19 タコスの私室にて
テルは忙しい日々をぬってタコスに会う時間を作ってもらった。
「お前から話す時間が欲しいというのは珍しいな」
そういってタコスはブドウをいくつか乗せた皿を机の上に用意していた。テルは椅子に座りながらいくつか房ごとブドウを取ると口の中に放り込んだ。
「ええ、ゲールラ元将軍のことです」
「あいつのことか」
テルの言葉に不穏なものを感じたタコスは椅子に座ったまま真剣な目でテルを見た。テルは自分の心境を伝える。
「ゲールラは許せないので殺しました。それ自体についてはなんの感情もありません」
テル自体は優しい人物である。自分でも無意識の内に大事な仲間の数を制限して、仲間の死に対して予防線を張っている節がある。
そんなテルが知り合いでもあるゲールラを殺すことで何かを抱えないか不安であったが、どうやら杞憂であったようだ。
テルは自分の仲間を傷つけられて、その人物を許せるほど人間はできていない。たとえかつて身内であったとしても。
「お前が裏切り者の死で何も抱えないのはいいことだ」
タコスは1つ心配事がなくなったことをいいことだと思っていた。しかし、テルは続ける。
「でも、話を聞けばゲールラのいうことにも一理ありました」
ゲールラは基本としてダゴンに刃向かうことを恐れていた。しかし、タコスを侮っていたのですぐに負けるだろうと踏んでタコスを手伝っていた。
予想外にタコスが頑張るので、引けないところに行くまでに早めにダゴン陣営に降伏したいと思ったのだろう。
やったことはダメなことだが、ゲールラなりにタコスを思いやった結果なのだ。
「ゲールラはゲールラなりにタコスを思って行動した結果、すれ違いました」
「そうだな、すれ違っている」
タコスはそう言ってテルに話を促した。
「思いはあってもすれ違うんです。それは、本当に怖いことだと思ったんですよ」
テルは続ける。
「いまは俺もタコスを手伝おうと思っている。だけどその思いもすれ違うんじゃないかって、思ってしまったんです」
テルはそう言って顔を伏せた。すれ違うこと、それは人間であった時も怖かったことだった。
佐賀輝彦はオタク趣味であったが、小さな子供の頃はそれでも他人と交流があった。おっさんになるにつれてだんだんと誰とも話さなくなった。最終的には仕事関係以外では誰とも話さなくなった。
話すことが怖かったのだ。
分かり合えないことがわかりきっていたから。そう決めつけていたから。
テルとなった今でもそれは根底に横たわっている。それでも他人と話せているのはみんながテルを支えてくれているからに過ぎない。
テル自身は、昔となんら変わっていないのだ。
いつか自分もゲールラのようになるのではないか。
そんな恐怖がテルの中に芽生え始めてしまったのだ。
「ないな」
タコスが自信満々に言い放った。あまりの自信の表れに軽くそういうものなのかと雰囲気に流されそうになったが、流されかけて戻ってきた。
「なぜ言い切れるんですか」
「なぜ? そんなもの決まっている」
タコスは自信に満ちた言葉でテルに語った。
「お前がテルだからだ。理由なんてそれで十分だ」
「それじゃ意味がわかりませんよ」
そう、テルとしてはちゃんとした理由が知りたかった。理由を聞いて安心したかったのだ。
だがタコスは「わからないのか?」といったあと言葉を足した。
「ゲールラはそんな話を俺様にしなかった。お前はしてきた。それが全てじゃないか」
「あ」
つい話しやすいのでテルはタコスによく話しかけていた。そういう意味ではタコスは非常に話しやすい。時には要領を得ない話でもタコスは辛抱強くきいてくれるものだから、テルもついつい話してしまうのだった。
だがそれは、すれ違いを治す最善の方法なのではないかとテルは思った。テルの口の中からノエがひょっこりと出てきてテーブルの上に乗る。
「そうッス。テルさんはすれ違っても話し合うことができるッス。それに悲しいことがあった時にその人のように悲しむことができるッスよ。それはゲールラにできなくてテルさんにできる長所ッス」
「そうなのか、な?」
ノエはブドウをいくつか食べると、飲み込んでから付け足すようにいう。
「それにテルさんが間違えたらフーカが止めるッス。フーカでも止められないならティガが。ティガがダメなら兄弟たちが。何よりタコス様自身がきっと止めるッス」
ノエは「もちろん自分も」と付け加えると、ブドウをもう一口食べる。
「ゲールラは裏切った時誰かに相談したッスか? 確か一緒についてきた五十六にも何も言ってなかったはずッス。それと違ってテルさんはみんなが止めてくれるッス」
ノエはにかっと笑うとテルに言った。
「よかったッスね。
これだけ止めてくれる人がいればテルさんが本気で間違った道に進みたくっても、行けそうにないッスよ?」
テルはノエの言葉に苦笑する。確かにそうなのだ。少なくとも腕力ではフーカが来ただけでテルはどうしようもなくなってしまう。
それはどうしようもなくありがたいことだとテルは思い知ったのだった。
佐賀輝彦はすれ違うことが怖くて、人と付き合うのをやめていた。
だが、人は人と付き合うことで、すれ違ったとしても戻ることができるのだ。多くの人と付き合えば付き合うほどテルが道を踏み外させないでいてくれる仲間。
「ありがたいな」
テルの漏らした言葉を聞いたタコスは満足そうに最後のブドウを口に運ぶと告げた。
「それで終わりか? ならもう出ていけよ。フーカはまだ万全じゃないんだろう?」
「聞いてもらってスッキリしました。 ノエも、ありがとな」
「ごちそうさまッしたー」
ノエは素早くテルの口の中に入っていった。よく見るとノエが大半のブドウを食べていた。
抜け目のないノエにテルは
「これはありがたくないなあ」
と笑って言った。
「あやつは1番魚人だったはずじゃが」
「ああ、そうだな」
テルが来た時に隠れていたスイカが顔を出す。タコスは大きく頷いてみせた。
「1番魚人のくせに自分の忠誠に疑問を持つのか?」
「面白いやつだろう」
タコスは不思議がっているスイカを面白がっている。スイカは考え込んでいるので気づかないが。
「そんな1番魚人は初めて見たのじゃ」
「そうだろうな。だからあいつが俺様の1番魚人なんだ。現状に常に疑問を持ちネガティブに考えている。常に改善点を求めてな。
逆に言えば超ポジティブだ」
現状で満足せずに向上心にあふれているとも取れる。確かに超ポジティブだった。
「だが、お前の1番魚人だったダイアにはなかった考えだ」
「ふむ」
タコスはテルに話し合いの時間を作ってくれと言われた時に、スイカをこっそりと部屋に隠しておいたのだ。それはテルの人となりを知ってもらうためであったが、それと同時にスイカに足りないものを教えるためでもあった。
スイカはなんとなくタコスの伝えたかったものを把握して、それを知ろうとしている。
「………なぜこんなことを?」
スイカはタコスに聞いてみた。以前のタコスであれば答えなかっただろうが、今のタコスはこともなげに答える。
「お前にも各地に回ってジンカをしてもらう。いま、我々には魚人が足りないからな。だから魚を見る目ってやつを養って欲しかったんだ」
その言葉にスイカが眼を見張る。
「タコス。おぬし本気で大叔父上と争う気か」
「ああ、本気さ」
魚人を増やす。それは兵士を増やすとイコールではないが、近い意味がある。
その目的は1つ。いずれダゴンのいるマカレトロに攻め込むため以外にない。
だが、すべての支配者の一族の長であるダゴンは海に生きる全てのものにとっては絶対である。
そのダゴンと争うとタコスは本気で言っているのだ。正気の沙汰では無い。
そう、何か特殊な事情がない限り。
「お主。大叔父上となにかあったのか?」
「別に。ただ俺様は大叔父貴をほかの支配者の奴らよりも好きだったというだけさ」
タコスとスイカは幼馴染である。だからタコスの行ったことある場所は大体スイカも行っている。だが、ダゴンと会うことはほとんどなかったはずなのだ。
接点がないもののことを好きというタコスに、スイカは不思議がるほかなかったのであった。




