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悪役令嬢に転生した元サムライ ~ゴミを宝に、宝をゴミに変える価値観革命~  作者: 竹屋 兼衛門
第二章

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11/13

第11話 腐った肉と血の匂いの中で最も美しく香る香水

アンクウ王立学園入学から三日目の朝。


私、ミークが廊下を歩いていると――。


「ふん。醜い駄々っ子みたいにして婚約者を譲ってもらうなんて、恥知らずね」


……。


来た。


来た!


入学初日に来るべきだった罵声が!


私は期待に胸を躍らせて振り返った。


フローラ。


美香令嬢フローラ=ラ=ベルフルール。


『王国の盾』ルビアン=ド=ヴェルメールの婚約者だ。


「嫌ですわ。なんて卑しい目でしょう」


おおっ。


ゲームとは台詞が違うけど、ちゃんと嫌味を言ってくれてる!


いかん!


笑顔はダメだって!!


ここはゲーム通りに泣かないと……。


頑張れ。


頑張れ、涙!


くっ!


嬉しさのせいで出ない……!


頑張れ私。


私は泣き虫ミーク!


今まで最高の泣き顔を何度も練習してきたじゃない!


「何をしている?」


き、キターーーーーー!


出会いイベント!


フローラに虐められている私をルビアン様が助けてくれる!


ここから二人の出会いが――!


私は声の方を振り返った。


……。


エンラじゃねーか!!


なんでエンラなんだよ!?


私が状況を理解するより早く、エンラはフローラへ一直線に歩み寄った。


その襟首を掴む。


そして――。


ひょいっ。


そのまま持ち上げた。


いくらフローラが小さくて華奢だからって、軽々と……。


「ひっ!」


フローラの顔が恐怖に引きつる。


エンラが顔を近づけた。


「フローラ」


声が低い。


低すぎる。


「私のお友達に、何をしていたのか聞いているのよ?」


エンラの周囲に魔力が集まり始めた。


まずい!


焼く気だ!!


「ちょ、ちょっと! エンラさん!」


私は慌てて二人の間に割って入った。


……一人が空中にぶら下がってるから、割って入るのも難しいけど!


「なんでもないから! 本当になんでもないの!」


エンラが私を見る。


「そうは見えなかったが?」


「お友達同士の軽口だよ! ねっ、フローラ!」


私は必死にフローラへ目配せする。


お願い。


察して。


「そ、そうです! そうですぅ! ちょっとした冗談です!」


エンラが手を放した。


ドサッ。


フローラが床に尻もちをつく。


「あら」


その瞬間、エンラの表情がぱっと明るくなった。


「なーんだ。そうでしたの」


その切り替わりも怖い。


エンラは床に座り込んだフローラへ微笑んだ。


「では今度、三人で一緒にお茶をしましょうね。ねえ、フローラ嬢?」


「は、はぃぃ……!」


返事を聞いたエンラは満足したらしい。


そのまま歩いていった。


フローラは床に座り込んだままだ。


私はようやく息を吐いた。


「助かったぁ……」


やっぱりエンラは怖いまんまだ。


それより――。


なんでエンラが来るんだよ。


……まあ、もう三日目だものね。


本来は入学初日に起きるイベントだった。


日付がズレたせいで、登場人物までズレた?


フローラを見る。


まだ座り込んでいる。


しかも――。


泣いていた。


もう。


これじゃ私が悪役令嬢みたいじゃない。


私は手を差し出した。


「ほら、立てる?」


フローラは少し迷ってから手を伸ばした。


その手を掴んで立たせる。


「大丈夫?」


フローラが小さく頷いた。


まあ、フローラも『悪役令嬢』なんて呼ばれているけど、実際は弱気で嫌味を言う程度のイジメしかできない。


弱弱悪役令嬢だ。


パッケージでも右端にいる雑魚令嬢。


看板悪役令嬢エンラとは格が違う。


普通寄りの令嬢なのだ。


「……」


フローラは俯いたまま黙っている。


私は頬をかいた。


「まあ……こうなったら仕方ないわね」


フローラが顔を上げる。


「どうやら私達、友達にならないといけなくなっちゃったみたい」


フローラは涙を拭った。


そして小さな声で、


「……ごめんね」


と謝った。


――


放課後。


結局、今日はザリーに会えなかった。


今後のことを相談したかった。


それに、フローラのことも。


昼に食堂でグラシアーナと会って、


「今日から普通に通学する予定のはずですわ」


って聞いていたんだけど……。


来なかった。


また校門で待ってみるか。


――


「あら、ゴルディアン様と待ち合わせですか?」


振り返る。


エンラだ。


「え?」


なんでゴルディアン?


……あ。


そうだった。


ザリーが作った筋書きでは、私が決闘でザリーからゴルディアンを奪ったことになってるんだった。


「あ、いや……ザリー様を待ってます」


「まあ!」


エンラが嬉しそうな顔をした。


「ザリー様でしたら、今日は寮で書類仕事に追われていますわよ」


「なんで!?」


エンラが私を見る。


「そりゃあ、貴女がゴルディアン様を奪ったからですわ」


あ。


そうか。


貴族だもんね。


大貴族同士の婚約を、


『今日からやめます』


で済ませられるわけがない。


両家どころか、王様にまで説明しないといけないのか。


「それは……申し訳ないことをしてしまいました」


エンラの笑顔が少し変わった。


「本当に申し訳ないと思ってます?」


なんだ?


その含みのある笑みは……。


「それは……もちろん」


「では、ザリー様の所へ直接お伝えするのはいかがでしょう?」


「はあ?」


直接?


「ザリー様の寮へ行くの?」


「はい」


「でも、私、ザリー様の寮なんて知らないし」


「大丈夫。私が知っていますから」


でしょうね。


私は目を細めた。


コイツ、ザリーの所へ行く口実に私を使うつもりだな。


「でも、迷惑なんじゃ……」


確かに会いたいけどさ。


私のせいで書類仕事に追われてる人の部屋へ押しかけるのは、さすがに……。


エンラが私の腕を掴んだ。


「行きますわよ」


「え?」


「今すぐ」


そして私は、そのまま引きずられていった。


――


上級貴族達の寮へやって来た。


なんだここ。


私がいる下級貴族の寮とは全然違う。


私の部屋?


一部屋。


簡素。


実用的。


ここ?


部屋。


部屋。


また部屋。


金持ちって、余った部屋が寂しくならないように、さらに部屋を増やす習性でもあるの?


「ここですわ」


エンラが一つの扉の前で止まり、ノックした。


「ザリー様! 貴女のエンラが来ましたわ!」


貴女のエンラ?


いつからアンタはザリーのものになったんだよ。


ドラガンはどうした、ドラガンは。


「はい」


扉が開いた。


……ザリーじゃない。


侍女らしき女性が立っていた。


侍女付きか。


さすが上級貴族。


住んでる世界が違う。


「ザリー様ぁ!」


エンラは侍女の横を迷いなく通り抜けた。


どうやら、この部屋の構造まで熟知しているらしい。


怖いよ。


私が追いついた時には、エンラはすでにザリーを見つけ――。


抱きついていた。


「またエンラさん?」


ザリーは大量の書類が積まれた机に座っていた。


もう何度も同じことを経験している人の、疲れ切った目でエンラを見る。


「今、重要な書類を書いていますのよ?」


「まあ! 私より重要なものなんてありませんわよね?」


エンラがさらに強く抱きつく。


ザリーがため息をついた。


「王様に婚約破棄についての申し開きを書いているのです」


エンラの表情が柔らかくなる。


「そうでしたわよね……私のために」


「ちっがーう!」


珍しくザリーが完全に取り乱した。


エンラを引き剥がす。


「もう! お茶を用意しますから、別の部屋でくつろいでいてくださいまし!」


「はーい」


エンラは嬉しそうに別室へ消えていった。


私はその背中を見送る。


そしてザリーを見る。


「あの……いつもこんな感じ?」


そこでザリーが私に気づいた。


「あら。ミークさんもいらしたのですか」


今気づいたの!?


ザリーは何事もなかったように書類へ戻った。


「まあ、いつものことですわ」


いつものことなんだ……。


「あの……今後のことについて相談したかったんだけど。忙しいなら……」


ザリーの手が止まった。


「貴女の話なら、優先順位は最上位ですわよ?」


そっか。


私、ゲームの攻略情報を持ってるもんね。


そりゃ当然か。


「今日、フローラに会ったわ」


ザリーがすぐに顔を上げた。


「ほう。それで?」


「イジメられたわ」


「げーむ通りに?」


「それが、ルビアンじゃなくて――」


私はエンラが消えていった部屋を指した。


「エンラが助けに来た」


ザリーが口元を手で隠す。


「まあ。エンラが?」


「笑いごとじゃないわよ! エンラはフローラを燃やそうとしたのよ?」


「あらあら。あの娘も少しは穏やかになったと思っていましたのに」


少し!?


私はため息をついた。


「これが問題なのよ。アンタが色々変えてくれたおかげで、自力で攻略対象との出会いイベントを起こすのが難しくなってる」


ザリーは少し考えた。


そして椅子から立ち上がり、棚へ向かう。


蓋の付いた小さな器を取り出した。


「フローラ嬢といえば、香りでしたわよね」


「そうだけど」


「この世界では、香りを液体に閉じ込めて楽しむのが流儀のようですが――」


ザリーが蓋を外した。


「今は、我らの世界の流儀で楽しみましょう」


中には灰。


そして細い棒状のものが一本。


ザリーが指先に小さな魔法の火を灯し、その先端へ移した。


火がつく。


やがて細い煙がゆらゆらと立ち上った。


部屋の中に温かな香りが広がっていく。


シナモンに少し似た香り。


私は目を瞬かせた。


「お香?」


「懐かしいでしょう?」


ザリーが微笑む。


「香炉で焚く香の香りは」


「まあ……お祖母ちゃんがよく焚いてたけどさ」


もう一度、香りを吸い込む。


「渋いわね」


「これはフローラ嬢に協力していただいて、ようやく再現できましたのよ」


意外だった。


「アンタだけでも作れそうだけど?」


「この世界の植物は、私達がいた世界のものとは少々違うようですからね」


「へえ……」


考えたこともなかった。


この乙女ゲームの世界に来てから、植物といえば食べられるものくらいしか気にしていなかった。


それ以外?


全然。


ザリーは立ち上る煙を眺めていた。


「私は――フローラ嬢も変えてしまっているのでしょうか?」


声が少し真剣になった。


「元々、フローラ嬢が夫となるルビアン殿に悪影響を与えるような人物には思えませんでしたが……」


ああ。


そっか。


ザリーは気にしてるんだ。


自分がフローラまで変えてしまって、ゲームの未来がどう変化したのかを。


「多分だけど……そこは変わってないと思う」


ザリーが私を見る。


「少なくとも、フローラがゲーム内で戦犯になる要素は残ってると思う」


ザリーが固まった。


「……戦犯?」


「ゲームでは戦争が始まる前に、フローラはルビアンのために香水を開発するの」


私は立ち上るお香の煙を見た。


「腐った肉と血の匂いの中で、最も美しく香る香水」


ザリーの表情が変わった。


「それは……危険ですわね」


「そう」


匂いって、ただ不快なだけじゃない。


危険を知らせるセンサーでもある。


腐敗。


血。


病気。


身体が嫌がるのには、ちゃんと理由がある。


「そのせいで、ルビアン隊で疫病が流行るわ」


ザリーが眉をひそめた。


「回復魔法があるのでしょう?」


「ある。だから疫病そのもので死ぬ人は、そこまで多くない」


私は指を一本立てた。


「でも、治療に追われて回復役が完全に疲弊する。そのせいでルビアン隊全体が弱体化するの」


「なるほど」


ザリーは考え込んだ。


「では、フローラ嬢がその香水を開発するのを止めれば、ルビアン殿の弱体化は防げる、と」


「そうね」


……でも。


「そもそも婚約破棄させて、フローラが香水を送らないようにした方が早くない?」


ザリーは微笑んだ。


「それは、私の『魔王攻略』計略が失敗した時の最後の手段にしていただきたいですわ」


「えええ?」


「フローラ嬢がそのような香水を作らぬよう、貴女が導いてください。それで済みます」


「私が!?」


自分を指差す。


「アンタが言った方が聞くと思うけど?」


「まだ作ろうともしていないものについて、今から警告するのも不自然でしょう?」


「それはそうだけど。実際に作ろうとした時だって、それなりに関係を作ってるアンタが言った方がよくない?」


ザリーの表情が少し柔らかくなった。


「私は、その時にはいないかもしれません」


私はザリーを見た。


「はあ?」


「近いうちに旅に出ます」


「旅?」


「ええ」


ザリーが私の目を見る。


「魔王に計略を仕掛けるために」


一瞬、言葉が出なかった。


「……そんな、急に?」


「一年後には周辺国へ魔王軍が侵攻するのでしょう?」


「そうだけど」


「ならば、今しかありませんわ」


反論しようとして――。


やめた。


「……うん」


確かに。


本当に戦争が始まる前に止めるつもりなら、魔王が周辺国への侵攻を始めてからでは遅い。


「ですから、ミークさん」


ザリーが私へ微笑む。


「私が留守の間、貴女が攻略対象の貴族令息達を攻略しておいてください」


「うん……」


「それと、悪役令嬢達も」


「待って」


ザリーを見る。


「なんで悪役令嬢まで攻略するの!?」


「げーむでは、貴族令息だけを攻略するのでしたわね?」


「そうね」


「そして攻略することで、彼らは強くなる」


「まあ……そうだけど」


ザリーの笑みが深くなった。


「ならば、げーむを超えましょう」


嫌な予感がする。


「戦力となる悪役令嬢達も、貴女が攻略してしまえばよいのです」


「えぇ……」


理屈としては……間違ってない。


ゲームでも悪役令嬢達は戦闘ユニットとして使えた。


「それに――」


ザリーは当然のことのように続ける。


「フローラ嬢が香水を開発するのも止められる」


「……」


「最終的に貴女の元々の計略へ戻ることになったとしても、悪役令嬢達まで強くしておけば、犠牲者をさらに減らせるでしょう?」


私は口を開く。


閉じる。


そして、一番分かりやすい問題をぶつけた。


「そもそも私、肝心の攻略対象の貴族令息達とすら、ほとんど会えてない絶望的状況なのよ!?」


ザリーが小さく笑った。


「ふふふ。それなら心配ありませんわ」


なんでだろう。


その言葉を聞いた瞬間、余計に心配になった。


「明日の放課後、合同訓練を企画しておきました」


「は?」


「げーむの主戦力となる貴女と、攻略対象の貴族令息達――」


そこで一拍置く。


「――そして悪役令嬢達との」


私はザリーを見つめた。


「はああぁぁぁ!?」


ザリーは平然と机へ戻った。


「丁度、招待状も書き終わりましたわ」


机の上にあった手紙の束を侍女へ渡す。


侍女は一礼すると、そのまま部屋を出ていった。


遅かった。


もう招待状、配りに行っちゃったよ。


ザリーが私へ振り返る。


「さて。ではまず、エンラ嬢と仲良くお茶でもしていただきましょうか?」


あ。


そういえば私、エンラと一緒に来たんだった。


「あれ? エンラは?」


ザリーが周囲を見回した。


「あら。あの娘、どこへ行ったのかしら?」


――


二人で部屋を探す。


探す。


まだ探す。


……本当にさ。


上級貴族の令嬢一人に、何部屋必要なんだよ。


私の寮なんて、ほぼワンルームだぞ。


ザリーの部屋は、でっかい建物の中に小さな一軒家が入ってるみたいだ。


やがて寝室へ辿り着いた。


いた。


エンラがザリーのベッドにうつ伏せになって――。


ぐっすり寝ていた。


ザリーが微笑む。


「あらあら」


ベッドへ近づく。


「どうやら私のベッドを温めてくれていたようですわね」


「ええ!?」


エンラを見る。


「そんな秀吉が信長の草履を温めていた逸話みたいなもんじゃないでしょ、コレ!」


ザリーがこちらを向いた。


「まあ。あの御方はそのようなことをしていらしたのですか?」


……え?


その反応どういう意味?


私が聞き返すより先に、ザリーはエンラの膝裏と背中へ腕を回した。


そして――。


ひょいっと持ち上げる。


お姫様抱っこ。


しかも軽々と。


「仕方ありませんね。エンラ嬢の部屋まで送り届けましょう」


「ええ? アンタ自身が!?」


「はい。丁度、使用人も使いに出してしまいましたし」


「向こうの人を呼べばいいでしょ?」


「それはそれで余計な手間でしょう」


そう言ってザリーは、エンラを抱いたまま普通に歩き出した。


私も後を追う。


ザリーの腕の中でエンラが身じろぎした。


「うふふ……ザリー様ぁ……」


寝言まで言ってる。


私は二人を見る。


それからザリーを見る。


「アンタさぁ」


「はい?」


「アンタがそんなイケメンムーブばっかりするから、エンラがこうなったんじゃないの?」


ザリーが首を傾げた。


「イケメン……ムーブ?」


「ああ、もういい」


説明するだけ無駄だ。


エンラの寮へ辿り着く。


ザリーは眠ったエンラを抱き直した。


まるで、これが日常であるかのように。


「では、ミークさん」


ザリーが微笑む。


「明日の特訓、頑張りましょうね」


私は自分の寮へ向かった。


合同訓練。


悪役令嬢達。


そして攻略対象達。


……ゴルディアンも来るんだよね。


何を話せばいいんだろう。


私、アドリブ苦手なんだよなぁ……。


なんだかもう、胃が痛くなってきた。

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