終わりと言う名の始まり
「これで、終わりだ――!」
残った者達を見据えて林檎は魔力を練る。
この空間は既に地獄。そう、言うならば焦熱地獄だ。炎が空間を満たし、誰も彼もが地獄に身を委ねて意識を手放している。
周囲では暴風が舞う。双剣を握った紗羅が林檎に仇を成す者を次々に引き裂いていく。疾風を超え、もはや暴風となった彼女の剣は至極真っ直ぐだ。暗殺を止め、真っ向から喉笛へと飛び込んで刈り取っていく。
更にその奥ではフェリナが縦横無尽に敵対する者達を闇が貪る様に食っていく。戦いは見事な残党狩りへと変わり果てている。その狩も、いよいよをもって終わろうとしている。
林檎は遠慮せず、全てを滅却処分する為に作りかけの術式を描いて起動させる。それは天を照らす、東方帝国の神話に登場する、太陽の神――名は。
「来たれ太陽の神ッ! 太陽神・天照ッッ!!」
名を告げると同時に術式は光を放ち、黄金に輝く機械の人形が魔法陣より浮かび上がる。
「輝け黄金の灼炎、目覚めよ太陽の舞台劇。太陽劇・黄金灼滅の聖輝焔ッッ!」
林檎は絶叫と共に詠唱を持って術式を起動させると黄金の輝きを生み出し、炎が舞い、機械人形へと集って黄金の爆炎が巻き起こる。
機械人形は消え、林檎は崩れ落ちるようにその場に座り込む。そんな彼女に向かって小さく声が降りて来る。
「やっと見つけたぞ、林檎」
「お前……刃燈、か? また、幻聴か……?」
「何を言ってるんだ、俺は此処に居るぞ」
そう言って刃燈は周りを見渡す。紗羅が目の前に現れ、フェリナの闇が収束して霧散していいく。その顔は何処か顔がすっきりしており、弾け飛んだフェリナの髪留めまで再生されている。
「……あの、何方ですか?」
フェリナは刃燈を見てそう言った。紗羅も林檎の側に降り立つと現れた男に視線を見る。
「この人……誰だっけ? 見た事ある様な」
「君は……そうか。そう言えば林檎が追いかけて行った子だね。君も居たのか」
「そう、か。本、物か……本当に、お前は……遅い」
そう言って林檎は糸が切れた様に倒れこんだが、落ちる前に刃燈がその手を掴んだ。
「林檎お姉ちゃんッ!!」
「大丈夫、俺が来たから安心したんだろ。全く、後衛無しで此処を切り抜けろとかきついこというなぁ」
そう言って刃燈は林檎を背負うと腕の前で交差させて鉄を作り出して固定すると彼は振り返る。
「さあ行こうか。大丈夫、君達は――俺が、傷一つ付けさせはしないから」
そう言って、刃燈は他の二人に優しく微笑んだ。
刃燈は悠々と通路を歩いていく。盾を構え、兜を被り、ゆっくりとした足取りで歩いていく。当然、依然として遺跡に残った残存部隊が彼らを襲い来るが全く持って意味を成していない。
何故と問われれば、斧で襲おうが剣で切り掛かろうが槍で突こうが、全て盾で弾き鎧で防いで歩いていく。その姿は酷いくらいに余裕だらけだ。実際、先ほどから何をして変わらない。
「話をしようか」
突然、刃燈が言う。言われた紗羅とフェリナはびくっと反応した。彼女達は今までと違い、刃燈の後ろを大人しくついて行く。
「は、話って?」
「うん、まずは約束して欲しい。もしも林檎が目を覚ましても……彼女を称えたり褒めないで欲しい」
「え、え、一体どうして」
「彼女はね、すごく自分に厳しい。自分は人の上に建つべき人間じゃないと思ってる。だからだよ、君達は彼女を否定して欲しい」
そう言って刃燈は迫ってくる銃弾の群れを無視する。当然として全ての弾丸を弾いて前を行く。
「後、俺達は別に君達が思っているような特別な関係じゃない。もっと薄い、鋼鉄の様に冷えてまっさらな関係だよ。繋がった絆は、意外と強いけどね。
思い出すなぁ……。
俺は元々、彼女に頼まれてあるパーティに参加した壁役だ。ああ、よく覚えてるよ。林檎にね、『肉壁見つけた』とか言われて即パーティイン。後はずっと防衛戦、誰かを守るために戦って戦って戦った。褒められた覚えも礼を言われた覚えも無いけどね、寧ろ病気とか怪我して後衛に居たら言葉攻めにされたし」
「な、何で、そこに居たんですか?」
フェリナは問い返す。彼の言うことが本当なら、彼は人とも思わぬ様な所業をされてなおも彼女達と一緒に居た理由とは。
「好きな人が……居たから」
「え……え、え、ええええええっ!?」
「冗談。
本当はね、頼られたことがちょっと嬉しかったからなんだ。一人で旅してきた俺に、一緒に来いって言ってくれた。それがね、とても嬉しくて。こんな俺でも頼られたのが、地味に嬉しくて、ね。
俺が皆と一緒に居たのは、それが理由さ」
そう言って彼は歩き続ける。気が付けば、出口らしき物が見えてくる。相変わらず、そして最後の足掻きと言わんばかりに敵が来るが全て剣で切り伏せる。
「さあ着いたよ。君達はどこの街から来たんだい? 折角だし送っていくよ」
言ってフェリナが口を開きかけた瞬間だ。フェリナはがくんと足が崩れる。まるで、地面から足を引っ張られた様に。フェリナは謎の引力に引っ張られ、そのまま地面に転がっていく。
「え、え、え?」
「よくも」
声が響く。幼い少女の様な高い声が。発声源は何処かと、紗羅と刃燈が見渡すが何処にも、誰も居ない。が、フェリナはある影を見ている。その影から黒い何かが出てくる。
いや、それは黒い手袋に黒いドレスをその身に纏った誰かが真っ暗な影から出て来ようと言うのだ。その姿は淑女の動きであり、見蕩れるほどに優美で。その少女の姿はまさに漆黒の人形、と言う感じで、その右目はリボンで包まれている。
彼女はゆっくりと振り返り、胸の前に腕を組む。そして闇から煙管を作り出すと口に含む。その姿を見てフェリナは一気に顔が青褪めて行く。何故ならその名前はと言えば。
「この私を、此処まで来させたわね」
「姫、様……!?」
「姫様?」
「安藤梨絵……来たのか」
フェリナの言葉に刃燈が反応し、彼の背中から声が漏れる。
「あ、林檎、起きたのか」
「ああ……もう下ろせ。っつか、鎧を身に着けて背負うな、痛い」
林檎に言われて刃燈は彼女の腕に付けた拘束具を壊して下ろす。
「ねえねえ、このお姉ちゃん、ちっちゃいのに煙草吸っていいの」
「紗羅、そいつはお前より背が高いぞ。そしてよく匂いを嗅いで見ろ。それは煙草じゃない」
林檎が言うと梨絵は煙管を口に咥えて白い息を吐く。紗羅は言われたとおり、彼女の口から出た匂いを嗅いで見る。それは甘くも苦い匂い――そう。
「チョコレート?」
「ええ、これは私が作った特注品でね。チョコレートソースを入れてあるのよ。舐める?」
「あ、う」
紗羅が返事しかけた瞬間、乾いた音が響いた。見れば刃燈が林檎の頬を張っていた。彼女は歯を食い縛ってその状況に耐えている。
「林檎、俺が言いたいことが分かるか?」
「……知るか、んなもん」
「お前、無茶し過ぎだ。お前は言ったよな、俺に守れって。ああ、確かに俺は防衛戦に徹すれば林檎もあの子達を守るなんて造作も無い、でもそれは側にいなきゃ意味が無い! いくらなんでも、自分から前に飛び込む奴までも守り切れない!!」
刃燈は叫ぶが林檎は無言のままだ。ただ淡々と彼の言葉を聞いている。
「そして林檎。お前、あそこで怒鳴ったことだが」
「紗羅!」
刃燈の言葉を遮る様に遺跡の中へ声が響く。見れば入り口の方から黒い髪の少女がこっちに向かって走ってくる。
「やっと見つけた、紗羅!」
「え……華梨姉ちゃん……?」
華梨は紗羅に駆け寄るとその手をとって息を整える。
「もう……遺跡の方に向かったって聞いて、来て見れば立ち入り禁止だって言うから遺跡の回り中探して、近くの森へ行って、遺跡に戻って見れば……変な物音がするし、遺跡から、触手も伸びてくるし……もう、何がなんだか……看板無視して入って見れば……なんで此処にいるの!? 此処は危険だって、立ち入り禁止って看板が見えなかったの!?」
「え、えっと……ティン姉ちゃんを探して」
「紗羅……この子はもう!」
「おい、そこのお前」
林檎は華梨に声をかける。
「一つ聞きたい、お前紗羅に何を教えた?」
「――え? 何の話? あなた、一体誰?」
「そいつと同行した者だ。答えろ、こいつに何を仕込んだ? こいつをプロの殺し屋にでもする気か? それとも……お前らの孤児院はそう言う所なのか? 孤児院と言う名の暗殺者育成所なのか?」
「え、え、ええええっ!? な、何でそうなるの!?」
林檎の物言いに華梨は驚いて一歩引く。
「そうなる、だと? お前、こいつの技術がどれだけ異常なのか知らないのか? 気配断ちに壁から壁を渡る戦法に……」
「ま、待って! 私達はそんな事を教えていない!」
「……どういう意味だ」
華梨は気圧されながらも林檎の意見に反論する。林檎もそれに対して言葉を促すのみだ。
「あの子の、そう言う不意を撃つ戦い方自体はあの子が勝手に勉強したことだから、私は知らないし教えてもいない! そ、それはいけない事だって思ってたし、軌道修正しなくちゃとは思ってたけど」
「……で? こいつは何の抵抗も無く人を撃ち、首を掻っ切る戦い方を身につけた、と?」
「……ええ、そうよ。こんな世界だからね、戦い方を教えたっていいじゃない」
華梨はもう話すことは無いと言わんばかりに林檎に背を向ける。林檎はまだ終わってないと口を開くが気にせず紗羅に向き直る。
「それよりも紗羅、もう行くよ。此処にあいつは居ない、皆心配してるから……」
「おい、それと紗羅。お前に言っておくことがある」
林檎は華梨との会話が成り立たないと分かると紗羅に相手を変える。対して華梨は苛立った顔で林檎をにらむ。
「ちょっと貴方、よその人がうちの事情に干渉」
「お前も姉だと言うのなら、こんな所でうろうろしている場合か?」
「それって」
「姉が一人いなくなったんだろう? なら、今孤児院に居るのは……誰なんだろうな」
「ちょっと! だから貴方がうちの」
華梨が林檎の言葉に反応して振り返ると同時、紗羅はもう走り出していた突然のことに誰も彼もが呆気に取られてみていた。
「あ、あっちょっと紗羅!? もうあの子は!」
言いながら華梨は一度止まると林檎に対して憤る様な視線をぶつけると。
「あの子の面倒を見てくれた事に関してはお礼を言わせてもらいます。ですが、うちの事はうちの事です他所の貴方が余計な口出しはしないで下さい。それでは」
そう言って華梨は走り去る。
「ところで林檎」
「何だよ、やかましい」
「向こうでも色々やっているようだぞ」
林檎は刃燈に言われながらイラついた表情で振り向くと。
フェリナ、地面から首が生えてた。
姫様、そんなフェリナの頭を踏みつけている。
林檎、ゆっくりと振り返って立ち去ろうとする。
「って、ちょっとは突っ込んでください!?」
「足を突っ込まれてるだろ?」
「そこでぶぐっ!?」
「とっと入りなさい。撤収するわよ、そもそも私の手を煩わせたと言うだけもう十分過ぎるほどに怒っているのだから、これだけで済ますとはまさか思っていないわよねぇ?」
「いえあのちょっと言い訳ぐ」
フェリナは台詞の途中で闇の化け物にばっくりと食われて沈んだ。姫様はゆっくりと林檎達の方へと振り返ると煙管を口に含む。
「じゃ、私たちも帰るから。後は騎士警察隊に通報するなり何なりとどうぞ。どうせ何を言っても無駄だから」
「それはどう言うことだ」
「言ったとおりよ。興味があるなら、やって見ればいいじゃない。じゃあね」
そう言って姫様は闇に紛れて消え去った。
「……林檎、一つ言いたい」
「何だ」
「お前、あの空間で色々叫んだよな。部屋の壁や瓦礫に残った残滓を回収して知ったが」
「……ああ」
「奴に言った台詞、お前人に言えるのか?」
林檎は静かに奥歯を噛み締める。ああ、分かっていたと林檎は心内で呟く。
「あそこでお前以外に言えた人間が居たとも思えない。だが、お前に人のことが言えるのか? 人の事なんて平気で切り捨てるお前がか?」
「……ああ、分かっているとも。それでも、奴のやり方にはむかついたんだ」
「寧ろ、そう言うのは俺辺りじゃなかったか?」
「いなかっただろうが」
そう言って林檎は出口へと向かって歩き出す。
「お前が逸れたからだろうか」
そんなことを返しながら続く様に刃燈も歩き出す。
お互い出口へと向かって。
林檎は歩いていた。雑多の中を、何処へ行くとも知らず。そんな時だ。
「林檎」
声がした。自分を呼ぶ声が。林檎は振り向いた先には、黒猫の様な元戦友が居た。
「来て」
「分かった」
直ぐに答えた。親友が来いと言っているのだ、ならば行くのが当然だろう。
外野がやかましいが、気にしない。
さあ、行こうか。
それでは『陽炎が舞い、闇騎士が嘆き、彼女は偽りの太陽を掲げる』はこれにて終了。では以降もまた新たな外伝が始まると思うのでお楽しみに。




