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マーマン防衛軍  作者: ベスタ
21/21

20 憎悪

 光のささない7つの海の中心となっているマカレトロ。

 海に住まう全ての者にとっての、神にも等しい存在である偉大なるダゴンが住まう海。


 となりのハルカズムに比べてもより暗い。それはマカレトロの支配者であるダゴンが光を極端に嫌うからだった。

 それでも10年以上昔にはハルカズムの隣であるナラエゴニヤまで足を伸ばしたものであるのだが、ここ数年は特に極端に光を嫌がっているのだった。


 何が原因なのかはわかっていない。ダゴン本人も決して医者などにもみせず、暗い海域の暗い城の中でも最奥の、暗い部屋の中で遮光香を焚いてすごしているぐらいである。




 遮光香はダゴンの持つ魔法の道具の中でも最上級に位置する道具である。

 遮光香を焚くと香炉から紫の煙が溢れ出し、海域丸ごと暗闇に包まれる。光も届かない暗闇だが不思議とものはよく見える。ただ、やはり暗いのか白黒しか判別はつかないので、色は白黒の濃淡でしかわからない。


 夜の闇を抽出した神の世界の物語の道具であり、おとぎ話のアイテムである。

 ダゴンが世界統一のカララト侵攻の道中、この香を焚いたことによって暑さが激しいカララトを冷やし、一気に支配をしたという伝説のあるアイテムなのだ。


 最近までは存在自体を覚えているものはいなかったのだが、ダゴン本人が持ち出したことによって、伝説は本当だったのだと多くのものが思い知ったのだった。




 生活が不便ではあるがそれが支配者が指示したことであるのならば、誰も文句を言わずに従う。

 そのせいもありマカレトロでは汚れなく白い者、黒い者こそが至高であるという狂ったファッションが半ば当然のようにまかり通っていた。


 それを聞くたびにダゴンはできの悪い子供達がおかしなことをしているように笑いがこみ上げてくるのであった。


「くっくっくっ。…たまにはわしを笑わせることもできるではないか」


 退屈に苦しんでいるダゴンにとって、その滑稽さはむなしさで満たされたダゴンの心をほんの僅かに癒すものであった。だが、ダゴンは決してそんなことを部下のものには言ったりしない。そんなことを言えば国を挙げて愚かな行為が蔓延するであろう。

 下手をすれば全ての海域が。


 それはダゴンの思うところではなかった。


 そもそもが、ダゴンは純白や漆黒を特別美しいとは思わない。それも良いものではあるが、やはり色とりどりの世界が心を豊かにさせてくれると思っている。

 ダゴンがとった延命の行為が、曲解されて人々に受け取られているのがなんとも可笑しく、なんとも愛らしかった。


 コンコン


「…入れ」


 ダゴンの部屋に人が来るのも珍しい。いや、楽しそうな雰囲気を出してしまったから部下がきやすかったのかもしれない。普段は人を近づけないオーラを出しているダゴンである。

 面白いことでもあればと聞いて見る気になったのは確かであった。

 今では滅多にダゴン本人のところに来てジンカを願う魚もいなくなってしまったのも、ダゴンにとっての退屈であった。


「失礼いたします。お寛ぎのところ大変「要件は?」」


 部下がいちいち前口上を述べるのが毎回邪魔であるダゴンとしては要件を話して欲しかった。そもそもくつろいでいるところを邪魔している自覚があるのであるのならば要件を早く話すことこそ大事であるはずだろうに。


 部下は居住まいを正すと頭を下げて報告して来た。


「はい。ナラエゴニヤの支配者であるクレイオー様より連絡が届きました」




 クレイオーはダゴンの血族である。ただし、その血縁は非常に遠い。

 一族の者から大叔父様と言われているダゴンであるが、本来の血縁呼称ではない。

 何代も歳を重ねても死なないダゴンよりも先に、他の血族のものが先に死んだ結果、『大叔父』という呼称のみが残ったのである。

 そう呼んでくれたのはひ孫の可愛いらしいものであったことまでは覚えている。彼はどうしたのか。


(ああ、もう随分と昔に死んでしまっていたか)


 周りからはダゴンのサポートをよくした賢王と呼ばれ、ダゴンが働かずとも世界がきちんと回るように政治形態を整えた男であった。

 周りからは呆れられるくらい長寿と呼ばれた男ではあったが、ダゴンの前で寿命を全うして、みんなから惜しまれて死んでいったのを思い出した。


 その頃からであろうか。ダゴンが物事におもしろいと感じる力が弱まっていったのは。

 あの時ほどダゴンのみにかかる呪いを憎く思った時はなかった。


『不老長寿』という祝いとみえる呪いを。


 あの方が寂しそうであったから、辛そうであったから若き日のダゴンはその悲しみが少しでも癒せるのならばとあの方と同じ時を過ごすことを望んだ。

 一介の海産物であるダゴンは、その時ジンカの奇跡を受けた。そして、ほかのものにもジンカの奇跡を与えるように使命を与えられた。

 ジンカを受けたことに悔いはない。今でもあの時と同じ状況がくればきっと同じようにジンカを受けるだろう。


 ただ、ダゴンは疲れきっていたのだった。


 ダゴンはシワのよった手を顔に這わせる。やはり退屈はいけない。

 退屈は死に至る病なのだと心の底から感じることができた。




「………さま? ダゴン様?」

「ん、ああ。聞いていなかった。もう一度」


 部下が心配そうな顔でこちらを見て来る。だが、ダゴンとしては煩わしいだけのものであった。話を促すと、部下は最初からもう一度話し始めた。

 思考のそれる時がある。歳のせいかとも思ったが不老を受けているダゴンではあり得ないことであった。内心で苦笑するダゴンに思いもよらない報告が寄せられる。


「ナラエゴニヤの支配者であるクレイオー様より連絡が届きました。


 ダゴン様の指示により反逆者タコスがいるカララトに、サイガンドにおられるオーム様、タロスにおられるビゼン様が攻め込みましたが負けてしまい、サイガンド、タロス共にタコスの支配下となりました。


 クレイオー様は自分もタコス軍に侵攻をかけたほうが良いかと尋ねてきております。疲弊したタコス軍を叩くのであれば今が機会かと………ヒッ」


 部下は途中で報告をやめた。

 恐怖のあまり報告できなかったのである。

 それは目の前のダゴンが明らかに不機嫌であったからだった。


「ふむ。訊ねるが、この世界にダゴンと言う名の他の支配者がいるのか?」

「い、いえ。ダゴン様は世界で御一人でございます」

「そうか」


 この海に住んでいるものでダゴンと言う名前は支配者であるダゴンを指すものである。ダゴン自体は禁止していないからわからないが、「ダゴン」の名前を支配者につけるのは不敬であると思われている。

 そのため、支配者にかかわらず魚人達もダゴンを名乗ることは決してしなかった。


 ちなみに余談だが、偉人の名前にあやかることは海の世界でも普通に行われている。タコスという名前には『ダゴンのように偉大に』という意味が込められていたりする。


「では、指示した記憶のない命令は一体誰が出したものだ?」

「そ、それは…」


 口ごもる部下にダゴンはなんとなく誰が指示していたのかを思い至り、頭を抱えそうになった。


「ツナ家現当主のライト=ツナ様です」

「やはりか…」


 部下もライトの空気が読めない能力が、主君であるダゴンの頭を悩ませているということを知っているのだろう。言いにくそうに告げた名前はダゴンの予想通りであった。


「ライト=ツナを呼べ」

「ははっ!!」


 部下は逃げるように素早く退室していった。1人になるとダゴンは退屈が無くなって欲しいと思っていたがこういう忙しさはいらない、と大きくため息をついたのであった。





「ツナ家の当主、ライト=ツナ。ただいま馳せ参じました」

「来たか」


 ちょうどライトは剣の修理でマカレトロに戻って来ていたところであった。

 急いで剣の修理をしてタロスに向かいビゼンの手助けをする予定であったのだ。

 いくらタコス軍が弱くともカララト、アーラウトの2つの領地を持っているのだ。剣の修理をして再び戦争に赴くまでは保つはずであった。


 少なくとも別れる間際のオーム陣営は負ける要素は皆無であったし、残虐さで有名なビゼンの用意周到さはそこらの将では歯が立たないであろう。


(これでダゴン様の憂鬱も晴れることであろう)


 信じて疑わないライトは、目の前のダゴンから漂って来ている怒りのオーラにすら気付けないでいた。


「お前か。わしの指示でといってサイガンドとタロスをタコス軍にけしかけたのは」

「はい。私めが行いました」


 悪びれず言い切るライトをダゴンはねめつける。


「わしがいつそんな命令を下したのだ?」

「はい。命令はくだされませんでした。


 それは命令などせずとも自分で考えて動けという指事だと思い至り、タコスを潰す最善の方法で攻撃を仕掛けたのです。


 先の戦いで疲弊したタコス軍はもはやまともに戦うことすらできますまい。そこに2つの海域が力を合わせて攻め込めば、どんなに力があろうとも決して勝つことができないと断言しましょう」


 ライトは本人の意思もなくタコス軍の最大の戦力であるフーカを倒してもいる。その自信の表れにダゴンの瞳が大きく開く。

 流石に、ライトとはいえ、体が麻痺したように動けなくなった。手の指先はもちろんのこと、足の指先まで動くことを忘れてしまったように動かない。ライトの全身がピクピクと意味のないけいれんをし出していた。


「先程、ナラエゴニヤのクレイトーから連絡があり、サイガンド、タロスが陥落したという報告が来た」


 驚くライトであったが、驚きの声すらも出せない。それくらいダゴンのプレッシャーはすさまじいものがあったのだ。


「私も攻めたほうが良いですか、と。何かいうことはあるか?」

「お、おそれながら……」


 緊張が解けたので発言を許されたライトが、倒れこむように地面に手をつきひれ伏しながら言葉を告げる。息が上がっているが今はそんなことに気をかけている暇はなかった。


「あれほどの布陣で負けることなどありえません。食料がわずかな状態で2つの軍から同時に攻められているのです。また、負けるにしても早すぎます。誤報ではありませんか?」


「オームは負傷して降伏。ビゼンは殺害されたと書いてあるな」


「であればなおさらです。


 オーム様は敵の正面の軍を優秀な部下に任せ、持久戦の構え、本人は自領の奥に戻っているはずです。食料事情の問題が残るタコス軍では突破も防衛もままならず、オーム様に会うことすら不可能なはず。


 ビゼン様も戦いを後方で指揮をするタイプです。自分の価値を正確に把握されているビゼン様が、殺されて敗北するなどといったことはどう考えても起こり得ません」


 それこそおとぎ話でもなければ。

 絶対的に不利な状況で勝てるものなどこの世界にはない。起こることが起こるべくして起こるのだ。そこに運が絡む要素はほんの少ししかない。


 なおも言い募ろうとしたライトに再びダゴンが視線を向けた。




「さえずるな」



 たった一言、ダゴンがそういっただけでライトは何もいえなくなってしまった。

 ダゴンの瞳がよく見える。

 その金色の瞳は横に割れ、感情が高ぶっていることを知らせている。

 たったそれだけで、全てのものに剣の腕前で圧倒して来た騎士は、何も喋ることができなくなった。いや、息苦しいくらい口を開くのもはばかられた。


「これは結果である。

 そもそも、わしはなんと命令したか」

「……手出し無用、と」


 空気の温度が下がったように感じた。

 それはナラエゴニヤの寒さを経験しているライトですらも、耐えられない寒さであった。ブルリ、と身震いをする。


「お前はそんな命令すらも守れなかったのだ。

 罰を与える」


 言葉を聞くことしかできず、跪くしかないライトを見てダゴンは考える。

 ツナ家は優秀な家柄である。

 ツナ家の当主というものは国家に対する貢献が大きく、優秀な人が多数派遣されている、と世間に思われている。


 ダゴンにとってそれは、周囲が思っているほど大事な事柄ではないのだが。

 だが、ダゴンはこの男が思う死よりも重い罪を考えついた。それは面白いことのように思えてダゴンは内心微笑む。


「謹慎1年とする。屋敷内は自由にしていてもいいが外に出ることを固く禁止する」

「それは」


 貴族当主が外に出られないだけ。しかし、恥を重視する貴族なればこそ、その意味は重くのしかかる。本人だけの問題ではない。輝かしい経歴を傷つけられること。それこそが何よりも重い罰なのだから。


「死ぬことは許さん。当主から降りることも許さん。当主として1年間謹慎するのがお前への罰だ」


 ここのところ大きな処罰が下されなかった貴族界での大きなスキャンダルである。おそらくツナ家の株は大きく下がることになるだろう。

 なにせ勝手にダゴンの名前を使ったばかりか、サイガンド、タロス両海域を敵に渡した上に支配者を危険にさらし、1人殺されているのである。


 国家反逆罪でツナ家が皆殺しにあってもおかしくはないのだ。

 むしろ恩情のあまり泣いて嬉しがっても良いほどである。


 だが外聞を重視する貴族社会にとっては死んだも同然であった。今後、ダゴンと顔を合わせることすら不可能となるであろう。


「う、承りました」


 だが、受けねばならない。

 ツナ家の名を地に落とした当主として、後々まで名を残される。それがライトの最後の仕事であったのだから。


 ライトが退室した後、ダゴンはクレイトーに直筆の粘土板を書いた。


『決してこちらからは攻め込まないこと』


 予想外に勝利を続けるタコスに内心喜ぶダゴン。おそらくタコスは死に物狂いで戦っているであろう。それを羨ましく思うダゴン。


 かつてはダゴンも槍を片手に大海原を、世界統一の野望を秘めて駆け巡ったものである。海竜に支配されていた海をあの方が開放し、その統一を任されてからひたむきに、がむしゃらに駆け巡った日々。

 巡った土地、偶然の出会い、命をかけたやり取り。その全てが晴天の下で光を返す波間のように光っては消えて、消えては光って。眩しい思い出を蘇らせる。

 退屈など考える間もない時代。


(タコスよ。お前は今辛いだろうか、苦しいだろうか)


 記憶の中のタコスは随分と小さい。アーラウト海域に向かう前に子供の頃にあっただけである。記憶はおぼろげであり、思い出せない箇所も多くある。

 だが、彼の頭は赤い色ではなかったか。

 白や黒を重んじるダゴンの周りのものよりも何倍も面白い。


(だが、充実しているだろう?)


 心の底から、ダゴンはタコスを羨ましいと思ったのだった。





 ギィィィィィィ……バタン


 自室の扉が閉まり、真っ暗な部屋にライトは一人きりでいた。やることはない。これから1年の間、閉じ込められることとなったのだから。

 ライトは自分の心の中に、部屋の暗さと同じ黒い感情が渦巻いているのがわかった。


「おのれタコスめ。この屈辱。決して許さん!」


 天井を見て誓うライト。

 主君であるダゴンに怒りが向かないのは彼のまっすぐな忠誠心の表れか。

 ライトのまっすぐであるがゆえに歪んだ怒りの矛先は、タコスへと向かうこととなったのであった。


「許さん!」


 模擬刀を手に取ると宙空に向かってふるい始めるライト。


「許さん許さん許さん!!」


 ブンッブンッ


 その怒りに矛先を幻視し、闇雲に剣を振るうライト。振るうたびに力強く正確に。

 ライトの謹慎は始まったばかりであった。

今回でタロス海域にまつわるお話を終わります。

前回の海域より間が空きましたことお詫び申し上げます。

また、後々に引っ張るような感じになっちゃったのも申し訳なく思います。

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