちらが正しいかの判断が付かなかったのだ。


 富宮の味方でありたい気持ちと珍しく憤慨する舞喜から繰り出される言葉がどう影響するのか、確かめたい気持ちもあり、トッキー辺りは特に顕著にその傾向が出ており、一切動く気配はなく、堂々と正座しながら、ひたすら聞き耳を立てている。


 笠辺先輩は不介入を貫いたのだろう。


 武力行使ならばトップに踊り出れるというのもあるが、喋り出そうにもそもそもロクに知らない二人の討論⋯⋯参加したいかと問われれば、まぁ、そういう事だ。


「舞喜ちゃん、止めて。良いのよ、大丈夫だから」


 優しく諭すような口振りが鼻についたのだろう。


 舞喜は睨み付けるように藍莉を見て、グイグイと一歩、二歩と前へ進行。


 気圧される藍莉は後退りするのみ。


「何が大丈夫なんですか?藍莉さんも愛衣さんです!友達だったら、こんなの間違ってる!ってハッキリ言わなきゃいけないんですよ?!」


「⋯⋯それは、うん」


「聞いてて悲しかったし、辛かったんだって言うのは伝わりました。でも、アタシは藍莉さんが悪い事したって思えません。今の話聞いてて、そんな要素何処にあったんですか?」


 根が優しいがこそなのだろうか、藍莉に対しての説教も要約すれば「お前は悪くないから、ビシッとしてろ」という事である。


 これには僕も賛成だし、少し自分を追い込み過ぎていると、語ってくれていた時には思った。


 けれど、それを口にする雰囲気は何処かに消えてしまっていて⋯⋯。


 だからこそ舞喜、よくやった!と僕は密かにサムズアップしてみせる。


「だから、ずっと傍に居た颯悟としっかり⋯⋯話を⋯⋯しておけばって、いう事で」


「本当にそう思ってますか?」


「⋯⋯えぇ」


 僅かな沈黙、そして肯定の意味を持つ短い言葉。


 顰め面で俯いたのは藍莉ではなく、舞喜であった。


「⋯⋯っ!アタシ、正直⋯⋯今ので藍莉さんの事、嫌いになりました」


 驚いた表情で舞喜を見つめる藍莉だったが、すぐに視線が逸れた。


 自分なりにその言葉の重みを感じ、何よりも発した本人が苦しそうなのだから、視線だって逸れてしまうのも致し方ない。


 論理的云々よりも、感情的に説得する側の舞喜は恐らく藍莉にとっての天敵に近いのだろう。


 歳下で慕ってくれている事や、僕の妹である事も加味して、その比率は増すばかり。


 更にはド直球でものを言うから、尚の事、ダメージがあからさまな事も相まってか、藍莉の表情は暗いものへ落ちていく。


「悪くもない事を悪いんだって言い張る人の何が良いんですか?藍莉さん、何も悪くない!颯悟って人が勝手に暴走しただけで、何も悪くない!」


 僕達の代わりに代弁でもしてくれるように口が達者に動いていく舞喜はこの場限りの勇者と同等の扱いだ。


 僕は話し掛けられない村人その一を所望しているから、二人の間に割って入る事はしなかったし、したくないとも思った。


「かなちゃんだって、お兄ちゃんに気付いて欲しかったとか、思い出して貰いたかったとか、そんな理由でお兄ちゃんと別れさせようとしてたんですよ?無遠慮に、馬鹿みたいな子供みたいに。それに対して、お兄ちゃんも常盤さんも笠辺さんもどうして何も言わないんですか?!叱ってあげなきゃ、分からない事あるんですよ!?」


 僕は僅かな違和感を抱いた⋯⋯。


 その正体は未だ影の中にいるけれど、どうしてか、舞喜のこの言葉には小さな棘で心を刺されたような、そんな感覚が芽生えていく。


「僕が叱っても仕方ないだろ」


 遂に口を開いてしまった。喋れない村人その一の時間は終わりを迎える。


 僕達三人に討論で勝負しようなんて、甘いんだよ!


「そもそも、僕は富宮の事を忘れてた側の人間だ。切っ掛けであって、何か言える事なんてないんだよ」


 僕は昨日の夜頃まで本当に富宮奏海が昔遊んでいた友人だった事を失念していた側であり、富宮が武島と結託して何かしらの事をしようとしていたのも、それが始まりだと、すぐ察せられる。


 早い話、諸悪の根源と言っても良い。


 そんな奴に説教されても、お前が言うな案件という奴だろう⋯⋯けれど、舞喜からすれば違うようだ。


「でも、お兄ちゃんがかなちゃんと仲直りしたの、かなちゃんが事故に遭った後だよね?てことは、初めからちゃんと話し合ってたら、そもそも今回の事みたいにならなかったんじゃないの?!」


 その通りだ。勝手に決め付けて、そういう人間だとカテゴリーの中に押し留めて、封殺して、見ようともしなかったのは僕の方だ。


 思い出す云々は置いておいても、話ぐらいはしっかりとしてやるべきだったのかもしれない。


 けれど、既に後の祭りである事は言うまでもないのだ。


「でも、アタシはお兄ちゃんが悪いって、思わない!」


「⋯⋯え?」


「だって、結局、悪いのはかなちゃんじゃん!思い出してる側の人が覚えてない人に『思い出せ〜、思い出せ〜』って、言ってくるんだよ?内容は全く言わないでさ!そんなの卑怯じゃん!横暴じゃん!言葉の暴力だよ」


 やたらと語気が強くなっていく舞喜に気圧されたのは富宮だった。


 自覚はあったのだろう。卑怯で横暴で、暴力なのだという自覚が⋯⋯。


 彼女の口癖は決まって「死ね」か「煩い」の二択だった。


 最近は⋯⋯聞かなくなった。


「だからアタシは、かなちゃんが悪いって思う」


 皆が富宮を見つめる。僕はそれが悪いと思ってしまい、舞喜を身代わりのように見ると、険しい表情とは裏腹に、真摯な眼差しがそこにはあった。


 それを見上げる富宮は息を呑んで、瞼を閉じる。


「そう、だね⋯⋯⋯。私、確かに、ぼかした事ばっか言ってて、自分から気付いて貰いたくて、あんな態度取ってたんだし⋯⋯。私が悪い、ね」


「ちゃんと、謝れる?お兄ちゃんに⋯⋯」


「うん、大丈夫。ちゃんと出来るよ。きーちゃん」


 懐かしい呼び名を使った富宮に目を見開いた舞喜は嬉しいそうに「うん!」とだけ言い晴れやかな笑顔を浮かべた。


 そして、一通り済ませたかのようにスンッとなり、藍莉の方へと目を向ける。


「藍莉さんは⋯⋯まだ自分を責めてるんですか?」


「⋯⋯⋯⋯っ」


 舞喜には悪いとは思うが、舞喜は一つ勘違いしている。


 そう思った僕は妹の頑張りを横取るように声を掛けた。


「なぁ、藍莉」


「お前が本当に富宮に起きた事を自分のせいにしてる理由、当てようか?」


 驚いたのは舞喜の方であり、藍莉は悟ったかのような表情に変わっていく。


 トッキー、先輩も気付いているだろうし、話の中にもあった。


 恐らく、あれは本心で、自分でも気付かない内に発したSOS信号のようなものと僕は受け取っている。


「え?本当の理由?何かあるの?」


「なんで気付かないんだよ、舞喜。ちゃんと言ってたろ?」


「常盤さん、言ってました?」


「言ってたわよ」


 あっさりと言い切ったトッキー。


 続けて先輩の方へ視線を向けて察しているのかを確認するも、頷く先輩に舞喜はキョロキョロとし出す。


(富宮も気付いてないし、最悪蒼太が居るから独りぼっちではないっつの)


 お仲間求めて視線が通う中、僕は藍莉の方へと近寄る。


 隣に座り、少し呼吸を整えてみせた。


 なんて事はない。多分、今回の言い合いは僕が必ず勝てるんだから。


「お前、武島が富宮を突き飛ばしたって思ってるんだろ?」


「⋯⋯えぇ」


「でも、必死に違うってアイツが言ってきて、助けてやるってお前は言った。そんな中途半端さが日頃から出てたかもって思ってたんだろ?だから、自分を責めてる。違うか?」


 軽井から聞いた話があった。


 名無しこと未来のトッキーが『常盤美羽消失事件』の際に藍莉と口論した時の事を話してくれたのだが、少し面白い事を口にしていたのだ。


 どうやらあの日の森林の中で名無しは藍莉に対して『重症』と口にしたらしい。


 けれど、僕はそれを()()()()()


 何故ならば、彼女は誰に対しても博愛であろうとするからだ。


 決して均等や平等という話ではない。


 つまるところ、誰に対しても最適解を求めるのだ。


 富宮、牧原、武島、紫島、この四人は藍莉を中心に動いている節がある。


 幸坂は別枠だと感じた⋯⋯。アイツは真のコミュ力お化けであり、藍莉と似てるようで違う。


 藍莉が教導者や天から降りてる女神と例えてしまえば、幸坂は戦場で知らぬ間に隣に居てくれる気遣いのプロフェッショナルのようなもの。


 しかし、藍莉は現実として教導者な訳でも女神な訳でもなく普通の人であり、キャパ的な意味でも限界がある。


 そして、それは如実に現れて、実際に仕草、言動、態度や行動に出た。


 それを分かっていながら妥協しようとせず、寄り添い中心に立ち、最適解を得ようとする。


 けれど、問題は『誰にでも』という点にある。


 恐らく、名無しはそこを皮肉混じりに『重症』と罵ったのだろう。


 実際、僕の場合の最適解は『一緒に落ちる』であり、聡い彼女は過去に僕には何かがあったと察している。


 そこから導き出した答えなのだろうが、それを一蹴したのが名無しなのだ。


 事実として、僕が一服盛ったのは本当に想定外らしく、最適解にも綻びがあるのがよく分かる。


 出来ない事を無理してやろうとしたツケのようなもの。


「藍莉⋯⋯」


 富宮が心配そうに呟いた彼女の名前。


 ふと、富宮が僕を見た。僕はそれに対して少し微笑んでみせる。


 今回の事はきっと誰かが悪いとかでもない気がするのだ。


 武島の件だって【中に居るアレ】が影響しているのは僕も知っている。


 燃え滾る熱を持つ『現象』⋯⋯燃焼の限りに心に巣食う異物。


【心火】──そう呼ばれる『現象』であり、武島に憑いている『現象』の名。


 心的原動力を用いて身体能力を上げたり、感情の起伏が激しくなったりする『現象』だ。


 だが、最大の問題点として一つ挙げるならば、憑いた者が最も忌み嫌う物を燃やす習性が備わるというもの。


 場所を知っていなければならないという条件こそ付くが、それでも『常盤家』を燃やしたのは間違いなく武島であり、舞喜に憑いた【当て馬】と同じく、本人の意識があり、何故こんな事をしたのか?と最後には自暴自棄にさせてくる厄介な部類。


 僕が武島を嫌う理由、それは──そんな火事を起こした事を自ら風化させようとする逃げから来ている。


 罪を償えと言うのは簡単だろう。けれど引火させる類の物も持たずに発火させたという離れ業を警察がどう立証してくれるのか、という話だ。


 迷宮入りしたその火災事件。犯人むとうはまた愚行を犯してしまったのだと、溜め息も付きたくなる。


 僕は藍莉へ視線を向けて口を開く。


「僕は日頃から見てきてる訳じゃないし、昼食とかは違う所で食べてるし、授業中は別の班になる事が多くて、あんまり詳しくないけど⋯⋯言う。────お前だけが悪い訳じゃない」


「でも!」


「そもそも、人の事をなんでも知れるって考え方が烏滸がましいんだよ。武島にだって隠してた気持ちがあって、富宮にもある。僕にもだってある。舞喜にも先輩にもトッキーにも⋯⋯藍莉にだってそうだ」


 皆、理想の自分があって、嫌な自分がいる。


 人が人を理解するっていうのは、口にする程、簡単な訳がない。


 隠しておきたい物事や思想や夢だってあるし、言いたい事を言い出せない人も多く居て、それらを纏めて最適解を叩き出そうなんて出来る訳がないんだ。


 転生しようとチート持ちであろうと、万能者であろうと最強であろうと無敵であろうとも、それは変わらない。


 友達なんて特にそうだ。


 偏屈な考え方で言ってしまえば、友達なんて自分にとって都合の良い関係が最適解なんだと思う。


 遊びたい、楽しみたい、暇は嫌だ、とそんな自分本位な考え方に対して同じような考え方を持った者と同調して出来上がっていく関係性、それが友達だと僕は思う。


 都合の良い関係、割り切りが心地良い関係、自分の意思が通りやすい関係。


 それが友達であり、根本的な基準だと思う。


 そこから譲歩を覚えたり、それが心地良いと感じられれば御の字だろうし、嫌な事も一緒にこなして「なんやかんやで楽しかった」と口に出来れば満点だ。


 結局、友達なんて自分の勝手に決めて作って、勝手に切り捨てたり格上したり出来る都合の良い関係であり、存在を見つける為のワードでしかない。


 だからこそ、僕にとって友達なんてものは、全て知らなくても良い関係だと思う。


 知れば傷付くかもしれないし、あやふやになる。


 友達の数が多ければ、その分誰かが勝手にその役を引き取ってくれるし、勝手に傷付いてくれるのだから。


「友達だから、絶対なんでも知ってる関係なんて、それこそ嘘だ。知らない事を知らないままでも良しと出来るのも友人だって、僕は思う。だから、中途半端で良いって思うんだよ。その中途半端は誰にとっての役割で、牧原や富宮、紫島や幸坂がカバーするだろ。そんなもんなんだって、きっと」


 僕にもその経験がある──。


 自分の至らない所を補ってくれる良い奴、嶺二が居た。


 田科も一時的な期間ではあったけど、優しくて、言動や顔は怖いけど、真に良い奴ってのはあぁいう奴らだって思う。


 なんでもかんでも許容しないで間を取り持って、敢えて少しだけ前を歩かせる。


 右を見ないなら右を見てやって、左から障害が来るのならば共に払い除けて⋯⋯。


 僕が最も心地の良いと感じた最高の時間。


 最高のひとときであり、二度と来ない夏。


 分かっている⋯⋯過ぎてしまった夏は帰ってこないし、嶺二も田科も六華だって、皆そう。


 いずれは別れて別の道を行って、友人ではなくなってしまうかもしれない。


 けれど藍莉なら、僕がもう諦めてしまった幻想ゆめを一秒でも長く、濃密なまま楽しく生きていけるかもしれない、そう考えると⋯⋯僕は藍莉達いつものメンバーに少し妬いていたのかも。


 輪に入りたいのではなく、見ていたい側であり、何時までも観客席からの応援で良い。


 大事なのは、舞台で仲良くワイワイとしている彼等彼女等の平穏で賑やかな日常が何時までも続くのかという緊張感のみ。


 続いて欲しかった。


 一人は能天気でお転婆を気取った『龍』で、一人は嫌な奴で放火野郎で、一人は暴言垂らしの贔屓っ娘、一人は勉学が出来て博識な奴に、いい加減そうな長身野郎、そして中途半端な博愛娘。


 歪な関係の出来上がりに僕は歓喜しよう。


 狂喜乱舞に拍手喝采、喜色満面に永寿嘉福を祈るのみ。


 そんな事、ある筈がないのに⋯⋯。


「だから、藍莉。お前はもっと駄目になっていいんだと思う。なんでも出来るなんて、本気で思ってないんだろうし、無理して敷居を高くするぐらいなら、僕が叩き落とす」


「良いの?⋯⋯⋯⋯私、もっと頑張らなくて?」


「構わない。面倒臭いと感じたから、武島の事を放置してたんだろ?だったら牧原辺りに投げちまえ。そのぐらいで良い。綺麗に纏め過ぎると、逆に気持ち悪いまであるしな」


「何それ⋯⋯⋯⋯。うん、分かった。そうして、みる」


 何故、彼女がこうなったか⋯⋯。


 恐らく、家庭不和の影響だろう。


 十歳ぐらいから誕生日を祝われなくなった悲しい女の子。


 姉としての立ち振る舞いや私生活が気付かぬ内に藍莉をそう変えたんだ。


 親に叱られたくない、殴られたくない、暴言は心に響く、だから見る事にして、観察して、ラインを見極める術を得て、友人関係の構築にも活かしている。


 酷い応用方だ⋯⋯。もっと健全な理由で得て欲しかったと願っても遅いだろうが、そうであって欲しかった。


 何処か歪な僕らは、無尽蔵かつ無秩序の何処かにある正解を常に模索している。


 そう、何時も⋯⋯⋯。


「駄目になったら駄目だよ⋯⋯。お兄ちゃん、なに言ってるの?」


 酷く怯えた声が前方から聞こえた。


「舞喜?」


 信じられない、そんな顔をしていて軽蔑にも似ていたその表情は僕の視界に入る。


 不覚にも、母親が向けるものと似ていた⋯⋯。


「お母さん言ってたじゃん!駄目な子はいい子を駄目にしてくって!藍莉さんをそっちに落とすの?よりにもよってお兄ちゃんがッ!?」


 母親の言葉を想起させてしまった。そう後悔した時には既に舞喜の表情は酷く歪んで辛く、険しいものへと変わっている。


「舞喜!お前は勘違いしてる。本当にいい子ってのは、駄目な子に流されないし、抑制出来るって事だ。藍莉が本当に駄目な子なら、僕達はなんになる?」


 少なくても、母親から言われた事が必ずしも正しいと、僕はそう感じなかった。


 だからこそ、言える。駄目な子は潜在的に駄目な子としかつるまない。


 それぞれのグループがあって、カテゴリーがあって、それぞれで同調し合う。


 それに、僕は──駄目じゃない子なんて居ないと、そう思っている。


 皆が、何かしらの欠点があって、不完全さや曖昧さや不合理さを抱えて生きていると感じた。


 そこら辺のバランスを補い合うのも、また交友関係と呼ぶものだろう。


 けれど、忘れていたのだ。──舞喜にはそういった友人が居ないという事を⋯⋯。


「お兄ちゃんには分からないんだよ!」


「え?」


 どういう事か、僕には理解が及ばなかった。


 分からないの意味が分からない。


 何か大事な事が抜けている──そう感じた時には舞喜は口にしていた。


「アタシはお兄ちゃんみたいにいい子じゃないから、だから⋯⋯分からないんだよ!お兄ちゃんには!駄目な子の気持ちなんて!」


「待て、何言ってる?僕がいい子?お前が駄目な子?そんなの誰が言ったんだ?」


 そもそもの話、僕の私生活や判断基準を加味しても、いい子ちゃん判定なんてある筈がない。


 誰だ、そんな盲目な瞳で決めた大馬鹿野郎は!


「お母さんとお父さんに決まってるじゃん!」


「⋯⋯⋯⋯⋯は?」


 母親はまだ分かる、そういう事を言う人だと見てきたから。


 けれど、よりにもよって家庭事情に対して不介入を貫き通して来ていた父親も口を走らせたのか?


 完全に斜め上であった。候補にすら上がっていなかった人物の顔が思い出されて、ドス黒いものを感じる。


 これはきっと、殺意なんだろう。


 あのジジイ、余計な時に要らない事だけをする。


「今日、学校に行こうとしただけで身体が震えたの。普通ないでしょ?そんな事!?蒼くんが居たから何とかなったけど、でも学校に入ったら⋯⋯もう、駄目で⋯⋯⋯⋯」


 僕は藍莉を見る。その時、現場に居たのは藍莉だ。


 けれど、事実であるように申し訳なさそうな態度を浮かべて口にする。


「本当よ。ごめんなさい、言ってなかったわね。まだ」


「アタシ、駄目だから。同じになって欲しくないのに。なんで藍莉さんまで、お、同じ所に行かせようとするの?お兄ちゃん、何時からそんな酷い人になったの!」


「待て待て。話がおかしい。僕は何も学校に行けないから駄目なんて言ってない!お前だって、学校に行きたいから頑張るんだろ?」


 言い出しっぺは紛れもない舞喜からだ。


 僕は高校ぐらいは行っとけと口にはしたが、中学に関しては口にすらしていない。


 自ら発破をかけるような物言いで奮起しようとしていた舞喜の顔は今でもよく思いだせる。


 けれど、そんな事も忘れてしまったのだろうか、舞喜は部屋に響く程に大声で叫んだ。


「それが、その前提がおかしんだって!」


 ヤケになったのか、それとも自暴自棄になっていっているのか、いずれにしても感情的になりつつある舞喜は涙ながらに口にした。


「お兄ちゃん、学校に行く時に、学校に行くのを頑張るの?違うでしょ!勉強とか相談とか友達関係とかを頑張るんでしょ?!学校行くだけに努力する人が普通な訳ないじゃん!」


 確かに『普通』という基準はマチマチではあるものの、一般的には学校に通う事を苦とは感じない。


 様々な理由で登校拒否をする者も居るこの世の中で、舞喜は特殊な部類である事は間違いなく、相談相手なんて、それこそ朝倉さん辺りがベストだったのだろう。


 自ら率先して促すように思考を持っていかせて、アドバイスも程々に自立を促していくあのスタイルは、僕には出来ない。


 けれど、学校に通いたくない、行きたくないと感じた時は僕にだってある。


 あるんだよ⋯⋯。


「舞喜⋯⋯あのな。僕だって──」


「いいよ!もう!!優しくしないで!駄目な子なんかに構わないで!」


 捨て台詞を吐いて、リビングを抜けて、玄関先へと駆け出した舞喜の背中を見つめるだけの僕。


 声すら掛ける事もなく、玄関の開閉音だけが耳を劈いた。


「⋯⋯あ」


 完全に言葉が飛んでいき、思考が真っ白になっていく。


 根底にある母親と父親の言葉を覆す術を僕は知らない。


 言いかけた内容を話す?それで伝わらなかったらどうすればいい?


 もし、何も変わらなくて自暴自棄に走ってしまったらどうすれば良いのか、僕には全然、全く、これっぽちも思い浮かばなかった。


「何やってるのよ。追い掛けなさいよ!」


「トッキー。でも、なんて言えば良いんだ。何が正解だ?」


「私が知る訳ないじゃない!ただ、こういう時に一人にすんなって言ってるのよ」


 投げやりになりつつある僕へ叱責。


 先輩を見ると彼女はゆっくりと頷いた。


「行って。私達で、今後の話をしておく、から」


「⋯⋯⋯⋯はい」


 何が出来るか分からないけど、やらなければならない。


 兄として妹を説得する為にも⋯⋯。


「あ、待って。准、私も行く」


 後方から立ち上がる音と藍莉の声。けれど、それに呼応するように別の方向から声がした。


「あ、桐江、藍莉!」


 富宮が僕達を制止する。僕は反応して振り返り、藍莉は気付かずに前へ行こうと脚を動かす。


「⋯⋯大洲さん」


 いち早く気付いた笠辺先輩が藍莉に声を掛け、驚きと共に振り返る。


 急いでいるんだが?といった面持ちではあるが、笠辺先輩にとって、それはどうでも良い事であるのだろう。


 顎を使ってその方向を指し示す。


「呼んでる、よ?」


 何も無い箇所を指し示しているのだと、少なくても藍莉にはそう見えている。


 立ち上がった富宮は藍莉の傍へ向かう。


 藍莉の視線は真っ直ぐにではなく、僅かに左右に瞳を動かして、存在を確認しようとヤケになっているようにも思えた。


「なに?⋯⋯奏海」


 目の前に立った富宮は息を吸って、呼吸を整える。


 そして、見開いた瞳は真っ直ぐに藍莉へと向けられた。


「⋯⋯先にちゃんと言っとくから。⋯⋯⋯⋯ごめんね。私のせいで苦しませちゃって。藍莉はもっと藍莉らしく居て、良いから」


 藍莉はその聞こえていない言葉に返事はなかった。


 ずっと顔を動かして、何処にいるか、把握しようと必死になっているのが見て取れる中、誰もそれに対して、笑う事も声を掛ける事もなく、静かに見守っている。


 富宮が少し涙ぐみ、藍莉は焦りだしたのか、唇をギュッと噛む。


 やがて、僕の近くまでやってきた富宮。


 今まで、僕を見てくる際には険しい表情だったり、思う所があるといった様子や態度が大きく前面に出ていたが⋯⋯。


 それらはまるで消え去ったかのように穏やかな表情をしていた。


「きーくん」


「うん?」


「今までの事、全部謝る。⋯⋯ごめんなさい」


 頭を下げた富宮は何処か新鮮さがあって、驚きすらあった。


 こんな日が来るなんて思ってもなかったし、心からの謝罪だと真に伝わるのも中々ない。


 上げられた頭。真摯な眼差しで僕の顔を見て、一言。


「きーちゃん、お願いね」


「⋯⋯あぁ」


 頷きと共に返した言葉に柔和な表情が返って来た。


 こんな表情が出来るなんて、僕は知らなかった。


 こんなに穏やかで、真心のある富宮を感じた事もそんな日が来るとも想像していなかった僕は彼女の為にも舞喜を説得しなければならない。


 そう、心に誓った。


 玄関を出た僕達、行き先なんて分かる筈もなく、闇雲に探すのがオチだと理解しつつも脚は止まらない。


 既に夕暮れは去り、夜空が広がっている。


 隣を並走する藍莉は何処か寂しげなものを感じさせていた。


 きっと富宮の件だろう。そう思って口にする。


「藍莉、後で僕が伝えるから」


「私は奏海の口から聞きたい。だから、取っておいて」


「⋯⋯分かった」


 どうやら、彼女なりの決心があるようで、僕はそれを尊重するべく、それ以上の事は聞かない事にした。


 それがきっと良いと、心に言い聞かせて。


  ━ ━ ━


「やべぇ。迷った」


 黒髪ツンツンウニ頭の灰色の学ランを着用している青年が一人、そんな事を呟いた。


 時刻は既に十九時を回り出して、新居へ帰りたい所ではあるのだが⋯⋯。


(この街、マジでちょこちょこ建造物が変わりやがるから、覚えらんねぇ⋯⋯。一年前にはこんなコンビニ無かったしよぉ)


 去年の夏には一度通った際、真横にあるコンビニは建てられて居らず、看板も下ろされていた。


『空弩街』は今日も健気に絶賛生まれ変わり中なのである。


「⋯⋯⋯⋯」


 見つめるコンビニ。中には商品が当然、置いてある訳で、昼食を抜いてしまった事から腹の減り具合いを鑑みて、何か摘める程度の物を買って帰ろうと、顰め面を崩す事なく入店。


(やっぱ、なんつーか。コンビニつっても、掲げてる看板が違うと、どれも同じバリエーションだな)


 手に取るお茶の入ったペットボトルとおにぎり二つ分を持ち、レジへと並ぶ。


 窓や上に掛けられた貼り紙やチラシのようなものには、最近になって出来たばかりの店舗だと大々的に告知を売っており、その為か客足もそこそこあった。


 三人程、並んだ客はレジで会計を済ませ、ようやく青年の番が回ってきた。


「いらっしゃいま──ひぃ!」


「⋯⋯あ?」


 突然、小さな悲鳴を上げる店員。


 思わず、背後を見るも誰かが並んでる訳ではなかった。


(何だこの人⋯⋯何か視えてる人か?)


 男は『除者』である。その為、多少『幽霊』についてもかじる程度には詳しい。


 ただ、視えない⋯⋯それだけだ。


「し、失礼しました!」


(ん?なんだ?どうしたってんだ?)


 買い物を終え、店員の態度が多少気にはなったものの、店をひとまず出て、帰り道を模索するべく歩道を下りながら、腰に巻いたポーチから紙を取り出そうとした時である。


 前方からもう突撃してくる勢いで前も見ずに走り出す少女が真横を通り過ぎた⋯⋯。


(ッ!⋯⋯なんだッ!!この邪気?!)


 背後を過ぎて、坂を上がる少女を鋭く凝視する青年の冷や汗は止まらない。


「⋯⋯祓えるか?」


 小さく自身に訴えかけるように口にする言葉には自信はなかった。


 ポーチから半紙を取り出し、掌で半紙を挟むように、合掌。


「【鳥獣戯画】ッ!⋯⋯『クチ』」


 合掌によって挟まれた半紙には『鷹』が描かれていた。


 それは紙と使用者の生命力を媒介し、顕現する。


 全長二メートル前後の鷹は夜空へ舞い上がると近くにある電柱へと鋭利な脚を置き、下に位置する青年からの合図を待つ。


「あの子を追え。だが食うな?」


 その名に伴い、鷹の形をした『クチ』は空を滑空し、夜空の闇に消えていく。


【鳥獣戯画】⋯⋯国語の教科書で皆も一度は見た事があるであろう、絵巻物。


 蛙と兎が猿を追いかける場面や、相撲をしたり、弓対決をしたりと多種多様な場面が動物をモチーフに描かれたものであり、牛、犬、麒麟や龍も登場する全四巻のお話。


 そんな『鳥獣戯画』だが、本物の巻物は現在の京都の寺にあり、青年が使うのは『現象』が【鳥獣戯画】を型取り使役出来るようにしたもの。


 つまり、道具である。


「チッ。今日だけでかなりの生命力カロリー持ってかれた。急ぐか⋯⋯」


 あくまでも【鳥獣戯画】という名の『現象』は青年に憑いている。


 半紙並びに描ける物ならばなんでもよく、掌を合わせて使役したい動物を呼ぶと顕現される特徴を持つ。


 坂を上がり、少女が通ったであろう一本道を通り、後を追跡する青年。


(あの子の邪気⋯⋯。何なんだ?普通じゃない。下手したら【赤い龍】以上の異常かもしれねぇ!)


 青年は【赤い龍】の凶暴さ凶悪さ、そして暴力性を間近で体感した過去がある。


 それは空を衝き、大地を抉り、一現象の枠組みを遥かに超越した暴力の塊であると共に女性であった。


「やな事、思い出させやがって」


 入り組んだ道に着く青年は辺りを見渡す。


 前方には三本の道。どれかが正解であり、どれかが外れ。


 いずれの道も行き止まりという事はなく、街灯が並んでいるだけでは奥の様子は窺えない闇が広がっていた。


 しかし、その為の『クチ』である。


 見上げた空には鷹が優雅に鳴き声すら発さず、旋回した後、降下していき、青年を通り過ぎて右の道へと翔いていく。


 人の走る速度に合わせて超低空飛行をする『クチ』を追い、ようやく発見した⋯⋯⋯⋯桐江舞喜を。


 息を呑み、『クチ』を腕に乗せて、少女の様子を窺うように近くにある電柱に隠れる。


 場所は山側にある広場であり、その入口付近で腰を曲げて息を整えていく舞喜。


「⋯⋯⋯⋯どうする。そろそろ十五分経つ」


 制限時間──それは使役する人間によって【鳥獣戯画】が独断と偏見で選んだ使役時間であり、一度出した動物はその日に限り『十五分』という活動時間という名の制約ルールが与えられる。


 ただし、途中で顕現させる動物を切り替えた場合、最初に出した動物の顕現限界時間は止まり、二十四時間経過後、再度『十五分』という制限が設けられるのだ。


「戻すか⋯⋯」


 両手を合わせ、左手を左、右手を右回転させて、右親指が左手の中指の付け根に触れると、『クチ』の胴体は墨が溶けだしたように地面に落ちていき、跡形もなくなった。


「⋯⋯さてと」


 トボトボと力なく歩く少女は広場に設置されたベンチに座り込み、一人遠くを見つめる。


「黄昏てる?自分が憑かれている事には⋯⋯気付いてなさそうだな。⋯⋯いざとなれば『ガマ』で呑むか⋯⋯」


 ポーチの中から半紙を一枚出し、準備を進めていく。


 そんな時だった──。


「おーい、かーのじょ!ひっとり?」


「え?」


 夏の風物詩、ナンパが起きた⋯⋯。


 海は近くにはなく、夜のサングラス、アロハシャツという異色の男性と金髪にオールバックと無精髭の男性の二人が少女に近付く。


「可愛いね?高校生とか?」


「いえ、違いますけど⋯⋯なんですか?」


「あれ?泣いてたの?可哀想に、お兄さん達が話聞こうか?」


 短パンから出ている素脚、半袖の服の僅かに隙間から見える胸元、小顔で不安そうな眼差しを向ける少女をサングラスを外し、じっくりと品定めするように見つめる。


「⋯⋯ナンパか?ッ!?」


 少女の中にある邪気が三倍ほどに膨れ上がった。


 当初見た時は濃密な邪気が腹部の中心に一点に集まっているように見えていたものが、太腿、胸の上を越して喉元付近まで邪気が広がり、青年の警戒心は一気に跳ね上がる。


(おい!邪気が急激に溜まりやがった。⋯⋯どうするッ?!)


 一方、絶賛ナンパ中の二人はそんなものが見える筈がなく、不登校中学女子を意気揚々と落とそうと言葉を選んでいく。


 そう、選んでいるつもりなのだ⋯⋯。


「俺らと遊ばねぇ?ね?良いっしょ?ちょっとだけ!ね?」


「いえ、良いです」


 サラッと断られたサングラスにアロハの男とそれを少し後ろで笑っているオールバックで無精髭の男。


 彼等は人生で初のナンパ、知識もなく、経験もなく、酒の力と二人居ればなんとかなるの精神である。


「嫌われてやんの!大丈夫、大丈夫。なんにも酷い事しねぇから」


「あの、執拗いです」


 いい加減に鬱陶しく感じ始めた舞喜だが、サングラスの男は諦めるという言葉を酒の力により、何処か彼方へ飛ばしてしまった為、再戦を挑むように舞喜の前へ立つ。


「でもさ、君、逃げようとしねぇじゃん?期待してる?」


「してませんけど?」


「冗談ばっかし〜」


 そんな明け透け思惑に誰が乗るかと内心誰もが思う会話を繰り広げている中、広場の外の電柱でひたすら待機している青年は顰め面をしながらその現場を凝視する。


 面白い事は何も無く、不愉快さだけが募りだしている頃、少女の横顔に見覚えがあり、目を見開いた。


「お前は折角、よく分かんない力あるんだから、ちゃんと人の一人や二人ぐらい助けろよ。僕とは違うだろ?田科」


 空港の中、青年が街を去るという時、出迎えに来た一人の少年が去り際に言った言葉が脳裏を駆ける。


 自分には出来ないからこそ、代わりに⋯⋯。


 そんなどうしようもない殺し文句を最後に出会って以降、顔を合わせていないその少年もこの街に居て、今も何処かで悔いに塗れて足掻いているのだと、青年は瞼を閉じて考える。


「⋯⋯あーー!もう!クソッ!こうなりゃヤケだな。何とか、収めるしかねぇ」


 後方、隣、前方にはあの頃の仲間は居ない。


 それでも、青年は駆け出す。夏のあの日のように⋯⋯。


「何するんですか!?」


 腕を掴まれて無理矢理立ち上がらせようとする男性。


 流石にそれはマズいと感じた金髪オールバックの男はアロハシャツの男の後方へ後退りしてしまっている。


「いやさ、強引な方がお好みかなって思って」


「離してください!お兄ちゃんーー!」


 掴んでいる腕を更に誰かが掴む。


 アロハシャツの男は掴まれた左腕から伸びる方へと視線を向けていく。


「おい!強引な方が好きなんだよな?」


「あぁ?!っ──」


 裏拳で一発。サングラスのレンズが眼球に突き刺さる事を分かった上で殴り飛ばした青年は腕を離す。


 眼球から血が垂れる中、蹲り、痛みに耐えるアロハシャツの男とそんな様子を唖然とした様子で見ていた金髪オールバックの男はハッとなり蹲る男の元へと駆け寄る。


「お兄ちゃ──あ⋯⋯」


 見上げ、羨望に満ちた顔は途端に影を見せ始めていき、落ち込んだ表情へなった。


 期待外れ、全く想定と違う、理想的な展開からの逸脱。


 舞喜の心象を何となく感じ取った青年は舌打ちしそうになるのを抑えるものの、内心では舌打ちの嵐であった。


(露骨に落ち込むなよな、ウザってぇ)


「お前なんだよ!?急にでしゃばって来んじゃねぇよ!」


「アァ?」


「っ、いや⋯⋯えぇと」


 それは顔面偏差値によるものなのだろうか。


 眉間に皺を寄せている際の気迫、圧迫感、威圧感は途方もなく高く、一言で纏めれば、般若のようなものであった。


 コンビニ店員を始め、数多くの人物はほんの少し不機嫌な様子を見せてしまうだけで萎縮してしまう程の圧倒的なまでの険阻な表情がそれを起こしている。


 普段は仏頂面、笑えばちゃんと朗らかな笑みを浮かべられるというのに、怒った際のみ、それらとは比較にならない程の阿修羅のご降臨であった。


 耐えれた者は数名のみ。


「おい、そいつ連れてとっとと消えろ」


「は、はい!し、失礼しました!ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいやーーーーー!」


 まるで幽霊でも見ましたとばかりに血相を変えた金髪オールバックの男は涙ながらに去って行く。


 しかし、肝心の舞喜は引いていた⋯⋯。


 よもやサングラスごと眼球に血涙を与えるような人物がこの世に居るだなんて想像が付かなかったのだ。


 逃げようにも脚は震えていて、もうすぐ泣いちゃうと顔全面で主張している。


「おい──」


「っ!あ、ああぁ、あの⋯⋯⋯⋯その、えと」


 席から立ち上がれず、震える唇を精一杯に動かすも、覚束無い。


 涙ぐむ姿に流石の気まずさのようなものが込み上げてきた青年は一歩、下がる。


「⋯⋯⋯いや待て、俺はナンパじゃねぇぞ?」


「あ、あの⋯⋯」


「舞喜ちゃん!見つけ⋯⋯貴方、何やってるのよ!」


 広場の入口、女性の声が聞こえると共に駆け出してくる足音と共にやって来たのは大州藍莉であり、全力疾走で席に座る舞喜を庇うように抱き留める。


 完全に犯罪者扱いにも似た視線に青年も狼狽えてしまうも、藍莉の中にある僅かな陰りに意識は向く。


(何だこの女。僅かに憑いてる?いや、これは同化してやがる)


 身体にピッタリとくっつき、離れない状態となっているそれは祓う際の手間も数倍掛かる厄介極まりない状態であり、思わず顰めてしまう。


(この街、やっぱり異常だな⋯⋯)


 近隣の県ですら、そんな状態の人間は存在しない。


 日本でも一人、二人居るか、居ないか程度の出来上がり。


 それがこの街では溢れているという異常性に改めて肝を冷やす青年。


「あ、藍莉さん⋯⋯」


「大丈夫?!⋯⋯っ!」


 一方、舞喜に何かをしようとしたのではないかと、舞喜を胸で抱き締めつつ、警戒心バリバリの藍莉はキツく青年を睨む。


「なに、睨んでやがる。俺がなにかしたって証拠、あるのか?」


「⋯⋯じゃあ、なんで舞喜、泣いてるの?」


「勝手に泣いただけだ。俺のせいにしてんじゃねぇよ。証拠つってんだろ」


 震える舞喜を立ち上がらせ、一歩、また一歩と藍莉が通った広場の出口へと青年に背を向ける事なく、歩き出す。


「むしろ俺からすれば、テメェこそ、何が憑いてやがる。気色悪ぃ」


「っ!?⋯⋯分かるの?影に居る事が?」


 一つの早とちり。『除者』の沙耶や『時間の掌握』が出来てしまう美羽、巻き込まれモンスターの准が身近に居る事で、現象関連になると先んじて答えを出してしまうという未熟さが生んだ危機感の欠如。


 目の色が──変わった。


「影。まさか⋯⋯。ソイツは時間の流れを越えたか?」


「⋯⋯⋯⋯なんでそれを──」


 早期決着を付けるべく、半紙を取り出し、両手で挟む。


 息巻いた小娘を、()()には蛙が得策と判断し、叫ぶ。


「【鳥獣戯画】ッ!!『ガマ』!」


 本日初出し、オール十五分の活動時間。


 高さ五メートル、横幅三メートル級の巨大な蛙は墨から彩られていき、全身が黄色、瞳の色は黒、足の先端は僅かに黒く澄んだ色へ成した。


「え?!」


「藍莉さん!」


 硬直する舞喜はしがみつく藍莉の腕から離れずにいる。


「あ⋯⋯⋯⋯舞喜ちゃん、逃げて⋯⋯」


 殺意の宿る瞳は二人を差し、阿修羅は眼前の小娘を仇敵と定めて合図を送る。


「やっと見つけた⋯⋯」


 クリっとした瞳には確かに藍莉へ向いた。


 何処までも深く沈みそうなその瞳は大きく、呑み込まれそうであり、恐怖心が身体を怯ませる。


 人間にも多種多様な人種がいるように、蛙にも種類がある。


 毒があるもの、オタマジャクシの時はデカイ癖に成長し蛙になると小さくなる種類や、田舎等で煩いでお馴染みの蛙などなど。


【鳥獣戯画】は実在する動物、実際の『鳥獣戯画』に出てくる動物に限り、使役者によって一つの動物のバリエーションを顕現時に選択出来る。


 ただし、予め頭に名前、生息地、顕現させたい動物のイメージを叩き込まなければならない。


 今回青年が出したのは、モウドクフキヤガエルと呼ばれるコロンビアに生息地している絶滅危惧種の蛙であり、ノハラツヤヘビ属の蛇だけが唯一の天敵とされる猛毒蛙。


 本来のモウドクフキヤガエルは五メートルという大きさではなく、あくまでも生命力を糧にすれば大きさを変えれるだけであり、耐久値や毒素の分泌速度に変化はない。


 ただし、大きさによって跳躍力や質量は変わり、今回大きくしたのは、藍莉を確実に喰らって貰う為である。


「っ!!茶髪の女を呑み込んでころ──」


「何やってんだ!田科!」


 急激に青年の身体は左方向へと飛ばされた。


 突然、倒れた自身の身体、そして聞き慣れた友人の声。


 思わずその方向へと顔を向ける⋯⋯。


 そこには日頃、部活をしている影響で藍莉と体力差が如実に出てしまい、坂道辺りから距離を離されていき、結果として到着が遅れてしまった桐江准がそこに居た。


「⋯⋯っ!桐江!悪いが再会は後だ!俺は──」


「やめろってんだッ!!」


 頭を一発、拳で叩かれる青年。手加減なんて忘れましたとばかりに強烈なその一撃には思わず目が点となって、口を僅かに空けてしまう。


「あれは妹と彼女だ!ぼ・く・のッ!!」


 蛙の真ん前で怯えて膝を崩している藍莉と舞喜を指差す准に倣うように視線が自然と向かった。


「⋯⋯なに?」


「⋯⋯⋯⋯なら辞めとけ。別れろ。アイツは──」


「藍莉はお前の探してる【影鬼かげき】じゃない」


「なら、なんで時間の流れを超えた!」


「僕が持って来ちゃった、だけだ⋯⋯」


 抱き留めてくれと言われて、文字通りそうしたら、そうなった。


 ただそれだけで、決して意図した訳ではないが、結果としてそうなってしまったのだから仕方ない。


 しかし、とんでもない異常事態イレギュラーによって勘違いさせてしまった事実もまた変わらず、申し訳なさそうな顔で答えた准に強く出る事は出来ず、准の人柄を知っている青年も自然と燃えるような復讐心が鎮まっていく。


「⋯⋯そうか」


 巨大な黄色い蛙は墨となり、地面に溶け出す。


 二人を覆っていた影は瞬時に消えた事により、准は二人の元へと駆け出す。


「大丈夫か?」


「えぇ。ところで准、この人何?」


 警戒心は准と知り合いだという観点から幾分か下がった藍莉は未だ、瞼を強く閉じている舞喜を抱き締めている。


「え?友人だ。古い腐れ縁でよく分かんない力使える同い歳の田科ってんだ」


「『除者』って前に言ってなかったか?」


「え?先輩と同じなの?嘘、聞いてない」


(コイツ、本当に聞いてなかったのかっ?⋯⋯)


 一年前に確かに説明した筈の説明を丸々聞いてなかった事実を一年越しに聞かされて、青年は思わず驚愕してしまう。


 そして、ようやく瞼を開けた舞喜はキョロキョロと辺りを見渡していき、兄の姿を確認すると、這いながら近寄り、腰にしがみついてきた。


「お、お兄ちゃん〜〜。怖かったよー!蛙が出てくるし、よく分かんない人にナンパされるしーー!」


 蛙は目の前で出した事が准にも理解出来た。


 しかし、ナンパは誰か?少なくても、藍莉も知らない、青年と舞喜だけ知っている人物達なのだが、それを口にするのを憚っている舞喜と口にする気も起きない田科では情報を得る事は叶わないとして、自然と准の視線は青年へと向く事となる。


「え、ナンパ?⋯⋯⋯⋯えぇ〜、田科趣味悪いぞ?」


「俺じゃねぇよ。馬鹿」


 冗談半分に准が向けた視線に対して、お返しとばかりに酷く軽蔑したような視線を送る青年は視線だけで人を殺せそうな程に尖った目付きをする。


 だが、聞き捨てならない事が舞喜にもあった。


「趣味悪いって何?!もっとあるでしょ!よく耐えたね、とかッ!」


 服の裾辺りを使い、顔を擦って無理矢理涙を拭っていく舞喜の奇行が発動。


「おい!離れろ!お前に説教があって追い掛けたのに、なんでそれより酷い状況に置かれてんだ!?このお馬鹿!やめろ、やめろーーー!」


 准は思わず離れるように手を頭に置き押していくものの、腕を腰に巻き付けられた状態の准には打つ手はなく、結局、涙は全て准の衣服に染み付いた。


「仲良いな」


「貴方、准の知り合いなのに、妹さんが居るって知らなかったの?」


「それ、マウントか?」


 鋭い眼光が藍莉を遅い、思わず肩を竦めてしまう藍莉は誤解のないようにと、手を左右に振る。


 青年もかなり優しく言葉を発したつもりだったのだが、顔が普段は仏頂面な事に加えて、阿修羅や恵比寿と対決出来そうな程の顰め面が仇となっていた。


「あ、いえ。『現象関連』の知り合いだろうから、先に知ってるものかと思ったのよ」


「名前も知らないし、顔も見た事がなかったが、存在してるってのは聞いたぐらいだ」


 藍莉の横顔を見つめる青年は思い浸る。


(桐江の奴、よく彼女を作る気になったな⋯⋯。まぁ、作るぐらいしないと、やってらんねぇか)


 藍莉が青年の視線に気付く。思わず凝視してくる青年に不快感以上の不審感が募り、距離を開けるように准達の所に行こうとする。


「おい、ちょっと待て」


「っ!⋯⋯なにか?」


 怯えたように肩を震わせ、振り返る。


 そんな態度は既に何十と見てきている為、今更気にも止めない青年は言葉を紡ぐ。


「お前、桐江がしたくても出来ない事、理解してるか?」


 言葉の意図が理解出来ない藍莉は思わず目を細めてしまい、首を傾げた。


 本来、勝手に話すものではないのだろう。


 それは青年も分かっているのだが、それ以上に今尚、妹とじゃれ合っている少年の為と思い、敢えて口にする。


「トラウマがあるっつってんだ。俺の友人だからな、お前は最悪どうとでもなれだが、桐江に何かあっても俺が困るんだよ」


「⋯⋯信頼してるのね」


 恋人関係とは違う奇妙な友情関係。


 ひと夏の思い出、ひと夏の戦い、思惑、顛末を准と共に見てきた青年だからこそ築けた関係であり、普遍の仲。


「まぁな。アイツは色々あり過ぎた」


「それで、トラウマって何?」


「アイツは人を抱き締められなくなってる。ついでに、人を抱き抱えるのも駄目だ」


「⋯⋯何それ?どういう事?」


「⋯⋯俺達と当時、仲の良かった()()の一人、アイツは直接、死に目に遭ってる。そんでその時に遺体を持ち帰ろうとした時の感覚が原因で抱き抱えるのが駄目になった。忘れんな?スキンシップはそっちの勝手だが、苦しめてまでするもんじゃねぇ」


 決して、青年も望んでいなかった最悪の結末。


 夏の時期、思い馳せるのは白い布と粉状に崩れようとしている石の塊、そして泣き崩れて項垂れる少年。


 蝉の鳴き声なんて比較にならない程の悲痛な叫びは身体を熱する夏の暑さすら霞むほどの冷え切った現状と後悔の雄叫びであり、歪んだ視界には瞬き一つで形状が小さくなる石が砂となって散っていく光景が広がっていた。


 青年の前にはそんな事が果たしてあったのかと疑う程に無邪気な笑顔を浮かべる少年が妹と口論している様子があり、思わず拳を握る。


 二度も後悔をしない為にこの夏、青年は目の前に広がる光景を焼き付けた。


 自身が失ってはならないものがすぐ目の前にあるのだと、間違ってはならないのだと、深く、深く、心に刻み込む。

人の数という意味で最後のピースは揃ったぜ?


でも、まだ駄目。それじゃあ解決なんて無理無理ね〜。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ