27 ルークの策略
ルークの視線に気づいたのはアレクサンダーだけではなかった。ローハン氏もまた、愛娘へ向けられたその熱のこもった眼差しを見逃さなかったのである。
その瞬間、ルークはローハン氏にとって最大の敵となった。
ルークは一瞬たりとも無駄にしなかった。
令嬢と談笑していたミネルバのもとへ歩み寄ると、彼女がお菓子作りをするという話題を巧みに拾い上げ、自然な流れで褒め言葉を添えた。
「料理人の料理はもちろん美味しいが、誰かのために心を込めて作った料理には特別な魅力がある。最近、私の国では皆で料理を作るお茶会が流行り始めてね。妹に駆り出されて、卵白を泡立てる係をやらされたんだ。令嬢五人分の泡立ては大変だったよ」
そう言って場を和ませると、さらに続けた。
「絵の得意な令嬢がね、自分で作ったお菓子をスケッチしているんだ。それが評判になっていてね」
「わぁ、ミネルバ。ミネルバこそ時代の先端にいますね。お菓子が作れるんですもの」
マーガレットの言葉により、ミネルバは今度は、時代の先端を行く令嬢として持ち上げられることになった。
そんな和やかな空気の中、ローハン氏がやって来て、ルークを強引に男性陣の輪へと放り込んだ。
その様子をアレクサンダーは、どこか愉快そうににやにやと眺めていた。
やがて王太子が姿を見せ、アレクサンダーに感謝の言葉を述べた。
「本当は城に来てもらって正式に伝えたいが、君は来ないだろうから、ここで述べさせてもらう」
そう言うと、王太子は礼を取った。
アレクサンダーは慌ててそれを止めようとしたが、間に合わなかった。王太子は笑いながら小声で言った。
「城に寄りつかないお前への嫌味だ。これに懲りたら顔を出せ」
「だから嫌なんです」
アレクサンダーは王太子を睨んだ。
園遊会が終わり、それぞれが帰路につく中、ルークはアレクサンダーに誘われたと言い張って、意気揚々とローハン家へ向かった。
不思議なことに、翌日にはルークは、しっかりローハン家の日常に溶け込んでいた。
ミネルバがマーガレットに字を教える時間になると、ルークは当然のようにその場に居合わせ、静かにペンを走らせる二人を邪魔することなく、興味深そうに見守っていた。
さらに驚いたのは、お菓子作りの時間だった。
ルークは袖をまくり、自ら進んで手伝いを申し出たのである。
「バターを練るのなら、力仕事は男に任せておきなさい」
そう言って軽やかに作業をこなすルークの手際は見事だった。
焼き上がったお菓子を前に、マーガレットとミネルバは「ルーク様がバターを練るのが上手だったから、こんなに美味しくできたのね!」とはしゃいで喜んだ。ルークはその様子を、満足そうに、そしてどこか嬉しげに見守っていた。
そんな日々の中で、ミネルバはふと気づいた。
ルークはいつも軽妙な振る舞いで場を和ませているが、その裏には深い知性と、周囲への細やかな思いやりが隠されている。
「ルーク様は、わざと軽やかさを演じていらっしゃるのね。本当はとても聡明で、優しい方。アレクサンダー様のご友人だということが、よくわかりました」
ミネルバがそう感想を伝えると、アレクサンダーは複雑そうな苦笑いを浮かべた。
「あいつは、そういうところが計算高いんですよ」
口ではそう言いながらも、アレクサンダーは内心で認めざるを得なかった。
ルークという男は、大事な姪であるマーガレットの相手として申し分ない人物である。マーガレットが成長するまで、彼は急かすことなく待ってくれるだろうという確信もあった。
けれど、叔父としての複雑な心境が消えるわけではない。
(条件としては完璧だが……。いや、やはり簡単に認めるのは口惜しいな)
アレクサンダーは、自分と似たような「腹黒さ」を持つ親友の顔を思い浮かべた。
ルークは、まるで何気ない世間話でもするかのように、しかし明らかに計算を滲ませながらミネルバの前で口を開いた。
「冬になったら、また遊びにおいでよ。ちょうどアレクに頼みたい仕事もあってね。まあ、断られたら困るんだけど……」
わざとらしいほど控えめな言い方だった。
アレクサンダーは眉をひそめ、ミネルバはくすりと笑った。
だが、ミネルバはアレクサンダーの仕事に口を出さない。
ルークとて、それは承知している。
そこに、軽い足音が近づいてきた。
「ねえ、聞きましたわ。冬になると、ルーク様のお国は、街並みを明かりで飾るんでしょう?」
マーガレットが目を輝かせて駆け寄ってきた。
「わたしも見てみたいわ。三人で行くのだったら、お父様も反対しないと思うの」
その言葉に、ルークは嬉しそうに目を細め、ミネルバは微笑ましげにうなずいた。
アレクサンダーだけが、胸の内で複雑な感情を抱えていた。
(……なんだこれは。邪魔したい気持ちと、応援したい気持ちが半々じゃないか)
ルークの策略家らしい笑みを見ると、どうにかして一矢報いたくなる。
だが、マーガレットが楽しそうにしている姿を見ると、自然と胸の奥が温かくなる。
(ああもう……。どうしてこう、面倒な方向にばかり転がるんだ)
アレクサンダーは深く息を吐き、二人の期待に満ちた視線を受け止めた。
「……わかった。冬の街を見に行こう。ただし、ルーク。お前の頼みたい仕事とやらは、内容次第だ」
「もちろん。アレクなら断らないと信じているよ」
ルークは悪びれもせず笑った。
その笑顔が、アレクサンダーの神経をほんの少し逆撫でした。これは姪を思う叔父の気持ちだ。
しかし同時に、彼は気づいていた。
マーガレットの未来を思えば、ルークほど信頼できる相手はいない。
それでも、素直に認めるのはやはり癪なのだ。
(……冬までに、何か一つくらい意地悪を仕掛けてやる)
そんな決意を胸に秘めながら、アレクサンダーは静かに笑った。
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