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この街は今日も語る  作者: 紫芋
大洲藍莉は語る

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1/16

同級生がちっこくなった

 自宅から徒歩で三十分程度で辿り着ける御札が貼られた小さな祠に手を合わせた桐江きりえじゅんは「もう二度と出てこないでください」と小言のように呟いた。


 瞳を開けて、鞄を肩に掛けた准は後腐れがないかのように、スッキリとした顔色で祠から目を離して、その場を後にするのであった。


 ザザザッと、膝付近まで伸びた手入れをされていない草原を掻き分けながら、その先に続いている舗道へと歩いている准。


 本来は歩くような場所では無いのと、既に登校時間前という事もあって、チラホラと同じ高校の生徒に視線を向けられながら通り過ぎていく。


 ようやっと草原を抜けて、ズボンに付着した小さな虫や葉っぱを払う。


「何やってんだ?准?」


「ん?あぁ、ムッくん。おはよう」


「おはようさん、草葉に愛される准少年」


 揶揄うような口調をしながらも、背中や頭に付着していた小さな草葉は虫を払ってくれる睦生むつき嶺治れいじ


「まったくさぁ」と仕方なさそうに口を紡ぐも、なんやかんや言っても友人を放ってておけない優しい彼には、よく准は世話になっている。


 サッカー部という事もあって、肩周りが大きく、登校する際も、下校する際も、通常と違って一つ荷物が多い。


「で?なんで『象願林そうがんばやし』に行ってたんだ?」


「⋯⋯まぁ、お願い事かな?」


「お前、『十メートルの象が人の願いを叶える』なんて、本気で信じてるのか?」


 この『象願林』は街の噂話となっている場所の一つ。


 祠の前でお供えと正しい唱えた方をすれば、巨大な象が出現するというもので、俗称は『象の臨願』と呼ばれる。


 だが、僕達が小さな頃からある噂話には一つ間違いがある事を偶然ではあるが准は知っているのだ。


「ムッくん。十メートルじゃなくて、三メートルだ」


「へぇ〜、そうなんだ⋯⋯え?そうだっけ?」


「遅れるぞ?」


 首を傾げて、熟考する準備は既に整っている嶺二を置いて、通学する為に脚を動かし始めた准。


 嶺二との物理的に開いた距離を埋めさせる為、振り返って声を掛けるのであった。


「あ、待てよー!元はと言えば、お前があんな所から出てくるからだろうがーー!」


 肩に掛けられた鞄が落ちないようにと、右手でしっかりとショルダーストラップを握って、駆け出す嶺二とそれを待っている准。


 僕たちが住んでいる街の名前は、『空弩あくどがい』と呼ばれており、都会でもなければ、田舎という訳でもない。


 テレビや動画サイトで見た内容や、SNSでの話しで盛り上がるのが鉄板であるものの、偶に街の噂話や都市伝説に傾く事もあり、話題に事欠かない。


 今尚、准と嶺二の二人も世間話はすぐに昨日見た特集番組へと話題を変えており、「あれは作り物だ」や「その次のは中々だろ〜」と冗談交じりに語り合う。


 学校が近くなると、学生服を着た生徒の数が増えていき、歩道は既に生徒で埋まり始めていった。


 皆がなんの示しも無く、特定の曲がり角で右折し、先程通った歩道に比べて横幅がある道へと出ると、圧迫感というものに皆が耐えられなかったのだろう。


 少しずつ、皆が一様に距離を開けていき、スペースを確保していくのだった。


 だが、友人がいる場合の距離は開く事はない。


 准と嶺二はそのままの距離で世間話に花を咲かせている。


 そんな時、前を向いている嶺二がなにかに気付いたような素振りをして指を差した。


「お!大洲おおしまさんじゃん〜。可愛いなぁ⋯⋯」


「ん?」


 同じ学年、クラスの大洲おおしま藍莉あいり


 准とて当然知っている程に校内での知名度はかなり高い。


 学年でトップの成績、友達と戯れるように和気藹々《わきあいあい》とした場を作れるムードメーカーであり、部活に入っていないのに何故か他クラスや他学年との交流もこなせる『人気者』なのだ。


 なのだが。


 そんな人気者を一目見ようにも、准からすらば、一体何処に居るのかが全くわからないのだ。


 彼女のミルクチョコレートにも似た茶髪はかなり特徴的故に分かりやすい部類なのだが、全くその後ろ姿が見当たらない。


 隣で一緒に歩いている嶺二は未だに、二ヘラァとした顔付きで溶けそうなぐらいに甘ったるい表情を浮かべているのだが、その原因となっている人物が准は幾ら探しても、嶺二の視線に合わせてその方角を見ても見当たらない。


「なぁ、ムッくん。本当に大洲、居るのか?僕には見えんだが⋯⋯」


「え?!⋯⋯何言ってんだ?そこに居るだろ?」


 当然だろ?と言いたげな表情に一気に変わった嶺二は、言葉と添えて人差し指を前方へと向けたのだが、それでもやはり准には見当たる様子は無く、それどころかむしろ不安にすらなっていた。


「これは⋯⋯、あぁ」


「どうしたんだ?」


「⋯⋯いや、なんでもない」


「変な准だなぁ」


 学校の正門を潜り、准達は校舎へと入る。


 下駄箱から上履きを取り出して履き替えて、一足先に履き替えていた嶺二は准を待ってくれており、歩き出すと同時に、歩幅を合わせて階段を上がって行く。


 現在は五月十日の何気ない木曜日。


 ゴールデンウィークも過ぎて、通常ならば、優雅でまったりとした長期休みは准には訪れず、嫌な事件とちょっとした後腐れのみが残り、今を迎えている訳なのだが、そんな准も学校に入ってしまえば皆と同じ生徒であり、その輪に揉まれる。


 一階にある一年生徒の教室からはヒョコっと窓から顔を出す者もいれば、階段を上っている途中で上を見上げたまま動きを止める者も居る。


(やっぱり、居るんだよな⋯⋯)


 当たり前の光景なのだ。


 大洲とその友人はかなりモテる部類である為か注目を浴びやすい。


(美男美女集まりのグループとはなんともまぁ⋯⋯)


 准が二階に着き、角を曲がると容姿の整った女子二人、男子三人が笑い話で廊下を盛況の渦へと引き寄せているのだが、やはり()()()()()()()()のだ。


 准の知っている彼等の仲良しグループ(いつものメンバー)は六人である。


 しかし、その輪の中に大洲藍莉は居ない。


「どうしたんだ?准。マジでさ?」


「⋯⋯、ムッくん。大洲、今何してる?」


「は?普通に喋ってんだろ」


「だよな」


「⋯⋯まさか!」


「なに?」


 驚いたような表情をした嶺二は准の顔を見て、唖然としており、何も言わなくなってしまう。


 そして、ようやく動き始めたかと思うと、准の肩を掴む。


「馬鹿な真似は止めるんだ、准!俺はお前が傷付く様なんざ見たくねぇ!」


「は?え?今まさに傷付いたんだが⋯⋯」


「告白は止めとけぇっ⋯⋯」


「誰が告白だぁ!そんな事、鱗片足りとも、一片の欠片も無い!」


 准は叫ぶ。


 決してそんな事は無いぞ!と示すように。


 つまりそれは、廊下を今まさに歩いている途中であった准達からすれば、教室に居る生徒や前と後ろを歩いている生徒に丸聞こえという事に他ならない。


「分かってる!恥ずかしいんだろ!けど、大洲さんは強敵が過ぎるぅ」


「なんで、お笑い芸人みたいな言い方してるんだよ、違うよ。僕は普通に様子を聞いただけで、よくそこまで飛躍した考えが飛んでくるな⋯⋯」


「ち、違う⋯⋯だと。嘘だ!あの態度は──」


「誰が誰に告白するの?」


「「え?」」


 准と嶺二が驚き、同時にハモるとその声の方向へと顔を向けて、その正体を視界に入れた。


 大洲の友人でもある牧原まきはら逸花いつかが顔を前に出すように、そして、興味津々といった表情で准達の所まで来ていた。


 准達の前方で友達と談笑していた筈の逸花も、恋バナの匂いを嗅ぎつけると一目散に後方へと回れ右してやって来たようで、前に居るメンバーは「またかぁ」と口から漏らしている。


「ね!ね!睦生くん!誰が告白するの?それとも桐江くんなら知ってる?」


 早口で目をキラキラとさせているボブヘアの逸花。


「さぁ、誰だろうな〜⋯⋯」


 嶺二が視線を逸らして誤魔化そうとするも、誰がどう見ても嘘を吐いていると分かる挙動を取るので、准は頭を抱えてしまう。


「牧原」


「なに?」


「人の恋路は邪魔するものじゃないだろ?応援するもんだろ?⋯⋯だから、ここは穏便に黙秘を行使したいんだ⋯⋯。という訳で宜しく頼む」


「正直、何言ってるのか全然分かんないけど、良いよ!で?誰なら知ってるの?」


「聞いてない⋯⋯」


 呆れてしまえば良いのか、嘆けば良いのか。


 そんな風に考えていると、逸花の後ろから学生服の襟を掴む人物が現れた。


「コラ。止めてやれよ逸花。悪ぃな、嶺二、桐江」


颯悟そうご。おはよっさん!」


「おう、桐江もおはっさん」


「あぁ、おはよう」


 武島むとう颯悟そうご


 短髪で嶺二と同じサッカー部であり、比較的に准とも交流のある方ではある。


 襟を掴まれながら、ジタバタとする逸花は文句を言い続けており、それを前に居る大洲を除く三人は笑いながら教室へと入って行く。


「俺達も行くか?」


「⋯⋯そうだな」



 准達は歩く、当たり前で平穏な日常を謳歌する為に。


  ━ ━ ━


『桐江准は部活をしているのだろうか?』


 そんな質問をしてようと思う。


 少年の在学している高校の部活動は合計で二十二、存在している。


【運動部】


 ・『サッカー部』・『バドミントン部』・『バスケットボール部』・『卓球部』・『水泳部』・『バレー部』・『弓道部』・『陸上部』・『柔道部』・『剣道部』・『新体操部』


【文化部】


 ・『吹奏楽部』・『放送部』・『演劇部』・『文芸部』・『映画研究部』・『美術部』・『料理研究部』・『天文部』・『囲碁・将棋部』・『新聞部』・『茶道部』



 様々な部活を展開している学校に在籍している桐江准ではあるが、果たして、どの部活動に所属しているのだろうか?


 ある友人は『サッカー部』であり、ある人物は『吹奏楽部』である。


 また、ある人物は『バスケットボール』に所属しているのだが、准はどれなのだろうか。


 正解は『帰宅部』である。


 載っていない?


『帰宅部』は残念ながら非公開リストにあるものなのだ。


 とはいえ、准自身、部活はする気は満々だったのだが、度重なる問題と事件と不可思議な現象に見舞われた事による関係上、『帰宅部』を選ばざるを得なかったのである。


 そんな少年は今、放課後となり、友人と教室で別れて急いである場所に向かおうとして、駆け足気味に廊下を渡り、一階まで降りて靴を履き替える准は正門を抜けて、登校時とは違い、信号を渡って反対車線に行き、真っ直ぐと細い道を走った。


 比較的に体力だけは無駄に身についている准のこの曜日だけの一大イベント。


 そう、『特売日』である。


 准の近場にはスーパーが無く、下校中に買い込むのが鉄板になっており、財布を入れた通学鞄を肩に掛けて、今日も全力ダッシュ中なのだ。


 そして、やって来たスーパーは何時もよりも多くの客に溢れており、苦い顔を浮かべるものの、尋常に勝負を仕掛ける。


 カゴを持ち、ゆっくりと商品を見物する客と客の間を抜けて、無くなりかけている洗剤の補充用の物を手に取り、更に進んで惣菜を取って、流れるまま残り四パックとなっていた十個入りの卵を一つ取り、醤油と料理酒を入れた後、五キロの米をカゴに入れる為、カゴの中を調整しつつ、更に進む。


「多いなぁ⋯⋯」


 人の多さに目が回りそうになるのを耐えながら、店の奥にあるハムと袋詰めとなっているもやしを二つ取り終えると、一息つくように安堵して、途中にあった二種類の缶コーヒーをカゴに二つずつ入れて会計へと向かうのであった。


「知ってる?最近、この辺りで若い奥様が暴行で意識不明になった事件」


「えぇ、なんでも旦那の浮気に気付いて、その後旦那が殴り掛かったとか何とか。怖いわねぇ。私も旦那の浮気が発覚したらどうしましょう。家計も大変なのに」


 准の後方でレジに並んでいる奥様方がそんな話をしているのが聴こえて、つい聞き耳を立ててしまう。


(浮気⋯⋯ねぇ)


 全くしている想像というのが付かないものの、そんなのは最初の頃は誰だってそうなのだろう。


 しかし、結果的には今もどこかで誰かは浮気や不倫というのをしている。


「僕も、知らぬ間に浮気してしまうのかな⋯⋯。いや、相手が居ないか」


 童貞かつ年齢×恋愛経験〇の准にとっては不憫な話である事を理解した上で呟いて、前が少しずつレジへと向かって行く。



 鞄に入っていたエコバッグに米や軽い物を入れて、残りを貰ったレジ袋に詰め込んで、スーパーを出た准は「ここからが苦行なんだよな⋯⋯」と疲れきった顔をして漏らした。


 そう、ここから徒歩にして二十分程歩いて自宅に帰らなければならないのだが、荷物が荷物なだけに、かなりの重労働となってしまっているのだ。


「チャリがあればなぁ⋯⋯」


 自転車はゴールデンウィークの事件の最中、完全に壊れてしまっており、かなりの痛手である訳なのだが、四の五のは言っていられない。


 どんなに喚いても、この荷物が突然自宅まで瞬間移動してくれる訳でも、誰かが家まで親切心百パーセントで運んでくれる訳もない。


 そうして、准は帰路へと向かって脚を進めようと踏み出した時であった。


 本当に偶然、何気なくスーパーの駐車場に視線を僅かに向けていたのだが、その視界に何やら見覚えのある顔が映り込み、准は思わず立ち止まってしまう。


 ランドセルを背負っていた。


 黒の半袖でピンクのヒラヒラとしたスカートにニーソックスを履いている小学生の女の子。


 その女の子は茶髪で癖毛なのかそれとも寝ている最中にはねたままにしているのか、少しボサついた髪をしているのだ。


 その特徴は、准には見覚えがあった。


 少しボサついた髪を整えて、大人びさせれば、ある人物と瓜二つである。


「⋯⋯大洲妹?」


 藍莉とは家族の話はおろか、そもそもまともに話した事も無い。


 つまり、妹どころか家族が何人居るかも知らないのだ。


「まぁ、居るか⋯⋯妹ぐらいは」


 そう納得させて、何も言わずに歩こうとした時、その妹の居る方角からトコトコと女子小学生が履いてそうな可愛らしい薄いピンクの靴を履いている少女が准の方へと駆け足でやってきて、腕を掴んできた。


「見えるの!」


 そう言った少女は驚いたように目を見開いて叫んだ。


「君、近所迷惑になるぞ?声のトーン落としてくれ。じゃないと僕も同一犯と思われる」


「貴方、今、『大洲妹』って言ったわよね?!つまり、それは⋯⋯。私が見えてるって事よね?桐江くん」


 かなり嬉しそうな表情で准に声を掛ける少女なのだが、准からすれば唖然ものであった。


 なにせ、こんな小さな子に名前を覚えていられている事が不思議であり、『見えてる』という言葉からはまるで普通は『見えない』ものとして扱われているような言い方だったからだ。


「幽霊⋯⋯。そうか、大洲の奴、妹さんを亡くしてたのか⋯⋯」


「違うわよ!馬鹿!私が大洲藍莉なのよ!」


「そうか、そう──え、なんだって?!」


 見上げてくる小さな少女を二度見して、再確認。


 しかし、その少女は一向に顔色を変えず、真顔で真剣そのもの。


「だから、私が大洲藍莉本人なの!妹でも義妹でも無い!本人なのよ。桐江准くん」


(あぁ、これはまさか⋯⋯)


 嫌な予感がした。


 そう言わざるを得ない程に厄ネタ臭いものを感じた准だったのだが、今回巻き込まれたのは大洲藍莉という話した事も無いクラスメイトであり、そして『日常を彩る存在』である。


「一応聞くけど、本物か?」


「当たり前。席は窓から二番目で、前から三番目の席。貴方の席は一番後ろの廊下側から三番目。違う?」


「⋯⋯まじかよ」


 准も知らない怪異が起きてしまった。


 突然、人が移動してしまう事や物が消える、顔が変わったり、化け物が現れたりと散々な出来事はあっても、容姿が小さくなるは初体験である。


 小さい頃の大洲藍莉としてではなく、同じ学校に通う十七歳の彼女の記憶を持ったまま小さくなっているのが、尚の事ややこしさを加速させていく。


「家には帰れないのか?」


「家族に心配掛けたくないの」


「一番最初に家族に頼るもんだろ?」


「見えないのよ。家族も、友達も、今居る人達の皆が!」


 そして、透明人間の追加事項である。


(まずい⋯⋯。本当にどうしよう。この手のヤツって何かきっかけが無いと起こらない筈なんだけど⋯⋯)


 過去の出来事から参照して、脳内で照らし合わせても、手掛かりが無ければ始まらない。


「はぁ⋯⋯。取り敢えず移動しないか?それとも動けないのか?」


 地縛霊的に動けませんではお話が出来ない。


 更に言えば、スーパーから自宅に帰ろうとする人達から既に変な目で見られ始めている事が若干、嫌になりつつあるのも合わせて、准はミニ藍莉に提案するのであった。


「え、えぇ。分かった。何処に行くの?」


「家ですけど、これ見ても分かんない?」


 そう言い、ミニ藍莉にも見えるように買い物袋二つ分を少し振る。


「⋯⋯⋯⋯」


 すると、少女は身を引き、腕は身体を守るようにした。


 まるで、性犯罪者を見るような目で准は見つめられている。


「ちょっと⋯⋯、酷くね?」


「家に行っても何もしないって約束して」


「お前、要求を出来る状況かよ。⋯⋯分かった何もしない。手を出す事はおろか、話し掛けないし、お茶も出さないし、トイレの場所を聞かれても答えない。ついでに見知らぬ靴があったら捨てとく」


「うぅ、ごめんなさい」


 諦めたように、肩に掛けている


「ほら、行こう⋯⋯」


  ━ ━ ━


 学校から徒歩で二十分圏内のアパート暮らしの准は、鍵を開けて扉を引いて、ミニ藍莉を招いた。


「親御さんは?」


「居ない。別々に暮らしてる」


「そう。ごめんなさい」


「なんで?」


「事情がありそうだったから。普通、無いでしょう?親と子供が別々に暮らすなんて」


 言われてみればそうだと、頷いた准はキッチンに行き、冷蔵庫に収穫物を納めていき、洗剤を洗濯機の上にある棚にしまい、既にリビングで佇んで準備が終わるのを待っているミニ藍莉はソワソワとしていた。


「一応、聞くけど、ご飯は?」


「食べてない⋯⋯」


「育ち盛りって見た目してるし、それはそうか⋯⋯」


「ねぇ?なんでそんなに冷静なの?」


「大洲が言うか?」


「だって普通、こんな事あったら動揺したり、馬鹿にしたり、一蹴するもんでしょ?!⋯⋯本当になんでこんな事に⋯⋯」


 落ち込んでしまうミニ藍莉は泣きそうになっていたが、それを一瞥だけした准はキッチンへと入り、予約時間を設定していた白米の時間をリセットして、水を少し減らして、早炊にセットして炊飯のボタンを押す。


 そして、そのまま流れるように、醤油や料理酒といった調味料を開封して、計量カップに、注ぎ始めた。


「何か作ってくれるの?」


「飢え死には嫌だろ?」


「当たり前」


「話は三十分待ってくれ。食べ終わったらじっくり聞くから」


「分かった⋯⋯」


「テレビ見ててもいいから、寛いでくれていいぞ」


「ありがとう。⋯⋯もしかしてこういう事慣れてるの?」


「こういう事?女の子連れて帰る事とかか?」


「違う。⋯⋯なんで貴方自身で言うのよ。そうじゃなくて、私が小さくなったみたいな事、慣れてるかなって」


「いや、流石に小さくなるのは初めてのケースだな。ちゃんと高校の記憶もあるんだろ?」


 ソファに腰掛けたミニ藍莉は頷いた。


 それを確認した准は視線を上に向けて、考えるような素振りをする。


「それに透明人間か⋯⋯。欲張りセットみたいだな。店舗で高く売られてそう」


「私、安くないもの。当然!」


 そう言って、胸を張るミニ藍莉。


 それを振り返って見ていた准は少し目を細めたが、何も言葉を返す事はせず、作ろうとしている料理の調味料を測り終えた。


「⋯⋯妹さん居るんだ」


 テレビ台の上に、テレビの横にある写真立ての中を覗いたミニ藍莉がそう呟いた。


 家族四人。


 両親と兄の准と妹。


 中学一年の頃に家族と行ったキャンプ。


 その際に撮った写真であった。


「⋯⋯あぁ。そっちは下か上に居ないのか?兄弟」


「弟が居るわよ?世話が焼けるけど、いい子よ」


「大事にしろよ」


「当然!⋯⋯ちゃんと、元に戻らないと」


「⋯⋯そういえば皆、大洲が居るような感じで話してたな。嶺二に武島、牧原とか」


 他にも、いつものメンバーは当然として、彼女が所属しているバスケットボール部の後輩もそうだ。


 昼休みに今日の予定を聞こうと声を掛けてきて、誰も居ない空間に向かって喋っていた。


 しかし、それを嘲笑する者は誰一人として居ない。


 皆がそこに居る風に会話を繰り広げて、居るはずの無い藍莉がさも居るように会話は流れていくのだ。


 当然、その声は無であるのにも拘わらず。


 それに違和感を感じたのはただ一人、准のみ。


「⋯⋯私、今日一日ずっと外で人に見てもらう為に歩き回ってたから、学校には行ってない」


「行こうとしなかったのか?」


「行こうとしたけど、逸花や美鈴が普通にしてるの見て⋯⋯、なんだか行く気がね⋯⋯」


「⋯⋯」


 答えになっていないのではないか?


 そう思っていた准ではあったが、深く追求する事を拒ませてくるような表情で俯いている少女には何も言えなかった。


 彼女達には彼女の問題があって、突然しゃしゃり出るほど、准は彼女達の事を知らない。


「まぁ、明日になれば戻ってるといいな」


「そうね。⋯⋯ありがとう」


 消え入りそうな声は何時も知っている彼女とは違う。


「ありがとう」の一言がこれほどに弱々しいものを聞いたのは、准の中では生まれて初めてであった。


 テレビの光に照らされる彼女は少し、悲しそうだったのを准は確かに見てしまう。


「⋯⋯⋯⋯」


 リビングに行き、ソファに座り直している藍莉の背後に回って、テレビを見る。


 隣に座ろうとしたが、チラッと見てきた藍莉の視線で後ろに行ったのだが──。


「どうして後ろ?ここに座りなさいよ。貴方の家で、貴方が寛がないのはおかしいでしょ?」


 そう言われた准はソワソワとした様子で藍莉の横に座った。


 まだ、あと一人は座れそうな程に間を開けて。


「もしかして、緊張してる?」


「別に⋯⋯」


「ふふふ。可愛いところあるじゃない。私、桐江くんと学校で話したこと無いけど、これなら話し掛けとけば良かったかな」


「⋯⋯まぁ、元に戻ったら学校で声掛けてくれ。僕も出来る限りは返事するし」


「むしろ、返事をしない事があるみたいな言い回しはなに?」


「だって、緊張するじゃん。大洲、人気者だし」


「人気者だから?どうして?普通に声掛けて来ればなんの問題も無くない?」


「⋯⋯まぁ、そうだな」


「私の事好きなの?」


「⋯⋯⋯⋯勘違いするなよ?お前が美人である事、人気である事、僕がお前を好く事。この三つは同列に語る事じゃないんだぞ?」


「じゃあ、なんで?」


「⋯⋯何となく」


「⋯⋯私はウェルカムだけど?」


「僕はノーサンキューだ」


「さっきと言ってる事違うんだけど?」


「さっき決めたんだよ」


「取り消して」


 そう言って座りながら准の脚に蹴りをかますミニ藍莉は不服そうにしていた。


「嫌だ。勘違いするのもさせるのも嫌なんだ。だから、取り消さない」


 蹴ろうとするミニ藍莉の脚を両脚で挟んで、動きを静止させる。


 しかし、少女には未だ脚が一本残っている。


 准の脚を踏んで、体重を掛け始めた。


「ちょっと、痛い!」


「痛くしてるの」


「なんで?」


「何となく」


「怒るなよ⋯⋯。別に学校で一人話さない人間が居るのなんて当然だろ?ましてや何時も話さない奴にだぞ?」


「うるさいなぁ⋯⋯」


「いてて!」


 挟んだ脚を抜いて、ソファに寝転ぶように身体の向きをテレビから准へと変えて、上半身を蹴り始めたミニ藍莉。


 その蹴る力は中々に重い。


「ちょっと、酷くない?!」


 脚を腕で掴む事で何とか攻撃は中止となり、一旦の平穏を取り戻した。


 そのはずだったのだが。


「あ⋯⋯」


 少女はズボンではなく、スカートであった。


 つまり、下着が見えていた事になる。


「え?⋯⋯はっ!」


 気が付いてしまったのだ。


 掴んでいる脚は更に暴れ始めて、強引に離れると、強烈な一撃を准の顔に叩き付ける。


 そして、ソファから崩れ落ちた准は床へと身体をぶつけた。


「女の子パンツ覗くな!変態!」


「これ、僕のせいなのか⋯⋯」


 痛みと困惑は行ったり来たりと右往左往。


「全く、油断も隙もない人の家に入り込んじゃったわね⋯⋯」


 そう言って、倒れた准とは真反対の方向に身体を向けて、体育座りでソファに座るミニ藍莉。


 一方の准は起き上がり、改めてソファに座り直して、ミニ藍莉を見た。


 その様子から不機嫌なのは当然として、足下にあったランドセルは准と藍莉の間に置かれるようにソファの上で構えられている。


「そう言えば、ランドセルなんで背負ってるの?」


「知らない」


「そう」


 ランドセルの側面にある給食袋と御守りが一つ。


 それが聳えている間は話し掛けない方が吉と判断し、炊飯器の音が鳴るまでの間、何も発する事なく二人はリビングでテレビを見ているのであった。

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