9.迷宮の封印解除4
紅葉はとりあえず二層から始めようと考えていた。
伊東とまっさらな迷宮を歩きながら、大まかに話しをしていると、イメージしている階層を書いてくれと紙を手渡された。
迷宮管理協会から支度金として、紅葉にはいくらかの補助金と迷宮ポイントが付与されている。
初期費用は誰でも低く抑えたいわけで、新規参入者には手厚いサポートが準備されていた。
迷宮管理協会は、迷宮管理人達から迷宮産の品物を規定料金で買い上げ、その後市場にやや高値で流している。
迷宮産のものは、市場に出回るものよりも味や品質が良く飛ぶように売れる。
稼働する迷宮が増えると、その分恩恵にあやかれるとあってサポートは万全であった。
一方、迷宮管理人達の収入はと言うと、冒険者から買い取った品物を、迷宮管理協会に売る事になるので、手数料等を引いた差額が純利益となる。
ただ、買取料金はデータベース化され、管理人達には国指定の決済システムを使用する事が義務づけられている。
冒険者から買い取る基準は定まっており、迷宮管理人が安値で買い叩くことは出来ない。
また、迷宮産の品物を迷宮管理人が直接市場に流すことは禁止されている。
自然と他に収入源を求めることになるのだが、知恵と一工夫が必要だった。
大前提として、冒険者が迷宮内で手に入れた物は冒険者の所蔵になる。
持ち出し厳禁なものは表示がされるので、盗まれる心配をしなくて良さそうだ。
冒険者がお金を稼ぐ方法は三通りある。
1.迷宮管理人へ売る。2.業者へ売る。3.個人売買
3.はトラブルが発生し易いため、ほぼ、1.か2.を選ぶ人が多い。
手っ取り早く日銭を稼ぎたい者は、1.を選び、少しでも高値を期待する者は業者へ売ることを選択する。
最も、業者によっては買いたたかれることもあり、慣れない者は特に注意が必要だった。
迷宮ポイントは、迷宮に設置する什器や拡張に使えるポイントだ。
魔物にも使えるが、管理人の思うように選択出来る種類には限りがあった。
初期設定では、迷宮管理人の気質と階層の仕様に合った種類が表示される。
その中から管理人は希望にかなうものを選択していく。
これから先は、迷宮が自動的に取り込むエネルギー量と管理人紅葉のステータス次第。
運が良ければユニークモンスターも今後出てくるかも知れない。
エネルギーについては冒険者達から集める。エネルギーの元は人の『喜怒哀楽』
その感情をどれだけ引き出せるかが運営の肝になる。
幸いなことに、紅葉は比較的ステータスが高い事が分かった。
今のレベルでも三層まで迷宮を造ることは可能とお墨付きを貰っている。
素人の自分があまり手を広げてもと考え、二層から始める事にした。
目標は二週間後のオープンだ。
何なら一層だけにして中身を充実する手もありますよと、伊東がアドバイスしてくれたが、来てくれた人に一層を攻略しても次のお楽しみを用意してあげたかった。
「やっと形になりましたね」
「はい! まずは第一歩ですね」
紅葉は青写真として、伊東に絵図面を渡す。
「こんな感じでどうでしょう?」
伊東は紅葉から渡された各層の絵図面に目を通した。
「ところで山野さん。今更ですが冒険者登録してますか?」
「冒険者登録ですか?……いえしてません」
「何処かの迷宮に潜った事は?」
「恥ずかしながら、一度も行った事なくて……やっぱり不味いですか?」
伊東の顔が少しだけ翳る。
それでこんな感じになるのか……
伊東は紅葉から渡された絵図面を見て、素人なりの面白い発想だなと思ったが、欠けているものがあると感じた。
一度でも迷宮に潜った事があれば気がつくのだが、紅葉のにはそれがない。
説明は容易いが、一度体験して貰った方がいいなと伊東は判断した。
「山野さん。明日か明後日お時間ありますか?」
「ええっと、明後日なら大丈夫です」
「そうですかなら丁度いいですね。山野さんは迷宮管理を今後していくわけだから、どういうものか実際に体験した方がいいです」
「はい」
「先程の絵図面は最初にしては、よく描けてましたよ。ただ基本的なものがありませんでした」
「基本的なもの……ですか?」
「はい、そうです。口で言うのは簡単ですが良い機会ですし、よそも参考にもなるので、他の迷宮に潜りましょう」
「はっはい!」
少々強引な伊東に、紅葉は面食らうが、考えあってのことだろうと素直に頷いた。
「伊東さんありがとうございます。そうですよね! 何も知らないのと、少しでも知っているのは違いますよね」
やっぱり、未経験者が迷宮管理何て烏滸がましいかなと、紅葉は頬をポリポリ掻いた。
その顔は羞恥で若干赤い。
ぶっつけ本番で進めていく事には正直不安しかない。
迷宮管理はサービス業というし、他所様がどんな風に経営しているか紅葉も気になっていた。
「あっ!」
ここで肝心なことに気づく。
「あの伊東さんすみません。行くのはやぶさかでないんですが、一度も行った事がないので、あの……装備品ももちろん無いんですけど」
「ああっ装備品ですか……ちょっと失礼しますね」
伊東はそういうと、立っている紅葉の横に並んだ。
手のひらを出して紅葉の頭の位置を確認する。
うんうん多分合うかな……
伊東はブツブツと呟いていた。
「私の方で用意しますので、山野さんは気にしなくていいですよ」
「最悪現地で調達する事になっても、経費で落とせるので……」
伊東さんの笑顔が妙に爽やかだなぁ……
「何から何までありがとうございます」
紅葉は伊東の申し出に甘える事にした。