第5話 ギルド
男達からの思わぬ歓迎を受けた私はしばらく入口で固まっていた。
厳つい顔をした冒険者のような人から農作業終わりの様子のおじさん達まで、その見た目に反して温かい態度で迎え入れてくれたことは私にとっては想定外だった。
数秒前までビビっていたせいで妙な緊張感が後を引いてしまいそうになったが、エマが私の手を握ったまま酒場の中へ入っていってくれた。
ジョッキ同士がぶつかる音や大男達の笑い声の中を掻き分けてエマはカウンターの前まで歩いた。
彼女が席に座るとカウンターの向こうでコップを拭いていたこの酒場のマスターが優しそうな声で注文を聞いてきた。
中年の優しそうなマスターは私の方を見るとニコッと微笑み軽く会釈してくれた。細身で少し白くなった口ひげがチャーミングな印象だった。
「いらっしゃいお二人さん」
「マスター、フルーツジュース2つお願い。あとこの子に冒険者ギルドの入会手続きも」
「おぉ、お嬢ちゃんもギルドに入ってくれるのか。最近の若い子達は凄いねぇ。準備があるから少し飲んで待っててね」
マスターはそう言い残すとすぐに私達に飲み物を出して、拭き終わったコップを重ねて店の奥へ何かを探しに行った。
私とエマはマスターがその場から離れると即座に出されたジュースに手を伸ばしてフルーツジュースを喉に流した。口を付けてから乾いていた喉を一気に冷たいジュースで満たす。
「くぅ〜!」
「わぁっ、甘いのにスッキリしてて美味しいねこれ」
林檎や白葡萄のような透き通った甘さで、飲みやすくあっという間に飲み干してしまった。この世界は自然が豊かだからか、果実の味も高級品のようなレベルだった。
コップ一杯のジュースの味にもこの世界の素晴らしさを感じていると、隣で私と同じようにジュースを堪能しているエマの顔を見てふと我に返った。
コップの底に残った僅かなジュースの残りを飲み干すと、エマの目を見つめながら改めて感謝を伝える。
「さっきは助けてくれたし、ギルドにも連れてきてくれて、本当にありがとうエマちゃん!」
「いいよ良いよ、困ってる人がいたら助けるのが当たり前。それに奏みたいな女の子ほっといたらバチが当たるって」
「えへへ、ありがとうっ」
私の顔を見てエマは聖母のように微笑むと、彼女は私の左手の小指を包むように優しく掴んだ。そしてエマは鼻から小さく息を吐くと、穏やかな声で私に1つ提案をしてきた。
「ねぇ奏、手続きが終わったらさ。私と一緒にパーティー組まない?」
「ッ!」
「私はそこまで強くはないし、お金稼ぎとかはまんまり出来ないと思うけど、でも──」
「うん、組みたい! むしろ組ませて!! 私もエマちゃんと一緒に旅したいっ」
こんな素敵な提案なんて、受けない訳が無い。私は二つ返事で了承し、食い気味になってエマの申し出を受け入れた。
あまりに私が前のめりにOKを出したために彼女は少し驚いた表情を見せたが、また慈愛に満ちた聖女の顔になって嬉しそうに笑ってくれた。
エマは笑うと私の頭の上に手を置いて、それはまるで実の妹のように私を撫でてくれた。その手の体温が頭皮からじんわりと伝わってくるのがとても心地良くて、私は少しだけ涙腺が緩みながら子供のように笑った。
「そう……ありがとう、奏」
「んふふ〜♪」
エマと私が姉妹のように振舞っている最中にマスターが何枚かの紙と羽根ペン、そして蛍の光のような澄んだ緑色の水晶を運んできて私たちの前のカウンターにドサッと置いた。
「はい持ってきたよ、冒険者ギルドの入会書類。と言っても書くことはあまり無いけどね」
まずは私に1枚の紙が手渡された。その時、私は渡された紙を見て思わず目を疑った。
ギルドの入会書類は異世界のものとは思えないほど優れた製紙技術で作られており、私がいた元の世界の紙とパッと見ただけでは見分けがつかない程だった。
そして更に驚いたのが、書類の文字は異世界語でも外国語でもなく、紛うことなき日本語で書かれていたのだ。異世界で何故日本語が使われているのかは分からなかったが、これについて言及すると不味いと思いひとまずはスルーした。
そもそも異世界転生者という存在すら認知されていない可能性すらあるのだし、危険を自ら知りに行く度胸は私にはなかった。
ひとまず下の名前や年齢など最低限の個人情報を書き込みながら、何か話題を見つけようと簡単な感想をマスターに述べてみた。
「ギルドって、思ってたより簡単に入れるんですね」
「登録は簡単だからね。ライセンスやら許可証やらってなると面倒事が多いけど、ただ入会するだけなら30分もかからないさ」
「なっ、なんか消費者金融のCMみたい……」
「しぃ、えむ?」
しまった、とは思ったけどなんとか焦りだけは顔に出さずに済んだ。流石に「CM」という言葉だけなら問題ないだろう、そう自分に言い聞かせる。
その後は何事もなく5分程度で登録書を書き終わり、書いたものをマスターへ渡す。
そして登録書を書き終えたこの時点で、私はいくつかの有益な情報を手に入れられた。
それはこの世界でも元の世界と共通する点がかなりあるという事だ。言語は日本語、使用しているのはおそらく太陽暦であることなど、基礎になっているものは現実世界と大差がなかった。
異世界でさっそく情報の収穫が出来て少し気分が良かった。
「はいありがとうね。そしたら最後にこの魔石に手をかざしてくれるかな? これで登録できるし君のステータスも分かるから」
「はぁい!」
私が何も気にすること無く言われた通りにパッと魔石に手をかざしたその瞬間、水晶から眩い黄金色の光が放たれ始めた。
突然の激しい発光に私達は驚いて咄嗟に目を逸らした。
「うわぁ!?」
「まぶしっ!」
「なっ、この光っ……!!」
店内が黄金の光に包まれ、周りで酒を飲んでいた男達も飛び上がってどよめき出した。光は降ってきた太陽のように酒場の中を照らす。
私が壊してしまったのかと心配していると、光は少しづつ弱まっていって、小さな電球程度の光になった。何か不具合か何かでもあったのかと不安に感じたけど、とりあえず収まって良かった。
「眩しかったね。今のって何だったん──」
安心しかけたその時、マスターは目を丸くしながら私に向かって慌てて質問した。
「きっ、君。もしかして『転生者』なのかい!?」
質問を聞いて反射的にまた固まってしまった。マスターからその質問を投げられてから数秒後、私の時間は動き出す。
予期していなかった質問を受け、私は体が固まったまま絶叫した。
「……うえぇぇぇぇぇぇぇ!?」
隠していた事実が一日も持たずに発覚してしまった瞬間だった。




