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第34話 海辺にて眠る遺跡バエル

 日に熱された砂と優しい潮の香りが鼻腔をくすぐる。白波を立てながらキラキラと輝く海を見ていると、前髪を巻き上げる風が急に強く吹いた。私の足元では愛しの水スライムがぴょんぴょん飛び跳ね、横では二人の旅仲間が海を眺めて感嘆の声を上げる。


 これまでの人生で一番鮮烈な解放感に心を震わせながら、私は剣を置いて海岸を走った。



「海キレー!!」


「奏ちゃん、砂浜は足元気を付けて」


 気が付けば走り出して、サラサラとした砂の感触を足の裏で楽しんでいた。


「ここらに大型の海魔獣は生息していないけど、安全区域に行くまでは海入っちゃダメだよ」



「凄い! 砂の地面って、こんな感覚なんだぁ」


 生まれてこの方、埃だらけの床か硬いアスファルトしか踏んでこなかった私は砂の地面に足を取られ取られだったが走り回った。日が上がりきっていない頃のこの時間だけ、目的地に向かう足を少し止めた。



 ちょっとした寄り道を挟みながら砂浜をしばらく歩くと、満足して私はプニのスライム水で足を洗い流した。靴を履き替えてから十分もしなかった内に、今回の目的地に辿り着いた。



「うわっ! エマちゃん、もしかしてあれが……」


「ええそう、数百年前に沈んだ海の大遺跡バエルよ」



 それはあまりに巨大な石の怪物に見えた。地面に埋まり緑を乗せた古代の遺跡が眠っているように目の前に現れる。荘厳さすら感じる遺跡を前に、僅かに足がすくむ。



「沈んだ……? 遺跡は陸にあるのに」


「今見えてるのはあくまで遺跡の上層部。他は崩れて流されたり、飛んでくる砂で覆われてしまったの」


「えッ! これよりずっと大きかったの!?」


 テレビや新聞で見た鯨なんて吹き飛ばしそうな石造りの遺跡。その全貌を想像しただけで腰が抜けそうだ。


 そんな巨大遺跡の石の上を私たちは進み始めた。若干崩れた石の壁は長い時を経て木の根や植物に捕らえられ、道のような坂を形成していた。大きな木の根や砕けた遺跡の一部をよじ登って進む。



「え、エマちゃん。ここって本当に魔獣がいないの? さっきから凄い魔力の圧を感じるの」


 軽葉は辺りを見回しながら不安そうな顔を浮かべる。


「ああ、それはね軽葉。遺跡の材質そのものに魔力が籠ってるからなの。元は魔獣を隔離しておくためのダンジョンだったから、突破されて綻んだ今でも魔力は健在よ」


「それなら良かったぁ。ここなら魔法の練習も安心して出来そう」


「……え、もしかして軽葉ちゃんも魔法使いになったの?」


 軽葉が魔法を扱えるなんて知りもしなかった。それどころか以前には魔法やスキルは一切持ち合わせていないとまで聞いていた。


「言ってなかったっけ? 軽葉は駐屯地にいる時にユニークスキルが発現して、その能力を使いこなせるようになるために私に魔法の弟子入りしたって」


「初耳だよ! 知らないうちに友達が友達の弟子になってたなんて」


 あまりの衝撃で思わず声を上げてしまったが、軽葉の成長は純粋に喜ばしかった。ここ最近は彼女の成長具合には驚かされてばかりだ。



「でも嬉しいよ、軽葉ちゃんもユニークスキルゲット出来て。どんな能力なの?」


「ごめんね奏ちゃん。それは使う時になってからのお楽しみで」


「私だけハブられちゃってる!?」


 仲間とのこんな他愛ない会話も旅の醍醐味。いつもの調子で楽しく笑い合って坂をひたすら上っていくと、森を抜けて視界が一気に広がる。



「ほら奏、前見てみて」


「ほわぁっ……!」


 瞳に映ったのは、終わりが見えないほど広大な石造りの迷路のような遺跡だった。土地の隆起や石壁の崩落で高低差が生まれたこともあり、どこを見渡しても景色は変わらない。



「壮観だあ!」


「凄い、一面遺跡しか映らない」


 初めて遭遇する風景、これまでの人生で想像も出来なかったこの光景は圧巻だった。



「まだこの世界に来て間もないけど、歴史の重みみたいなものを感じるなぁ」


「この国にはいくつかの巨大遺跡が点在してるけど、ここは群を抜いて綺麗なトコよ」



 エキゾチックな空間は私の好奇心を引き立てる。また走りだそうとしたところをエマにおさえられながらも、私は自分の興奮を抑えられなかった。



「この遺跡、山や森と一体化してるんだね」


「下手に魔獣が来ないし、魔草はここの魔力に負けて生えないから、植物にはうってつけの場所なのよね」


 森林浴を兼ねた遺跡探索はまさに冒険をしているという感覚で気分が上がってくる。アドベンチャー映画のワンシーンを見ているようでウキウキする。

 しかしそんな明るい気分が最高潮に達しそうな時だった。突然軽葉が叫んだ。


「エマちゃん、向こうから人が!」


 彼女が指を指した方向を振り向くと、迷路のような遺跡の奥から誰か歩いてくる姿が見えた。


「奏、軽葉。私の後ろに」


 エマは咄嗟の判断で私と軽葉の前に立ち、背中に差した宝石付きの長い杖を構える。警戒態勢に入り、彼女は眉間に皺を寄せた。


「いや、違う。あの子……」



「女の子……?」


 目の前にいた人は私達と年の変わらない少女だった。背は三人の中で一番大きいエマより頭一つ大きいが、腕や足は瘦せ細ってガリガリ、顔色も土のようだ。目の焦点は私達の方を向いているようで虚空を眺めている。


 こちらが様子を伺っていると、少女は力なくぼそりと声を漏らした。


「た、すけ……」


 言いかけた時、少女は気を失いその場で倒れた。


「助けにいくわ、あれは見る限り重症よ!」


 エマの警戒心は少女の生死に対する危機感に変わっていた。分目もふらず私たちは彼女の元へ駆け寄った。


 倒れた彼女の身体を間近で見た時、彼女の容態の酷さを知った。


「傷だらけで、服もボロボロ。体の汚れも、何日も拭いてない汚れ方だよ」


 打撲や細かい切り傷が見える限りの肌に刻まれ、所々には垢や砂の汚れで黒く変色した部位もあった。



「ねえあなた、私の声は聞こえる!?」


 エマは腰にぶら下げた巾着から救急道具を取り出し、少女の意識を確認した。


 軽葉と私が彼女の身を心配していた時、エマが驚いた顔で声を上げた。


「ッ! この子、まさか……」


 何かの異変を感じたのかエマは彼女の来ていた衣の一部を脱がし、横たわる少女の背中を露わにした。

 するとエマが降ろした布の下から鳥のような大きい黒翼が顔を出す。人の半身ほどありそうな翼はひっそりと畳まれ、長身な彼女の背に隠れていた。



「この女の子、魔族だわ。それも魔族の中でも数少ない……『半魔』よ」



 倒れた片翼の少女にエマは目が釘付けになっていた。

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