12 落ちた侍女の返り咲き
慧雪が辛者庫からひとりの下女を連れ帰ってきたことは、またたく間に侍女や太監に知れ渡った。
長椅子に座って茶を飲み、書を読んでいた慧雪の元に、小鈴を始め仕える者たちがわらわらと押し寄せてきた。女官長を気取る小鈴がずいっと慧雪の前に乗り出し、鼻息を荒くさせ声を荒らげる。
「雪答応さま、相談もなく勝手な真似をされては困ります。叱られて罰を受けるのは私なんですよ。それに、答応に仕える侍女の人数は決まっているんです!」
分かっていますか? と、小鈴は腰に手を当て慧雪に詰め寄る。
「もちろん知っているわ」
「知っているなら、どうして!」
慧雪はようやく書物から視線をあげた。
「だったら、一人減らせばいいでしょう」
慧雪の言葉に辺りがザワついた。
「減らす、って……だから! 勝手なことをされては困るって言いましたよね!」
まったく! と言わんばかりに、小鈴はひたいを手に当てた。
慧雪はふっと笑い、再び書物に目を落とし菓子を手に取る。
小鈴の存在など、眼中にないというように。
「何を呑気に! 答応さま、聞いていますか……」
その時、小鈴の言葉を遮るように、別の人物の声が重なった。
「役に立たない者を側に置いても、無駄でしょう」
小鈴はその声がした方を見る。
次の間から女官長の服を着た常夜が現れた。
「おまえ……まさかおまえが、雪答応さまが連れ帰った侍女?」
小鈴は目を見開いた。先日、慧雪に頼まれ、食事と桂花糕の差し入れを持っていった人物だと気づいたのだ。
常夜は小鈴の元にまで行くと、大きく右手を振り上げた。
パシン!
冷えた空気に響く衝撃音。
自分の身に何が起きたのか理解できず、小鈴は頬を押さえ、しばし呆然とした顔で立ち尽くす。ようやく、辛者庫にいた下女に叩かれたのだと分かった小鈴は、みるみる怒りで顔を真っ赤にする。
「な!」
反撃しようとした小鈴に、常夜はもう一発、平手を食らわせた。
「なにするの!」
よろけて尻餅をつく小鈴を、常夜は半眼で見下ろす。冷ややかで感情のないその目に、小鈴は息を飲む。
「主に対しての数々の無礼な態度。許されると思うのか?」
低い声音で常夜は言う。そして、目を細め、顔を引きつらせる他の侍女や太監を見渡した。
「まともに仕事もできない、役に立たない者はいらないわ」
「だから! さっきから何様のつもりよ!」
頬を押さえ、小鈴は鼻息を荒くして食ってかかる。
「小鈴、今日からこの宮の女官長は常夜よ。みんなもそのつもりで、常夜に従うように」
書物に視線を落としたまま、慧雪は淡々と言う。
「勝手なことを言わないでください! 答応さまは新人だから知らないかもですが、答応に仕える侍女は人数が決まっているって言いましたよね?」
常夜は鼻で嘲笑う。
「頭の悪い女ね。おまえは必要ないっと言ったことに気づかないの?」
ようやく、小鈴は自分の身に起きたことを理解する。
「そんな……答応さま、こんな理不尽なことって……これまで答応さまのために尽くしてきたのにこんな仕打ちを受けるなんて! それに、答応さまが勝手に後宮の決まり事を変えるなんて規則に反するんですよ!」
「すでに、茗皇貴妃さまのお許しは得ているわ」
「え? 茗皇貴妃さまに? いつの間に……」
それは先日、茗皇貴妃に会った時のことだ。
「申し訳ございません。私が不甲斐ないせいでお見苦しい所を見せてしまいました。そのことで、茗皇貴妃さまにお願いがあります」
「お願いとはなにかしら。言ってみなさい」
「私の宮に、新しい侍女を迎えたいと存じます。お許し願えないでしょうか」
茗皇貴妃は、庭でサボりお喋りを続けている小鈴たちを見やる。
「あなたの思うようにすればいいわ」
「ありがとうございます」
慧雪は拝礼する。
「新しく迎える侍女はもう決まっているの?」
はい、と慧雪は頷き、続けて言う。
「現在、辛者庫で働いている常夜という者です」
「常夜……」
茗皇貴妃はその名を口の中で呟く。すぐに、茗皇貴妃の侍女が補足する。
「以前、罪人として処刑された、雪貴妃の側仕えの侍女だった者です」
茗皇貴妃は慧雪に視線を向けた。
なぜ罪人の侍女を召し上げるのか詮索をすることもなく、茗皇貴妃は頷いた。
「いいでしょう。あなたの好きにしなさい」
ということがあったのだ。




