33.【来夢迷宮回想録】 「焔の群れ、草原を駆ける」
ある冒険者の回想録
――記録者:柊 静馬
逃げたことは、恥じゃない。
問題は、そこから目を背けるか、立ち向かうか――だ。
◇第一階層・草原エリア 戦闘ログ:No.76219-C
来夢迷宮の第一階層――草原エリア。
晴れ渡る空、緩やかに起伏する丘、背の高い草に風が通る静かな場所。
俺たちパーティーは角うさぎや甲殻アルマジロを倒し、この階層最大の敵に挑もうとしていた。
この階層に生息している強敵――ファイアウルフ。
炎をまとい、群れで動き、狩りを楽しむような戦術的モンスター。
公式ガイドにも「新人冒険者には過酷」と注意書きがあるほどだ。
だが俺たち《蒼撃隊》は、装備を整え、訓練も重ねたうえで、あえてこの“群れ”に挑んだ。
結果から言えば――それでも、足りなかった。
◇戦闘開始
「三体確認……いや、四体目!?」
ノゾミの警告が草の向こうから響いた。
全身に炎をまとう赤き獣たちが、丘の上からこちらを見下ろしていた。
「っ来るぞ! 準備ッ!」
俺と前衛のハルが前に出る。だが、ファイアウルフたちは真正面からは来ない。
左右に分かれ、遠巻きに囲むように動き出した。
まるで狩りを愉しむかのように、ゆっくりと、確実に。
「焔弾! 来る――っ!」
地面を薙ぐような炎が走る。
仮想空間だとわかっていても、皮膚がヒリつく感覚がリアルに錯覚させる。
(死ぬわけじゃない。痛みも軽い――それでも、怖い)
ノゾミが巻き込まれた。転倒。ヒールは間に合わず。
「判定:戦闘不能」表示。 まずい。これ以上ここに留まれない
その瞬間、俺の中で切り替わった。
「皆、残念だがここまでだ。撤退するぞ。全員、離脱用意!」
焔を抜け、草の波間を走る。
草原は開放的に見えて、実際は隠れる場所が少ない。ファイアウルフにとっては最高の狩場だ。
何とか転送サークルを展開し、リーダー権限で強制退避を発動した。
最後に見えたのは、丘の上から群れを見下ろす一匹――
**紅牙**と後に識別された、群れのリーダーだった。
その瞳は、まるでこう言っていた。
「まだ狩るには早いな」
1階層から2階層へ飛んだ直後、ノゾミが呆然とつぶやいた。
「……あれが、あの階層の“普通”なんて……信じられないよ」
だが、確かにそうだった。ファイアウルフはあの草原の“生態系の一部”なのだ。
ただのモンスターではない。この世界で生きている存在。
迷宮内は不思議と仮想空間という設計で、冒険者は死にはしない。
だが、命を賭ける覚悟がなければ、立っていることすらできない。
◇回想を終えて/個人記録抜粋(柊 静馬)
「本気で生きようとしない者は、狩られる」
それがこの草原の“ルール”だった。
痛みは軽減されていても、恐怖は薄れないように設計されている。
迷宮はそれを知っていて、俺たちを試してくる。
だが――だからこそ面白い。
生きるかのように戦い、戦うからこそ成長できる。
俺は、逃げた。
でも、戻ってくる。次は、狩られる側ではなく、狩る側として。
再戦を誓い俺たちは来夢迷宮を後にした。




