第4話 ラウム村
ドラゴンに食べられかけ、そのまま落下死コースと思ったら思わぬ祝福を受けた。命を救って貰えた、しかもこんな美女に。
異世界の住人とはいえあまりに綺麗な人だった。特に白い肌と艶のある茶髪が周りの景観に引けを取らないほど美しかった。
女の子の私でも既に彼女に惚れる一歩手前まで落とされていた。
「貴女怪我とかはない? 風魔法で衝撃はだいぶ緩和させたつもりだったんだけど……」
頬を赤らめて惚けているところに話しかけられ、慌てながらも無事であることを伝える。
「はふぇ!? あっ、大丈夫です……助けてくれてありがとうございます!」
声可愛いし、行動はイケメンだし、どうしよう。お姉ちゃんになってもらいたい。妹の申し込み受付どこでやればいいんだろう。
終始破裂しそうなほどの興奮と驚愕で心臓が極度の疲労を迎えている所へ更に別ベクトルの負荷がかかって過労死寸前まで追い込まれた。
私は差し出された手を握り、彼女の手を借りてゆっくりと立ち上がる。
無事に立ち上がったことを確認すると彼女はほっと息を吐いて胸を撫で下ろした。
「何事もなくて良かったわね。それにしても何であんな状況に? あのドラゴンはこの辺りを縄張りにしてるけど、攻撃さえしなければ何もしないのに」
「こう、げき?」
「あとは縄張り荒らし程度だけど、森に火を放ったり高威力魔法を使用しなければ気付かれない筈……なんだけど」
私には一つだけ思い当たる節があった。
それはつい数分前、湖の近くで私が何の気なしに放った剣撃だった。
森に向けて何発か放った。それも樹が薙ぎ倒れるほどの威力を持ち合わせた飛ぶ斬撃を。それのせいで森にいる生き物たちを驚かせてしまったこともハッキリと覚えている。
それだけ自分のテリトリーを荒らした存在が優雅に空を舞っていたら、それは格好の的に決まっている。
その上あの竜がここらを縦横無尽に飛び回っているのなら、ここら一帯の空の王が彼らであるのも当然のこと。
テリトリーを侵害されたことによる怒りなのか、それとも純粋に捕食のための行動だったのかはもう分からないが、私が九死に一生を得たことは間違いなかった。
「あり、ます。さっきちょっと派手に森を荒らしちゃって」
「あ〜それはやっちゃったねー。今度からは周囲の魔物のことも考えて行動してね?」
「はい、ありがとうございますぅ……」
そしてこの状況を理解してから尚、彼女に対する信頼と恩義の気持ちは強まった。落ちている真っ最中だったとはいえ、見ず知らずの私を助けてくれたのだから。
私は緊張で声が出なくなる前に勇気を振り絞って少女にお願いをした。
「あのっ、お名前を、教えてもらえませんか?」
私の申し出を聞くと彼女は茶色の髪を軽く振り、右手を前に出して屈託のない笑顔を見せてくれた。
「私の名前はエマ。一応は魔法使いとして冒険してるわ。貴女のお名前は?」
魔法使いの少女、エマの微笑みに私の緊張した心は解されて、私も自然に彼女の手を取って名前を名乗ることが出来た。
「私の名前は、奏です。よろしくね、エマちゃん!」
「奏ね。どうぞよろしくね」
お互いに見つめながら握手するとどこか照れくさくて、えへへと私もエマも笑ってしまった。
そんな和やかな雰囲気でエマと対話していると、私の服の中からモゾモゾとゼリーのようなものが蠢きながら飛び出してきた。
先まで気絶していたスライムはプハッと息をしたような動作を見せた後、クリっとした目でパチパチと瞬きをして周りをキョロキョロと確認した。
「あっ、忘れてた! ごめんねプニ」
自分のことで精一杯だったのですっかり存在ごと忘れてたしまったことを謝るように、私はプニを腕に抱えてその頭を撫でた。
プニもぷよぷよと小刻みに揺れながら笑顔を浮かべていた。
私が優しくプニを愛でていると、それを見ていたエマは興味津々になって見つめながら少しだけ驚いたような表情を見せた。
「その子、水スライムじゃん。へぇ、奏ってもしかして魔獣使い?」
「どう、なんだろう……まだ分からないかなぁ。剣は得意かもなんだけど」
そもそもこの世界の強さの基準すら分かってない上に、飛ぶ斬撃や浮遊できるスキルがどこまでレアなものなのかはこの異世界情報ゼロの私には分かりかねないことだった。
そんな曖昧な返答をすると、エマは首を傾げてまた質問を投げかけた。
「あれ、もしかして奏ってギルドに入ってない冒険者?」
「う、うん。ギルドには入ってないの。まだこっちのせ──っ。こっ、こっちの土地に来たばかりでよく分かってなくて」
「ギルドはこの国どころか周辺国にも支部があるけど……」
「うっ……」
正直、命の恩人を疑いたくはないし妙に警戒するのも嫌だったのだけれど、やはり異世界転生者ということはなるべく隠した方が良いと判断してはぐらかそうとしても次々とボロが出てきた。
そもそもいかにも西洋風な世界でエマという名の少女がいるぐらいなのだから、『奏』という名前すら不自然なので効果があるかどうかは分からなかった。
むしろ今は挙動不審になった上にエマに怪しまれて警戒されないかという不安さえも抱いてきた。
ただエマは客観的に見れば明らかに不審者な私の反応を最後まで伺うと、下を向いて口に手を当てがいながら神妙な面持ちで何かを呟いていた。
そして数秒が経つと今度は私と顔を向かい合わせて、慈愛に満ちた微笑みを見せた。
「……なるほどね。大丈夫よ、何となく分かったから皆まで言わなくていいわ」
「えっ、それって……」
「ちょうど近くに村があるんだけど、ギルドの支部がそこにあるから手続きしに行こ♪ 分かんない事は全部教えるわ」
エマは優しい声で私を安心させようとしてくれると、今度は私の左手を握り手を引いてくれた。
私の歩幅を意識して合わせてくれながら村へ向かって森の中にある道を私達は進み始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
森の中にある少しだけ整備された道を歩いて数十分が経過した。
徐々に木々の緑の密度が小さくなっていき、小鳥や動物達の鳴き声から徐々に賑やかな人の声が近づいて来るのが分かった。
音が次第に大きくなるにつれて、私の期待と興奮は胸の高鳴りと共鳴していった。
草木のざわめきの中を抜け、私とエマは小走りで緑から飛び出した。
そして草木が遮っていた光は溢れ出して、私の目の前に広がる新たな光景を照らした。
「わぁお!」
私の目に映ったのは、これまた異世界特有の景観だった。
畑をせっせと耕し働く大人達、木造の建物が並ぶ町、芋を乗せた車を引く馬。まさに異世界らしいという言葉が相応しい村だった。
しかも素晴らしいことに、人々からは活気を感じた。畑仕事や取引を行っている者達には必ず笑みや優しさが伺え、笑い声や愉快な曲が村の至る所から聞こえてきていた。
本当におとぎ話のような光景だった。この世界の自然が生み出したファンタジー溢れる絶景と等しく、村の姿も私に感動を与えてくれた。
感嘆の声を漏らしていると私の反応を新鮮に思ったのか、嬉しいそうにエマも笑ってこの村について語ってくれた。
「ここは王都でも評判の馬鈴薯とお酒が美味しい賑わいの村、ラウム村。のどかな田舎だけど、食事も人も良いところよ」
「う〜んッ! 良いところ、すっごい良い場所! もうこの村好きになっちゃったかもっ」
村の前にある木の門を潜り、エマに連れられてギルドの支部を目指して歩いていると村人達はすれ違いざま、私へ向かって気さくに声をかけてくれた。
「おっ、お客さんかな?」
「やぁお嬢さん、この村へようこそ」
「小さな村だけど、ゆっくりしていってね」
何かを運んでいたり顔に土をつけたりして忙しそうにしていた彼らだったが、笑顔を絶やさずに気持ちの良い挨拶をしてくれた。
「こんにちは〜! ありがとうですっ!!」
お陰で私も緊張することなく、元気良く手を振りながら笑って返事が言えた。
久しぶりに受け取った人からの優しさで思わず幼い反応をしてしまったが、彼らもより一層笑顔になってくれたのが嬉しくて恥じらいはなかった。
村人達からの歓迎の挨拶を楽しむという贅沢をしながら、私は目的地にたどり着いた。
「着いたわ、ここがこの村にあるギルド支部兼ギルド管轄の酒場。『老犬の酒池』よ」
老犬の酒池、この建物はその名前に違わない店構えをしていた。
まるで西部劇に出てくるような建物の構造で、屋根の上には大きく錆びれた骨の看板が掲げられていた。
中からは男達のむさ苦しく景気の良い笑い声と洒落たジャズのような音楽が流れていた。
ここも中々に趣があり、私好みの場所だったが1つだけ不安があった。
「……あっ、エマちゃん。私14歳なんだけど入れるかな?」
「ここはギルドの支部施設だから問題なく入れるし、この国は13からお酒が飲めるから大丈夫よっ」
この国の酒事情に私は些かの心配を覚えた。少なくとも私は元の世界の規則通り、20歳になってから飲もうと決めた。
流石に異世界でアル中になってしまったら死に直結しそうで怖かったからだ。
そんなことはともあれ、私はウキウキ気分のまま酒場の扉を開けた。
「ご、ごめんくださー……ぃ」
扉を開いた瞬間、店にいた者達の視線が一気に私の方へ向いた。
先程まで賑わっていた店内が唐突に沈黙し、彼らの動きもこちらを向いてから止まっていた。
大勢の大人達から一斉に見られたことで胸の中を蛇が這うような恐怖心と背骨を直に触られたような緊張が一気に私に奇襲を仕掛けてきた。
何をされるのか、何を言われるのか、そんな事が私の頭を巡った。心臓は突然鷲掴みされて鼓動を止められ、口を塞がれたように息は詰まった。
私の目には反射的にジワッと涙が溜まりかけ、次第に筋肉が萎縮して腕や足を体の内側に引っ張ろうとしていた。
そんな恐怖と緊張感を抱いていたその時、突然先程までの、或いはそれ以上の活気で店内が溢れかえった。
男達はビールの入ったジョッキを片手に、大きな声を出して笑いだした。その笑いに悪意はなく、むしろ歓喜しているような雰囲気だった。
混乱している間に私の聴力は元に戻って、彼らの声を拾い始めた。
「おい野郎共、可愛いお嬢ちゃんがこの酒場に来てくれたぞ!」
「これはめでてぇな、乾杯ッ!! ガッハッハッハッハ!」
「……ウワッツ?」
酒場の男達は私に声をかけてくれた村人達より更に嬉しそうな声を上げて、私がこの村に来たことを喜んでくれていた。
先程までの心配が杞憂に終わったことと、彼らが歓迎してくれている事への喜びで僅かに涙腺が緩んでしまった。
気持ちの良い笑顔を浮かべ、男達はジョッキ片手に声を揃えて私を迎え入れてくれた。
『ようこそ俺らのラウム村へ、楽しんでいってくれ!』
この村の人々の人の良さにはこの短時間で何度も感動を覚えた。
野郎達は私を迎えてくれながら再びどんちゃん騒ぎを始めた。




