43 夜会のドレス
本文を訂正しました。ガーベラ・フォード。ミネルバの伯母様。
ローハン夫人。マリー・ローハンを同じ人物と扱っておりましたので、その部分を訂正してます。
43 夜会のドレス
「マダム・クロエ」は、ローハン家が長年贔屓にしている洋装店だ。お世話になっているというよりは、むしろ「贔屓にしている」ことを周囲に示すことで店を盛り立てている、と言ったほうが正しいかもしれない。
ローハン夫人のマリー様は、いつも早めに声をかけ、納得がいくまで相談を重ねてからドレスを仕立てる。決して無理難題は押し付けない。だからこそ店側も、マリー様を最優先の客として扱うのだ。そのスマートなやり方は、見習うべきものだと思う。
今回は、わたしが結婚して初めて出席する夜会のためのドレスだ。当然のように、マリー様は自分のものより、わたしのドレス作りを優先させていた。
その上、ガーベラ伯母様も一緒にいらしている。二人はいつものように楽しそうだ。
「ご結婚、おめでとうございます……」
縫子さんのひとりが、憧憬の滲む溜息とともに口にした。
「お式のお支度は、こちらでは……?」
そこまで言って、彼女は「あっ」と慌てて口を覆った。
伯母様はおおらかに笑って、その子に視線を向ける。
「ミネルバとアレクがね、結婚式は身内だけで済ませたいなんて言うものだから。今の言葉は聞かなかったことにしてちょうだい。本当に、我儘なんだから」
マリー様は楽しそうに、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「けれど、初披露の夜会だけは、わたくしの好きなものを着てもらうわ。こればかりは、こちらの我儘を通させてもらいますからね。それとミネルバ、もうわたしのことはお義姉様と呼びなさい」
「そうね、それがいいわ。いつまでも他人行儀は良くないわ」とガーベラ伯母様も言い出した」
「ほら、言ってごらんなさい」とマリー様に促された。
「はい……お義姉様」
「あら、いい響き。これからはずっとね」
「結婚式の準備なんて、人生で一番楽しいものがなくなったけど、その呼び方で許してあげましょう」
「まあ、今回はアレクに口出しさせないから、楽でいいわよね」
「もう、マリーったら」と伯母様が笑うと
「だって、そう思うわよね」とお義姉様が言った。
最後の「ね」は縫子さんに向けられていた。
彼の顔が、容易に想像できた。少しだけ不機嫌そうに、けれど結局は何も言えずに佇んでいる、あの顔。
「ミネルバ、あなたもあの子を甘やかしすぎちゃだめよ」
「甘やかしているつもりは……」
思わず反論しようとして、言葉が詰まった。否定しきれない自分がいる。
「だいたい今までだって、あなたの傍をうろうろして、邪魔ばかりしていたじゃない」
「邪魔って……」
さすがにそこまで言われると、頬が熱くなる。けれど思い返してみれば、思い当たる節が、確かにあった。
「でも、それがあの人らしいところでもありますから」
わたしがそう零すと、ガーベラ伯母様がちらりとこちらを見た。
「庇うのね」
「庇っているわけではありません。ただ……あの方は、趣味がいいと思いますから」
「ふぅん」
お義姉様は意味ありげに口角を上げる。
「まあいいわ。だったらなおさら、今回はわたくしの好きにさせてもらうわね」
「わたくしにも好みが……」
抗議の言葉を口にしながらも、期待に胸が高鳴っている自分がいる。
どんなドレスに仕上がるのか。そして、彼はどんな顔をするのか。
『似合っているよ』
そう言うに決まっている。その光景を思い浮かべて、わたしは少しだけ口元を緩めた。
ふと、空気が揺れた気がした。扉の向こうが、わずかにざわつく。
「誰か来たみたいですね」
縫子さんのひとりが小声で言う。いつもの来客とは少し違う、傲岸な気配。
「スペード夫人が来たと伝えてちょうだい」
はっきりとした、よく通る声がした。思わず、手にしていた生地から視線を上げる。伯母様も同じことに気づいたらしく、小さく息をついた。
「来たわね」
楽しそうでもあり、面倒そうでもある声音。
「馬車が止まっていたわ。フォード夫人が来ているのではないの?」
母の自信たっぷりな声が聞こえる。縫子さんが不安そうにお義姉様と伯母様を見た。
「親戚だからって、店に無理を言うつもりはないわ。ここに彼女を呼んでちょうだい。これ以上、表で騒がれて店に迷惑をかけられないもの」
伯母様が縫子さんを安心させるように言い、そのまま招き入れるよう促した。
わたしは、テーブルに出してあった生地や小物を手早くまとめて棚に入れた。デザイン画も、目に触れぬようひとまとめにする。
「ここにいたの。ミネルバも一緒ね、元気そうで何よりだわ」
「おかげさまで」
母に続いて入ってきたフローラが、わたしの様子、そして隠しきれなかったドレスの端を値踏みするように見つめた。
「お姉様ったら、自分だけ勝手ばかりなさって」
お義姉様が静かに母へ切り出した。
「ドレスを作りたいんですって?」
「ええ、ここで作らせてみようと思って」
「それなら、予約をなさいな」
「ええ、そのつもりですわ」
「だったら、騒がずに予約をお取りになれる日を待つことね。店を騒がせるのは感心しないわ」
母はいら立ったように声を荒げた。
「その予約がとれないのよ!」
「先に予約した方がいれば、当然でしょう」
「もう、じれったいわね。意地悪しないで。わたくしを優先させるよう言ってちょうだい」
「それは出来ないわ」
「いつも、あなたはそうしているじゃない!」
「していないわ。わたくしは数ヶ月前から順序を守っているもの」
「嘘おっしゃい!」
「嘘などつきません」
「よくってよ。親戚なのに、なんて冷たいのかしら」
伯母様が涼やかに微笑むと、母は伯母様とお義姉様とわたしを忌々しげに睨みつけ、部屋を出て行った。
わたしは、母とフローラの後ろ姿を見送っても、心が動くことはなかった。寂しさも、残念に思う気持ちすら、もう湧いてはこない。
「母は、『金の針』で作らないのでしょうか?」
「みたいね。あちらの看板のような顔をしていたのに」
「ええ、本当に」と三人で話した。
そこにオーナーがやって来て、お義姉様と伯母様に深く頭を下げた。
「申し訳ありません。お二方にご負担をおかけして……」
「いいのよ、身内の不始末ですもの。こちらこそ申し訳なかったわ。今後、わたくしの名前を出されても、無理な要求は無視して構いませんからね」と伯母様が言うと
「ありがとうございます」とオーナーが深く頭を下げた。
その後、勢いでもう一着作ろうとするお二人を、「まずは気持ちを静めましょう」となだめ、三人でお茶を楽しむことにした。
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