4.里帰り2
お山というのは、裏山のことで間違いないかの……代替わりとははて?……
仏間に入った紅葉の祖母静子は、仏壇へ線香をあげ手を合わせていた。
今は亡き夫の位牌に向かい語りかける。
「爺さん、何だかけったいな事になってしもうたなぁ。紅葉にメールせんが、久しぶりに顔が見れて良かったの」
「なあ爺さん。裏山ちゅうと高広に継いでもらおうとしてたあれのことでええか? あん子は先に逝ってしもうたで。わしは紅葉には荷が重かろうと思うとったが、丁度ええ機会じゃから渡してええか? ほんでお山の事はちっともわからんき、どう教えりゃいいか……」
「……」
位牌に語り掛けたとて、答えが返ってくるわけもない。
静子はしばらく正座のまま位牌をじっと見つめていたが、仏壇の引き出しが気になった。
座布団から立ち上がり、引き出しの中をガサゴソ漁り始める。
底から若干クシャクシャの折り畳まれた紙を取り出した。
「そうじゃそうじゃ、これをあの子に見せりゃええ」
ふ~とひと息ついた後、静子は腰をトントンと叩きながら部屋を出て行った。
静子が茶の間に戻ると、紅葉は横になりうたた寝をしていた。
「ほんに大きくなっても、紅葉ちゃんは変わらんの」
紅葉の上に暖かそうなタオルケットがのせられた。
それから数時間が経ち、何だか香ばしい匂いに紅葉は目を覚ます。
「やっと起きたかねぇ」
食卓には夕餉の準備が整っていた。
「あっばあちゃんごめん」
手伝いもせずすっかり寝入ってしまった紅葉。
「構わんよ、よっぽど疲れていたんじゃろ。ご飯を食べてまたゆっくり寝りゃいい」
「明日からは手伝うよ」
「そうかい。そりゃばあちゃんも助かるよって。ほな食べようか」
「うんいただきます」
「いただきます」
久しぶりの祖母の手料理を味わいながら、紅葉はここ最近の出来事を語った。
仕事を辞めさせられた事、結婚は白紙になった事……
自分の中ではケリがついて、もう過去の事となっていたが、いざ祖母に説明を始めると悔しさが込み上げてきた。
「そうかいそうかい。色々辛い目におうたの」
途中から涙声になるも、祖母はうんうんと相槌をうち、責めるようなことも言わずに聞いてくれていた。
「紅葉ちゃんはまだ若いき。これからもっといろんな人との出会いがある。前を向いて笑顔でいりゃ、いい事が向こうからやってくるでの心配いらん」
祖母の暖かい励ましに心が軽くなる紅葉だった。
食後のお茶を飲みながら、二人はゆったりした時間を過ごす。
「あっ忘れるとこじゃったよ紅葉ちゃん」
「どうしたの?」
「これを見んさい」
紅葉は祖母静子から少しセピア色にくすんだ紙を受取る。
随分年季が入って古そうだ。
クシャクシャになった紙を机の上に広げて見た。
「何々?迷宮管理協会からのお知らせ……」
「迷宮管理協会? 迷宮……お家と何か関係あるの? もしかしてある?」
「裏のお山がそうじゃよ」
「ええええ!」
紅葉は驚いた。
この場所に……しかも今まで知らなかった事に驚愕する。
「ばあちゃんそんな事一度も言った事無いよね」
「んだ……ばあちゃん忘れてただ」
ばあちゃん忘れてた……って
「元々こん地はばあちゃんのでない……爺様からお前の父さんに継いでもらうつもりだったんじゃよ。ほんでも、お前の父さんは早う亡くなってしもうたからな。色々あって、随分昔に止めたでな。紅葉にお山の事を言われるまで忘れとうたわ」
「そんでなぁ、ばあちゃんは紅葉に渡していいと思うちょる」
「えっといいの?」
「んだ。爺さんにも断わったからの、好きにするがええ」
「うん、分かった。なんか大変かも……だけどありがとうばあちゃん」
紅葉は再び、手元の紙に視線を戻す。
迷宮管理協会か……
迷宮管理協会からのお知らせ……と、色々書いてあるのを端折って要約すると、この紙自体には封印完了のお知らせと再開したい場合について書かれていた。
詳しくは迷宮管理番号を連絡の上、お問い合わせくださいとあった。
迷宮管理番号……っとこれのことかな?
紅葉はスマフォで迷宮管理協会を検索した。
問い合わせ番号が同じ事を確認する。
「ばあちゃん……明日迷宮管理協会にとりあえず電話してみるよ」
「んそうかい、電話したら東雲さんて人がいるか聞いてくれんか」
「東雲さん?」
「前に担当してくれた人だがや」
紅葉は忘れないように、紙に東雲さん確認と書き込んだ。