18 治療院にて
テルは治療院のベッドの上に座っているフーカを見ていた。ドクタールファがフーカの背中に痛々しく巻かれている包帯を解いて行く。
そこには薄い傷跡だけが残っている綺麗な背中が姿を現した。テルは思わず呟く。
「綺麗だ」
「本当? やったー」
無邪気に喜んでいるフーカの頭を撫でてからテルはドクタールファに頭を下げた。
「フーカを助けてくれて、ありがとうございます!」
「なに、医者が患者を治療する。当たり前のことだ」
そう言うドクタールファのいつも暗い顔に珍しく笑顔が見えた。きっとドクタールファは患者が治ることを心から喜んでいるのだろう。
「フーカ君は元々治りが早い患者だった。血カビに侵食されていたから体力が落ちていたが、血カビを抑えれば十分に回復は見込めていた。怪我が治ったのは彼女自身の頑張りのおかげだ」
ドクタールファはそう言うと「お疲れ様」とフーカの頭を撫でて言った。フーカも嬉しそうに「ありがとうございました」とお礼を言っていた。
「それでも先生の薬のおかげで助かったことには間違いありません。本当にありがとうございました」
そう、テルはポリフェル城に戻った時にフーカの容態を聞いていた。一時期は内臓まで血カビが届きそうだったという。内臓まで侵入されればどんなに体力があっても死んでしまうのだそうだ。
ドクタールファの血カビを抑える薬がなければ危ないところであったのは真実なのだ。
それを聞いた時、テルは気絶しかかった。急いで向かった治療院には安心したようにぐっすりと眠るフーカと彼女を治療しているドクタールファ。それとフーカと同じように血カビで重症だったマコであった。
マコはテルがつけた傷から血カビが繁殖したらしい。今では全快しているが傷をつけたテルとしては申し訳なさもあった。
しかし、マコは「気にしないでください」と笑っていた。頻繁にオームが面会に来ていたそうだ。実際の戦闘ではあまり役に立たないオームは、今までの隙間を埋めるかのようによくマコと話をしていたのだそうだ。
支配者と一番魚人としてではなく、幼馴染のオームとマコという女の子同士として。
そんなマコとフーカは最初の方こそ血カビに苦しめられて話すどころではなかったが、ルファが来てからは同じ症状の仲間として仲が良くなったそうだ。楽しそうに話すフーカを見て少し複雑な気持ちだったテルであった。
ドクタールファは頷くとテルとフーカにこれからのことを話し始めた。
「もう退院してもいいだろう。
これから2日程は念のために安静にしていてほしいが、それ以降は逆に動くこと。筋肉は思ってるより弱ってるから最初は軽い運動で。
サメ魚人ということだから海藻は消化に悪いので栄養のある魚を食べるといい」
細かなケアを聞いたテルは思っていたことを聞いて見ることにした。
「先生はここを離れるっているのは本当ですか」
「ああ、本当だ」
ドクタールファは当たり前だ、と頷く。
「わたしにはそれほど医者としての腕前はないと思っている。だが、幸運なことに血カビによく効く薬を見つけることができた。ならば助けられる人は出来るだけ助けたいのだ」
そういうドクタールファは暗い顔をしていた。テルはこの医者が頑張っていることをなんとなく理解した。おそらく自分がもっと何かできないかと思っているから、暗い顔をしているのだ。
「先生。あなたのおかげで少なくともフーカは助かりました。先生の治療でフーカを助けられた俺も助けられました。だから、これからも笑顔で治療をしていってください」
「笑顔で?」
「はい、笑顔で」
「笑顔……ふふ、そうか」
テルの言葉に自分の頬を触ったドクタールファは戸惑いつつも笑顔となった。
「そうだな。治すものが暗い顔をしていちゃいかんな」
そう言って少し照れたような笑顔を見せるのだった。
ドクタールファが退室してからフーカのそばの椅子に座りフーカの様子を眺めるテル。フーカはベッドの上でノエと楽しそうに何かを話していた。
そんな様子を嬉しそうに眺めながらテルは顎をさすって思い出していた。
以前テルはノエに顎を思い切り蹴飛ばされていたのだ。
それはテルを守って傷ついたフーカに慌てたために、テルが全てを放り投げてでもフーカのそばにいようとしたためであった。
結果としてそれは間違いだとノエに諭される代わりにきついのを一発顎にもらったのである。
その後、テルはサイガンドを攻略してポリフェルにフーカを連れ帰り療養させることができた。
ポリフェル防衛戦でも血カビで苦しむフーカのもとにいればフーカは死んでいただろう。
フーカが頑張っている間にテルが動いたからこそ、医者が見つかりフーカは助かったのである。
そう考えればフーカが助かったのはノエのおかげでもある。
「ノエにも色々助けられたな」
そういったテルにノエは笑いながら言った。
「自分だけじゃないッスよ。テルさんがお願いしたからドクタールファも来てもらえたんス。テルさんのおかげッスよ」
「それもノエが俺に言い聞かせてくれたからだ。それもありがとう」
そういってテルはノエに笑いかける。ノエは照れたようにたはは、と笑うと
「急にどうしたんスかねー?」
と困惑していた。テルは今回のおかげで色々感謝することに抵抗がなくなっていたのだ。以前は気恥ずかしさとかも少しはあったものであるが。
「2人とも私のために色々ありがとうね」
フーカは全く気恥ずかしさはないようだ。言われたノエも照れもせず「当然ッス」と答えている。テルも頷いた。
「ああ。当然だな。俺たちは家族なんだから」
その言葉に嬉しそうにしていたフーカは、ノエが苦笑して「俺たちッスか」と言っていたことに気づいた。テルは気づいていないようであったが、フーカは不思議に思った。
だから、テルがフーカの荷物をまとめるために部屋を出て言ったときに聞いて見ることにした。
「ノエはテルが好きじゃないの?」
「な、なんッスか、いきなり」
慌てるノエにフーカは自分の考えが正しいことを理解した。
「好きなら好きって言わなきゃいけないんだよ」
フーカはここのところマコと一緒であった。そのためマコから好きな人には好きであることを伝えなければいけないと聞いていたのである。
実際、マコがオームに好きであることを伝えて、お互いに嬉しそうにしていたのをフーカは見ていた。
それは幼さゆえの純真さである。ノエは慌てながらも、フーカに向かい合う。
「フーカ。そういった知識はどこで手に入れてくるんスか」
「マコが言ってた」
「あー……そういう事ッスか」
ノエにも事情がわかったようである。ノエは頭を回転させるとフーカをじっと見つめる。
「フーカ、テルさんのことは好きッスか」
「うん、好きだよ」
「史郎さんは?」
「好きー」
「その違いはわかるッスか?」
「んー?」
ノエの言葉にフーカは考える。元々考えるのは得意ではないフーカは素直に言葉にする。
「史郎は色々してくれるから好き。稽古だってつけてくれるし、色々させてくれるから。
テルは、なんだか特別。テルのことを考えるだけで気持ちがほわってなってあったかくなるよ。会えない日は悲しいよ。だから、ノエがとっても羨ましいの」
それを聞いたノエは苦笑する。そして、フーカも女であることを実感するのであった。もう既にフーカは心で理解している。知識について理解できていないだけなのだ。
ノエは説明してやった。
「フーカ。それは愛っていうんッス。他の誰よりも大事で、他の誰よりも大事にされたい人のことッスよ」
「そうなの? それってノエもテルのことを愛してるってこと?」
「そうッス。愛してしまうとね、色々自由にできなくなるものなんッスよ」
「そうなんだ。変なの」
不思議がっているフーカにノエは顔の前に人差し指を立てると「しーっ」といった。
「それで、このことはテルさんには秘密ッスよ」
「そうなの?」
「そうッス。これは2人だけの秘密ッスね」
「2人だけの?」
「そう、2人だけの」
ノエが念を押すとフーカは喜んだ。どうやら『2人だけの秘密』というのが嬉しかったようだ。喜んでフーカが答える。
「わかった。2人だけの秘密ね」
「そうッスよ」
そう言って2人して笑いあっているところにテルが荷物をまとめる箱を持ってきた。楽しそうにしている2人を見て顔を綻ばせて聞いてみる。
「何か楽しいことがあったのか?」
すぐさま2人がそれぞれの顔の前で人差し指を立ててテルに向かって声を合わせて言った。
「「秘密」」
「ッス」
「ねー」
楽しそうに笑う2人をみて、意味は分からなかったテルも「なんだそれ」と苦笑したあと2人と同じように笑った。
テルはこんな日が続けばいいなと、その時は思ったのであった。
イソボン砦で怪我をした五十六は、拷問の傷を癒すために治療院に入っていた。
一二三が入院している五十六のもとに向かうといくつかの書類に目を通している五十六の姿があった。
「書類に目を通しているんですか?」
「ああ、すみません。自分なんかのために」
「あなたのせいじゃないので、気にしなくていいですよ。それよりも体の具合はどうですか?」
「やっぱり違和感が残りますが、平気ですよ」
五十六はそう言って笑うが、中身の入っていない病院服の右手がゆらゆらと揺れているのが一二三にはたまらなく悲しかった。
書類に目を通してはいるが、片目になりとても見難そうだった。右に眼帯をしておりその目が見えないことを伝えている。
「話には聞いていましたが、随分とひどい環境だったようですね」
「ええ、とても。ゲールラをこの手で殺してやりたかったんですけど。兄さんが先に殺しちゃいました。それだけが残念ですよ」
はははと笑う五十六に、一二三は言い出しにくいことを言わなければいけなかった。
「あなたはこれから後方支援の方に回されることになります」
「…………だと思いました。怪我をした者はそれが決まりですものね」
「ええ」
聞き分けがいいのが逆に心配になる。五十六も他の兄弟のように戦っていたかっただろうに。
「拷問の時は死んでたまるかって思ってたんです。生きてなんとか復讐してやるって」
「ええ、あなたのおかげで私たちは勝つことができたんです。あなたが命をかけて情報を伝えてくれたからです」
事実、五十六が情報を持った兵士を逃さなければ対応すらできずに、タコス軍はポリフェルすら陥落していただろう。
五十六のおかげでタコス軍は勝てたと言っても過言ではないだろう。
「だけど、いまは死んでしまったほうがよかったんじゃないかって思うんです。仲間たちと一緒に戦えないなんて…」
「五十六…」
何かをこらえるように話す五十六に、一二三はなんと声をかければいいのかわからなかった。堰を切るように話し出す五十六。
「みんなと、みんなと一緒に戦えないなんて……!! なんのために俺は。みんなのために勉強したのに役に立てないなんて……!!!! 俺は、おれはあ!!!」
叫ぶ五十六に一二三は何もできなかった。ただ、泣いてすがりつく五十六に一二三は背中を撫でながら、
「それでも私はあなたが生きていてくれて嬉しかったですよ。おかえりなさい、五十六兄さん」
「うっ、ううっ」
嗚咽が響く病室で五十六が落ち着くまで、一二三はそばにいることとした。
「あれ? 五十六は部隊の参謀じゃないのか」
後日、一二三が五十六のことをテルに相談すると驚いた顔でテルに言われた。
「部隊の参謀、ですか?」
「ああ、今回の戦いでも俺はポリフェルにただ合流する予定だったんだ。だけど五十六の意見でまだ部隊が知られていないイソボン砦の兵士を使って奇襲をしたほうがいいって言われてな」
「なるほど」
たしかにあの作戦は見事だった。
ポリフェル城はおそらく監視されていて兵士が外で待ち伏せなどを行えばすぐにビゼンに知られてしまっていただろう。誰にも知られていない部隊を奇襲に使うのは正しい判断だったと思われる。
「お前が各部隊にいれば問題もないだろうがそうもいかない。だから、大まとめの部隊に五十六でもいれば、現場の判断を任せられる頭脳としていいんじゃないかと思ってな」
「それはいいですね」
例えば今回でいうところのタコス率いるサイガンド軍である。今回はボニート将軍が相談役であったが、専門職で相談役がいればいいんじゃないかという話であった。
「元々五十六は武術の方はあまりできないんだ。相談専属となるだけであまり変化はないだろう」
「わかりました。五十六も喜ぶでしょう」
一二三の思ったより喜んでいる姿を見て、提案してよかったと思ったテルであった。
後日、タコス軍に役職『参謀』が追加され、そこに五十六が登録された。元々の参謀であった一二三は全軍の参謀であることをわかりやすくするために参謀長へと役職が変わった。




