第13話 いざ、魔王国へ!
行商人たちと共に転移門を利用し、ワシはミークさんの故郷へとやって来た。
転移門とは、決められた時刻に稼働する魔法の移動装置らしい。
詳しい仕組みは分からぬが、王国内の転移門が設置された場所同士なら、一瞬で移動できるという。
ただし、双方の魔法を同期させなければ通行できぬそうだ。
残念ながら、この転移門は魔王国には通じておらぬ。
魔王国へ向かうには、馬車で移動し、国境の検問所を通過せねばならない。
そして、ひとたび戦争が始まれば、検問所は閉鎖されるだろう。
つまり、戦争が始まる前の今こそ、国境を越える唯一の好機かもしれぬ。
幸い、ミークさんの故郷は国境に近い。
川を挟んだ魔王国側には、ドワーフの町があるという。
旅の出発地点としては、まことに都合がよい。
「ところでザリーさん。どうしてドワーフの町に行くんですか?」
「刀を打っていただこうと思いまして」
「刀? この国では作れないんですか?」
「うーん。ワシも鉄の扱いには多少心得がありますが……」
腰に差していた両刃の剣を抜き、ミークさんに見せる。
「このミスリルという金属の扱いは、まだ極めておりませんの」
「ああ、なるほど。ミスリルはドワーフの特産品ですからね」
そうなのだ。
ワシが持つこの剣も、ドワーフの地で鍛えられたミスリル製の武器である。
ワシにもミスリルでそれなりの武器を作ることはできる。
だが、この剣ほどの出来栄えには到底及ばぬ。
「それに、刀を注文するためというのは、魔王国を訪れる理由としても不自然ではないでしょう?」
「まあ、そうですね」
ワシらはナインスターの引く馬車に乗り込み、村外れの検問所へ向かった。
「でも、どうしてナインスターを借りたんですか? ザリーさんの愛馬はクロナギでしょう?」
「ふん。あやつは戦しか知らぬ馬ですから」
クロナギは荷物を引くことをひどく嫌う。
「それに……近づく者には誰彼構わず噛みつきますのよ」
まったく。
あの馬は、平穏な暮らしとは縁のない星の下に生まれたのであろうな。
「あはは! そういえば、本当に困った馬でしたね」
そんな話をしながら馬車を進めていると、右手に小高い丘が見えてきた。
人の手で植えられたのであろう木々が並び、なかなか風情のある景色を作っている。
しかし、近づくにつれて別のものを感じた。
魔力だ。
「ミークさん。あの丘は何でしょう? 何かを祀っておられるのですか?」
「ああ、あれですか?」
ミークさんが丘を指さした。
「あの中にダンジョンがあるんです。最深部には勇者の剣アリオスが封印されていました」
そう言って、腰に下げた剣を軽く叩く。
……なるほど。
勇者の剣は、こんな国境近くに隠されていたのか。
「だから魔王軍は、まずここを攻めてくるんです。それが戦争の始まりになります」
「そうですか……。ならば、なおさら戦争を防がねばなりませんわね」
「ええ。避難訓練は何度もしているので、犠牲者は出さずに済むかもしれませんけど……」
ミークさんは丘を見つめた。
「それでも、故郷をめちゃくちゃにされたら腹が立ちますから」
それは、まことにもっともな話だ。
さらに馬車を進めると、川が見えてきた。
「あの川の向こうが、全部魔王国です」
「なるほど」
ワシは手元の地図に目を落とした。
川には橋が架けられ、その両端に検問所がある。
「しかし、ミークさん。地図にある最短の道からは、ずいぶん遠回りしておりますわね」
「ああ、それは罠があるからです」
「罠?」
「はい。魔王軍が侵攻してきたときのために、仕掛けてあるんですよ」
「なるほど。それで案内を申し出てくださったのですね」
「そうです! 村の人間なら安全な道を知っていますから。地元の案内人が必要なんですよ!」
「では、ドワーフの町までの道も気をつけた方がよろしいのでしょうか?」
「うーん。魔王は罠みたいな卑怯な手を使うのを部下に禁止していたはずなので……たぶん大丈夫です!」
……この娘は。
自分が敵地へ向かうわけではないから、気楽なものよ。
しかし……。
魔王は、そのような戦い方を禁じておるのか。
案外、ワシが考えている以上の御仁なのかもしれぬ。
「あ、検問所が見えてきましたよ」
「通行許可証を用意しておいてくださいね」
ワシは荷物の中を探した。
「おい、ミークじゃないか?」
検問所にいた見知らぬ青年が、ミークさんに声をかけた。
「あ、グリム! 今日は検問所の仕事なの?」
「ああ。でも、まさかお前が来るとは思わなかったぜ」
青年はにやりと笑った。
「なんだ? わざわざ俺に会いに来てくれたのか?」
「違うわよ。お客様がドワーフの町に行きたいっていうから、案内してきたの」
ミークさんは楽しそうに答える。
ふむ。
ずいぶん親しい間柄のようだな。
「それでは、お客様!」
グリムと呼ばれた青年が、わざとらしく姿勢を正した。
「通行許可証を拝見いたします!」
「ええ、どうぞ」
ワシは国王陛下からいただいた小さな板を差し出した。
グリムは同じような板を取り出し、ワシのものに重ねる。
ぼうっ。
二枚の板の間に、淡い青い光が広がった。
「よし! 問題なし。通っていいですよ!」
まったく、この世界は何でも魔法だな。
「それじゃあ!」
ミークさんが馬車から飛び降りた。
「頑張ってくださいね、ザリーさん」
「ええ。皆様の訓練は、ミークさんにお任せいたしますわ」
ワシらは固く握手を交わした。
そして、別れた。
――
橋を渡る。
はるか下には、大きな川がゆったりと流れていた。
その向こうが魔王国。
いや。
それは、ワシらがそう呼んでいるだけのこと。
川の向こうに暮らす者たちは、自らの国を別の名で呼んでいる。
ヴァルガル連合王国。
まあ、自分の国をわざわざ魔王国などと名乗る、酔狂な王もそうそうおるまい。
そんなことを考えているうちに、対岸の検問所が見えてきた。
――
「おい! 止まれ!」
小柄でずんぐりとした男が、ワシを呼び止めた。
ドワーフだ。
背丈は、ワシの胸に届くかどうかといったところ。
ドワーフは小柄な種族と聞いていたが、実際に目にすると、なかなか不思議なものだ。
その背丈とは裏腹に、肩幅は広く、歴戦の武人を思わせる頑丈な体つきをしている。
「通行許可証ですわね?」
ワシは先ほどグリムに見せた板を差し出した。
ドワーフの男も自分の板を取り出し、同じように重ね合わせた。
「ふむ。武器を注文しに来たのか?」
「ええ。こちらの職人は、たいそう腕がよいと伺っておりますので」
「だったら、ほかの連中みたいに、欲しい武器と数をここで言えば済むだろう?」
「少々変わった武器をお願いしたいのです。直接お話しする必要がありまして」
「ほう? どんな武器だ?」
「それは、帰りにでもお見せいたしましょう」
「……ふん。まあ、楽しみにしておくぜ」
そう言って、ドワーフは通行を許してくれた。
さて。
この道をまっすぐ進めば、ドワーフの町に着くはずだ。
道に迷う心配も、そうあるまい。
ワシはナインスターに出発の合図を送った。
ナインスターが元気よく、いなないた。
ワシは微笑む。
「さて……愛しの魔王様に、会いに参りましょうか」




