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マーマン防衛軍  作者: ベスタ
7/21

6 内政官ナップ

 サイガンドの軍を引き連れたタコスは、サイガンドの国境を超えてそのままタロスの首都、アミノに向けて侵攻していた。


 サイガンド海域からアミノに着くまでは海域の境にある砦を超えなければいけない。それにいくつかの街を超えてようやくたどり着くのである。

 しかし、タコス軍は驚くほどに抵抗らしい抵抗を受けずアミノへと侵攻できていた。


「どういうことかわかるか、ボニート」

「全ての軍をカララトへと侵攻させたのでしょう。今回の戦争は『カララト軍対サイガンド・タロス連合軍』の戦いでした。そのためタロスとサイガンドの間の防衛はいらないと判断したのでしょう」


「なるほどな」とタコスはボニートの言葉に頷く。

 ボニートは元はサイガンドの将軍である。降伏して日も浅いがボニートの能力は誰もが認めるところであった。


 元々はオームがその手腕を信頼しており、一緒に行動するうちにタコスもボニートの手腕を認めるようになっていた。

 なんでもそつなくこなすボニートの判断であれば頷けるというものであった。


 障害らしい障害もないままタコス軍はそのままアミノに到達した。


「あちらがタロス海域の首都であるアミノになります」

「おお」


 ボニートの説明に、戦争中であるというのに驚きの声が漏れるタコスであった。





 アミノは城塞都市である。

 辺り一面砂の広場の中に特徴的なアミノ城を中心に十字に街が伸びており、それぞれの方角で専門の仕事を担っているようだった。


 しかし、なんといってもそのアミノ城の外観である。

 アミノ城はとても巨大な三角錐の形をしていた。それも半透明の濁りガラスのようなもので形作られており、海上から差し込んだ太陽の光があたりに光を反射してとても美しいものであった。

 わかりやすくいうならば水晶のピラミッドである。

 お金もさることながら加工技術、建設する重労働、砂などに埋もれないための維持費を考えるととんでもない労力と資源資金がかかっていることがわかる。


 そんなアミノ城であったため、アミノの街もアミノ城にもそんなに兵士がいないことが手に取るようにわかった。

 そのままアミノに侵攻するタコス軍。慌てて防衛しようとする防衛部隊もタコス軍から槍を向けられると武器を捨ててあっけなく投降した。





 アミノ城前に来ると、入り口で1人の内政官が城内から駆け寄ってきた。

 タコスが前に出るが、警戒したボニートがタコスの前に槍を構えて前に出る。


 今回の作戦はタコスが鍵である。タコスは支配者であるので支配者のいない街に行けば、スムーズに相手を降伏させることができる。

 基本的に魚人は支配者に力を貸したいようにできているのだから。それでもボニートはひとまずの警戒を怠らない。


「俺様は支配者であるタコスだ。お前が責任者か」


 だがタコスは物怖じしない。むしろ威圧的に出てきた魚人に話しかける。それだけで相手は恐縮したようにかしこまって頭を下げた。


「こちらで内政を担当しておりますナップと申します」

「なるほどな。お前に話すのが1番はやそうか? それともここにはビゼンの1番魚人がいたりするのか?」


 ナップに尋ねるタコス。

 これは大事な質問である。1番魚人とは他の魚人と違い、ある程度の権限と信頼がおかれているものである。1番魚人の決定はその海域において支配者に次ぐ決定権を持つものである。

 そのため、支配者から特別に強い信頼を受けているものがなるのだ。周りの魚人が降伏しても1番魚人だけは反抗をする可能性が強い。


 だが、ナップからは予想外の答えが返ってきた。


「この国には1番魚人はおりません。喜んで降伏いたしましょう」


 そういったナップはどこかホッとした表情を浮かべていた。タコスは少し考えた後、ボニートに横目で指示を出す。ボニートはその指示を受けるとナップの顔に槍を突きつける。


「なっ、なにを…!」

「信頼するには情報が足りない。この現状を見る限りお前が1番の責任者であることは間違いなさそうだからな。お前が1番魚人で裏切る可能性の方が高い」


 他のアミノの魚人はタコスたちから一歩引いて話の行く末を見ている。応援で他の魚人を呼んだりといったこともないのだから、ナップがかなり責任が高い位置にいることは間違いないのだろう。


「相手は残酷残虐で有名なビゼンだ。こちらを油断させて殺すという作戦がないとも限らん」


 タコスが思案中に片目を開けてナップを見る。金色の瞳がナップを品定めするように見つめると、少しくたびれたような格好をしているナップは理解したように頷いた。


「なるほど。これくらいは理解できる、ということですね」


 ナップはため息をつくと顔をうつむかせた。しばらくして顔を上げるとその顔は格好と同じようにくたびれた顔が浮かんでいた。くたびれながらも、笑顔ではあったが。


「はぁ。ま、わかっておられるのでしたらこちらから打てる手はありません。私もまだ死にたくありませんのでね」


 ガラリと雰囲気を変えたナップは、突きつけられた槍に両手を上げて抵抗の意思がないことを示した。そして少し周りに呼びかけるように大声を上げる。


「ほら、お前らも武器を捨てろ。俺が殺されちまうだろ」


 態度の変わったナップの言葉に周りの兵士たちが槍を放棄する。ナップはそれを見てボニートの顔を下から眺めるように見て、あげている手で槍の穂先を指差す。


「というわけで、こいつを下ろしちゃくれませんかね?」

「降ろせ」


 タコスは短く告げる。従ったボニートもタコスも警戒だけは緩めていない。


「信頼はされるとは思っちゃいませんよ。ただ、これからいうことは真実だと言っときましょう。さっきまでも嘘は言っちゃあいませんがね」



 ナップは軽く首を振ると妙にオヤジ臭い仕草でタコスにビゼンの作戦を説明した。


「まず、ビゼンの作戦ですが、サイガンド軍の進路にアミノへ行く道とタロス海域を通ってイソボン砦に向かう道が考えられてました。

 残虐な面ばかり目に写りがちだが、うちの大将は頭が切れる。サイガンドが負けた場合の用意もしてあったんです。


 アミノに来た場合は降伏を持ちかけ、交渉中に油断したところを殺すように言われています。オームは実戦経験が乏しいですからな。油断すると踏んでいたんでしょうが、来たのはまさかのあんたでしたがね。


 イソボン砦に来た場合は降伏したイソボン砦にいるものを防備に回します。サイガンドの軍ともほぼ同数の兵士が降伏しています。十分足止めしている間にビゼン自らポリフェルを落とすという筋書きでしょう」

「今からでも狙って見るか?」


 タコスが自分の首を指し示し、金色の瞳を剣呑に光らせて不敵な笑みでナップを見る。タコスの言葉に緊張が走る。

 少し驚いたような顔を見せてナップは首をすくめた。


「やめてください。俺は死んでもいいと思えるほど、ビゼンに忠誠なんざ誓ってません」


 それを見たボニートは警戒を少し緩めた。よほどの演技ができるものでない限り、今のナップは本音を語っているように見えたのだった。


「俺らは少なくとも中立を保とうと思ってます。あんたはここには来ていなかった。だから戦いも起こらなかった。そんなふうに処理しとく。その代わりあんたらに食料や武器を供給しましょう。

 それで手を打ちませんかね」

「ほう。いいのか?」


 タコスがナップの申し出に驚く。

 攻めて来た敵を攻撃をせずにむしろ援助する。それは立派に裏切りとも取れる行動であった。


「別にいいんですよ。どうせ物資は少ししかない。そんなものを守るために死ぬくらいならあんたらは来なかったと報告します。

 あんたらがビゼンに勝てばこっちとしても大助かりだし、負けてもこれなら言い訳が立つ」


 ナップはそう言った後顔に渋面を作った。


「いっちゃあなんだがビゼンは最低だ。

 あんたらもタロス海域が砂でできた海域だっていうのは知ってるだろ?


 カララトのように海藻が育ちやすい暖かい土地でもない、サイガンドのように入り組んだ地形で小魚が繁殖できる土地でもない。じゃあなぜカララトはともかくサイガンドよりも多い軍備が用意できると思う?


 答えは強引なジンカと戦闘を目的としていない魚人の軍人化だ」

「なんだと?」


 タコスはその言葉に目を見開く。そこには驚きと怒りと戸惑いが浮かんでいる。






 タコスはあまり話さないが、ジンカにはダゴンが決めたルールがある。今はほとんど敵対していると思われるダゴンとタコスではあるがそのルールはタコスですら守っているのである。


 ルールその1。

 ジンカをする前に、相手に明確なジンカの意思があることを確認すること。

 どんなに軍隊を増やそうと思っても、ジンカの意思を持たない魚を魚人にすることは許されない。中には魚人ではなく魚で一生を終えようと思っている魚のほうがほとんどなのだから。


 ルールその2。

 ジンカをした魚人は、ジンカした時の意思を完遂するための人生を歩ませること。

 武器作り、食料作り、服作り、家作り、粘土板作り、魔法道具作りと色々職業があるが、その職業に就きたいと思った魚人を本人の意思に反して他の職業につけないこととなっている。ジンカしたときにその職業になりたいと思った魚人は、その職業に適した能力を受けることが多いからだ。適材適所ともいう。


 ルールその3。

 ジンカを希望する魚は、どんな魚であろうとも拒まずにジンカを行うこと。

 これはスイカが一度テルをジンカさせようとした理由である。しかし、当時のスイカは部下の強権に怯えて実行できなかった経歴を持つ。

 しかし、このルール3についてはダゴンが直接指示したにも関わらず理由については一切説明していないため、理由不明となっている。


 この3つのルールのために中々『兵士』が増やせないのが現状であった。

 このルールを守っていたがために、タコスは瀕死であったサメのフーカをすぐにジンカしなかったし、ケルプの森でも案内をして貰うものを勝手にジンカさせず募集したりしたのだ。

 魚人化しても戦闘を希望しないものでは薄い民を戦闘に連れて行かなかったり、ケルプの森の案内人であるキチンをサイガンドのクエン侵攻に連れて行かなかったりしたのだ。


 しかし、ビゼンは強制的に魚を魚人にし、兵士に仕立て上げることで軍備を一気に強化した。

 ビゼンは禁を破ったのだ。




「そんなことをしたら大叔父貴が黙っていないだろう」

「ダゴン様が自らこの海域に来るはずもないだろう? 視察が来てもこの国に長く滞在しないとそんなことはわからないしな」


 ナップは深いため息をつく。


「繰り返すがビゼンは頭がいい。

 有名な残虐な態度は自分の欲望を満たすためでもあるが、それと同時に他の見せたくない部分へのカモフラージュも兼ねている」


 また、ナップはため息をつく。


「痩せた国で軍隊を維持するだけでも相当大変だ。魚人の反乱も起こったが戦闘訓練とばかりに叩き潰された。減った兵士は無理やり補充される。


 反抗するものは殺される。従う者も結果を出せなければ殺される。そうした統治の結果、恐怖がこの海域を強くした。皮肉にもな」


 ため息をつくナップにタコスが尋ねる。


「そんな態度でよくお前は生きて来れたな」

「俺は結果を出しているからな。それに恐怖で縛る方法はなにも完全に悪じゃない。お陰で戦闘狂のオームですらタロスの海域境で騒いでいるだけだった。


 この痩せたタロス海域で他の奴らを自由にさせなかったのはビゼンでなければできなかっただろう」


 そこまで言ってナップは面倒臭そうにまたため息をついた。


「だが、恐怖っていうのは長くは続かない。

 俺たちはもう、怖がることに疲れちまったんだよ」


 ナップの言葉にタコスはなにも言えなかった。ナップが疲れているのは本当のことなんだろうと思われる。その証拠にナップは先程からため息ばかりついている。

 おそらく、無意識に。


「それほど優秀ならお前が1番魚人でも良さそうなものだが」

「さっきも言っただろ? この海域には1番魚人はいない」


 タコスは現状をここまで把握しているナップの能力を認めた。だがナップは首を振る。


「ビゼンは自分しか信じていない。そんな奴が信頼できるものの代表である1番魚人なんて作るわけがない」


 ナップはそういうと寒そうに少しだけ体を縮こませる。


「俺がビゼンを怖いと思うのはそこだ。魚と違い魚人には本能以外に知性がある。誰かを大事だと思うし失いたくないと思う。だがあの人にはそれがない。

 支配者で共通してんのかとも思ったんだが、あんたはそういうわけでもなさそうだしな」


 話を向けられたタコスはなにも言わなかった。だが、眉間に少しだけシワがよっていた。


「だが、あいつにはそんなものがないんだ。自分にはないから相手にも平然とひどいことができる。綺麗に笑いながら相手を殺すことに快楽すら覚えるのさ」


 ナップはタコスの顔をみやってはっきりと告げた。


「俺にはそれが怖い」


 それはナップの偽らない真実なのだろう。他に何か考えているのかもしれないがタコスには少なくともわからなかった。タコスはナップに背を向けると去りながらいう。


「お前のいうとおりにしてやろう」


 去りゆく背中にナップは声をかけた。


「頑張って勝ってくださいよ。難しいとは思うが」


 タコスは手を上げてひらひらと振る。とりあえずアミノの無力化は終わったのだ。ならばタコス軍はここでモタモタしている暇はない。

 ナップの言葉が正しいのであればポリフェルは予想以上に苦戦をしているということになる。

 ビゼンの翻弄するような魔性とも取れる行動に、タコス軍は今のところなにも有効な対策を立てられていない。


「急ぐぞ」

「はっ!!」


 それでも、タコスは急いでポリフェルに向かうこととした。ボニートも頷いて歩を早める。

 タコス軍はアミノに到着したその日のうちにポリフェルに向けて出発したのだった。

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