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第25話 最後の一撃

 ここに来てホッとした表情を見せたイーサンに、奏はどこか不気味なものを感じた。


「貴方が来てくれたお陰で、僕らは救われるんです」


 その様子に奏が疑問を抱いていると、エリーラが続いて言葉を連ねる。



「あなたが来てから、私たちは初めて希望が見えたの」


「エリーラちゃん……」


「私は、ずっとここで見てきたの。『透実眼』、魔術の簡単な仕組みや人のステータスを見抜くスキル」


 エリーラの蒼眼の内、左の目だけが淡い光を発していた。その眼球には象形文字のような印が浮かんでいる。



「エリーラちゃんも、スキルが……」


 剣技のスキルを彼らが知った理由を理解した。


 合点がいって納得すると奏が目線を正面に戻すと、イーサンは唇を噛みしめテーブルに血を垂らしていた。



「ジル・グリムは僕達を魔術の生け贄だけでなく、結界を維持するための回路としても使っています。要は僕達は、この結界の核なんです」



 魔術の知識のない奏に難しい話は分からなかった。しかし彼らの命が天秤にかけられていることも、事態が想像していた以上に深刻な事も目の当たりにして自覚する。


 奏の目に映るまだ幼い少年が、こんな顔をしているのがその全てを物語っていた。



「たとえ自分達が何をしようと、あの男には届かない。でも、あなたなら!」


 目に涙を溜めたイーサンは救いの手を差し伸べられたような、安堵した様子で声を発する。



「『剣技』のスキルで結界を破れます。弱体化した結界を攻撃して、解くことが出来るんです」


 気持ちが昂るイーサンは希望に満ちた表情で奏の様子を伺う。



「あなたは魔獣の討伐隊と共にここへ来たと言いましたよね。まだ一週間しか経っていないのなら、ここに騎士団が来てくれる可能性もあります」


 子供とは思えないような推理力と計画能力。そしてイーサン自身の切羽詰まったような圧力を前にたじろいだが、奏は最後の確認を行う。



「本当に、本当に、確認なんだけどごめんね。皆は、親を殺されたって言ったけど、それに間違いはないよね?」


「親だけじゃない。ここに迷い込んだ子も、何人も犠牲になりました」


 イーサンの横に座るショーンは更に俯き、脇に立っているケヴィンの表情は険しくなっていった。


 大切な友まで奪われた子供たちは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。



「森の木の根元には、今でも子供たちの遺体が眠ってる」


 奏は何も言葉が出せなかった。彼らの心境を思うと、これ以上になく胸が締め付けられる。


 しかしイーサンだけは、真っ直ぐな目で奏に希望を抱いていた。

 その一瞬、イーサンの厳格な雰囲気は解けて、いつもの子供らしい明るさの彼になる。



「だから、放っておけないんです。同じ境遇に居て、寝食を共にした家族同然の子らが、このまま囚われ続けるのは」


 自分よりも小さな子供達の決意に、これ以上は何も言うことはなかった。奏は深呼吸で落ち着くと、心を決めてイーサンに尋ねる。



「私は、何をすれば良いの?」


「こ(・)れ(・)が終わったらすぐ、他の子たちを外に逃がして。逃がしたら、建物ごと剣で吹き飛ばして下さい」



 イーサンは拳を掲げた。彼の目の中には何十年も思い続けたような重みががあった。


「これが僕たちに出来る唯一の復讐です。ジル・グリムの魔の手から逃れ、希望をあの子達に託す事が!」


 イーサンの覚悟と希望に当てられ、奏も決意が固まる。



「うん、分かった。私にも手伝わせて」


「ありがとうございます、奏さん。これで僕達の長年の願いが叶います」


 奏が了承すると、部屋の中に妙な静寂が流れた。


 ケヴィン、ショーン、エリーラは暗い顔をして俯き、ティムとシャロンはお互いの手を強く握り締めていた。


 彼らの反応を少し不審に思ったが、息を巻いた奏は実行の為に必要な情報をイーサンに聞く。



「でも、結界の弱点って何処なの?」


「大丈夫です。結界の弱点は、僕たちで作ります」


 奏の方を見ないまま断言すると、イーサンは椅子から立ち上がる。


 席から離れたイーサンはテーブルの横に移動すると、ポケットから赤と緑の綺麗な石を4つ取り出す。するとその石をイーサンは床に叩きつけた。


 投げつけられた石は卵のように簡単に割れ、中から少し涼し気な風が吹く。

 彼が叩きつけたのは、中に魔力を溜め込んでいた魔石だ。



「そして僕は、復讐の嚆矢を射って、この地で眠ります」



 イーサンが穏やかな顔で言い放つと、奏は目をギョッとさせた。


 奏が異変に気が付き、止めようとした時には既に遅かった。



「ミア・サクリファイス」



 イーサンがその魔法を唱えた時だった。彼の体を刹那の間、緑の淡い光が覆った。


 儚げな光が消えた途端、イーサンは吐血して床に倒れ込んだ。目や鼻、耳など全身の穴から血が吹き出し、苦しむ間もなく絶命した。



 倒れたイーサンの目は瞳孔が開き、冷たい血だけが彼の痛いから流れている。


「ひぃっ、ぁ……いやっ──」



 奏は信じ難い光景を前に絶叫した。寝食を共にした人間の死を目にして、気が動転する。


 訳も分からないままイーサンの体を揺すり、涙を流しながら他の子供達へ助けを求めた。



「どうしよう、イーサンが! みんな、どうすれば……」


「奏さんッ!!」


 イーサンの亡骸を抱く奏に、ケヴィンが怒鳴った。


 ケヴィンは歯を食いしばると、床へ吐き出すように言葉を放った。



「俺らは全員、これを承知してここにいるんだ。結界を不安定にさせるには、核の最年長(俺ら)が消えるしかねぇんだ」



 この結界の核、回路としての利用。その意味を理解しないまま計画に乗ったことを奏はひどく後悔した。


 奏の剣で結界を壊す。その前段階として、この子供達は死ななければならないのだ。



「そんなっ、待って、こんなのダメだよ! 命を捨てるみたいなことは」


 必死に彼らを説得しようと奏は縋り付くが、ケヴィンや周りの子達の目に光は宿っていなかった。



「それにさ、俺らは長いこと頑張ってきたんだ。仲間が死んでいくのを何度も見たし、外にはもう家族はいない」


 乾いて空っぽになったケヴィンの心から、虚しい真実が流れ落ちる。

 ケヴィンは深い溜め息を付いて、そっと目を閉じた。


「もうさ、生きるのに疲れたんだよ」


 疲れ切ったケヴィンの顔を拝んで奏は躊躇ってしまった。


 その一瞬の間に、ケヴィンは切ない顔で自決の言葉を口にする。



「ミア・サクリファイス」


 無慈悲な淡い光がケヴィンに灯ると、肉が弾ける音に乗って血しぶきが床とテーブルに飛び散る。


 血のシミが木材に付くと、ケヴィンだったものが鈍い音を立てて倒れた。



 罪のない2人の子供の自殺に立ち会った奏の心に、余裕は少しも残されていなかった。顔をくしゃくしゃにして、目を腫らした奏は残った子供たちに助けを懇願する。


 それが無意味だと分かっていながらも、止めることは出来なかった。



「やだ。嫌だ嫌だ嫌だ、こんなの。こんなのッ! お願い、みんな。2人を助けて……」


 しかし奏の行動は少女の言葉で全て否定される。



「無理だよ」


「……えっ?」


 そう冷たく言い放ったのはシャロンだった。


 シャロンはイーサンとケヴィンの死体を前にしても顔色一つ変えないまま、奏に残酷な事実のみを伝える。



「『ミア・サクリファイス』、魔力を暴走させて自分の魔力回路を破壊する魔法。魔力回路が壊れたら、もう助からない」


「そんなの……ないよ」



 奏が泣き崩れる目の前でティムとシャロンだけは、この場所で穏やかな顔をしていた。


 2人は異様な程に、いつもと変わらないままだった。


「お姉ちゃん……」


「大丈夫だよ、ティム。一緒にいるからね」


 シャロンとティムは互いに優しく微笑むと、抱き締め合って安らかな顔で最期を迎える。



「「ミア・サクリファイス」」



 涙で視界を失った奏の耳に、血潮の飛ぶ音と床に二つの骸が倒れ落ちる音だけが入る。


 奏は既に限界だ。止める事も出来ないまま、彼らが自ら死んでいく様を傍観する事しか出来ない。


 悲しみと情けなさに苛まれ、奏の心は音を立てて崩れ始める。


「お願い、もう……やめて」


 打ちのめされている奏に、椅子に座っていた少年が声を掛けた。



「お姉さん」


「ショーンっ!」


 沈黙を貫いていたショーンは奏の前に立つ。奏は彼に死んで欲しくないと言うこともままならず、服を掴んで頬を濡らした。


 ショーンは暗い顔をしていた。しかし彼は小さく弱々しい声で語り始める。



「オレ、外でもここでも、友だち作るの下手なんだ。トロいし、暗いから、仲間はずれにされるんだ」


「っ……」


 物静かで、普段は無口なショーンが語った告白に奏は驚く。

 そして彼女はショーンが次に言う言葉を想像してしまい、思わず声を失う。



「だから、お姉さんと遊ぶの、楽しかった。ありがとう」



 不器用で優しい笑顔を見せられ、手先の力まで入らなくなってしまった。


 両手で顔を覆う奏の前で、ショーンは禁忌の魔法を呟いた。



「ミア・サクリファイス」


 少年の遺体が木の柱にぶつかる音がした。気が付けば奏の周りは血の海になり、奏の白い服も血飛沫で真っ赤に染まっている。


 奏は自分の顔から零れているものが涙なのか、子供たちの血なのかさえ分からなくなっていた。



 嗚咽して彼らの死を嘆いていると、奏の目に金髪の少女の姿が飛び込んでくる。

 奏は最後の希望であるエリーラの元へ這い、彼女の両腕を掴んで懸命に自害を止めさせようとした。



「エリーラちゃんっ……! お願い、死なないで。お願いだから、私の目の前で、死なないで……」


 奏は自分の腕で涙を必死に拭う。乱れた息をしてへたりこんだ奏を見たエリーラは、そっと彼女の名前を呼ぶ。



「奏さん」



 奏がもう一度、死なないでと言おうとした時だった。


 エリーラの口から、小さく震えた声が零れる。



「怖いよ……」



 彼女の口からから出るとは思ってもいなかった言葉を耳にすると、奏は赤くなった顔でエリーラを見上げた。


 エリーラは肩を震わせながら、ポロポロと涙を落としていた。


 鉄仮面のように今まで表情を見せなかったエリーラが、ここに来て初めて自分の気持ちを顔に出している。



「私もいかないと、結界は解けない。復讐したい気持ちも、友達がいなくなって辛い気持ちも、ここで生きてきて疲れた気持ちも、みんなと同じ。なのに──」


 エリーラは抑えていた涙が一気に溢れ出し、力が抜けて膝から崩れ落ちる。


 両手で顔を抑えた少女はか弱い声で奏に訴えかける。



「怖い。怖くて、死ねないの」



 エリーラの言葉で分かった。彼女は冷たい人間でも、感情的にならない子でもない。


 エリーラは優しい、ただの女の子だ。

 親を殺され、この孤児院に監禁され、友を殺され、その耐え難い事象がエリーラに鉄仮面をつけさせたのだ。


 幼い心をここまで追い込んだジル・グリムの所業が、彼女をこうなるまでに至らしめた。



「私が生きていても、どうしようもないって、分かってるのに。それでも……」


 蒼眼を真っ赤に腫らしたエリーラは、奏に抱きついて彼女の耳元で本音を零す。



「わたし……死にたくない」



 怯え苦しむ少女の頭を、奏は優しく撫でる。奏は子供達の死の悲しみに陥る中、エリーラだけでも思い留まってくれたことで救われた。


 今まで我慢していた涙を全て出し切る思いで、2人は声を上げて泣いた。


 少女達の心の中で塞き止められていた淀みが、涙に溶けて少しばかり流れて消える。



「大丈夫だよ、エリーラちゃん。もう、辛い思いはしなくて良いんだよ」



 涙を出し切り顔を袖で拭い、奏は立ち上がった。



「私が、終わらせて来るからね」


 奏はジルの元へ行くと決めると、まだ座り込んでいるエリーラに頼みを託す。



「エリーラちゃん、他の子達を外に誘導するの、お願いね」


「でも、結界はまだ完全な弱体化は──」


「私のスキルなら、この結界が破れるんだよね?」



 エリーラは小さく頷くが、不安な顔で奏を見上げる。



「うん。でも、それは私たちが全員死んだらの……」


「可能性がゼロじゃないなら、やる価値はあるよ」


 エリーラと他の子供達を守るため、その気持ちが奏を突き動かした。



「ジルさんの所に、行ってくる。もう、誰も犠牲にならなくて良いように」


 自分の部屋へ銀剣を取りに行こうとした時、エリーラは軽葉の居場所を教える。



「……ジルは多分、軽葉さんと今地下室にいる」


「軽葉ちゃんが……!?」



「結界の効果が定着するのに、1週間かかるの。多分今は術式を仕込む為に、地下の部屋で拘束されてるはず……」


「場所は?」


「玄関のカーペットの下に、扉がある」


 最後の確認事項を終えると、奏は再度エリーラを抱き締め、挨拶を告げる。



「ありがとう、行ってくる」


 奏は食堂の扉を開け放ち、自室へと向かう。


 剣を取りに向かう奏の顔は、その時にもう感情が消えていた。

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