11 雨の日の記憶
生まれは辺境の寒村だ。村は貧しく痩せた土地では作物も育たない。家族はいつも腹を空かせ、働いても働いても生活は厳しい。今日を生き延びるのがやっとであったから、明日のことなど考える余裕もなかった。
村では年寄り、子ども、弱い者から命を落としていく。
それが当たり前の日常であった。
どんなに苦しくても、家族がいれば幸せだと思ったことは一度もない。
お腹が空くのは辛い。寒さも労働も耐えがたい。いつだって、こんな地獄から抜け出したいと願った。
そんなある日、村に疫病が流行り父と母が死んだ。それから間もなくして、弟や妹も空腹と寒さで命を落とした。生き残ったのは自分だけ。
生きるために泥水をすすり、草も虫も何でも口に入れた。
死にたくない。諦めたくない。
だが、そんな生活も限界だと思い始めた時、思いもがけないことが起きた。
そう、それは激しく降る雨の日だった。
ずぶ濡れになり、寒さに震えながら常夜は村の片隅に座っていた。
村自体が貧しいから、誰も自分のことを気にかけてくれる者はいない。みんな自分が生きるために必死だから。
生きたいと願っているのに、身体が動かない。心もすり切れ、死を覚悟した。
このまま私は死ぬのか。
暗い空を見上げる常夜の頭上に、傘が差し出された。
見ると、身なりのよい夫人と自分と同い年くらいの少女が立っている。その少女は手にしていた菓子を差し出してきた。
「桂花糕よ」
今まで見たこともない、きれいな色をした菓子だった。キンモクセイの香りがする。こんな食べ物が世の中に存在するのか。
手を伸ばした常夜は菓子を一口食べる。そこから止まらなかった。
味わったことのない、甘くて香りの良い菓子を、無我夢中で頬張った。
「好きなだけ食べて、全部あなたにあげる」
その少女は首を傾げ、覗き込むようにして言う。
言われるまでもなく、常夜は二個三個と菓子を口に詰め込んだ。
この人たちはいつもこんなおいしいものを食べているのか。そして、綺麗な服を身にまとい、豪華な髪飾りをつけ、そして……。
幸せそうな笑みを浮かべている。
「名前は?」
夫人の問いかけに、常夜は菓子で頬を膨らませながら答える。
「常夜」
「お父さまやお母さまは?」
いない、と首を振る。
「そう……」
「ねえ、母上」
少女が母親の腕を引っ張る。夫人は微笑みを浮かべ頷いた。そして、常夜に向かって手を差し伸べる。
「私の娘の話相手として屋敷にいらっしゃい」
この少女の話相手?
私はこの人たちと同じ屋敷に住める?
迷うことなく常夜はその手を取った。
今の生活から抜け出せるなら、何だってする。
「私は慧雪よ。仲良くしてね、常夜」
にこりと笑う慧雪に、常夜も微笑みを返した。
これが常夜と慧雪の出会いだった。
だがそれ以来、常夜は桂花糕が一番嫌いなものとなった。
何故なら、初めて食べた桂花糕の甘さと香りが、辛かった時の記憶を思い出すから。




