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✽それでもキミを想う俺✽

 午後5時。

 夕方なのに、冬だというだけあって日が暮れるのが早い。空はもう藍色に包まれていた。

 俺は中山(ナカヤマ)先輩に言われた時間よりも少し早めに玄関へ立った。

 もちろん、樋口(ヒグチ)のことを諦めきれない俺は先輩の好意を断るつもりだ。

 彼女の好意を無下にすることもできなくて、結局会うことを決意した。

 どんなに綺麗な人であっても、俺のこの想いは樋口に対するものだけだ。同性とか異性とか、そんなものは関係ない。

 樋口だから好きになった。

 たぶん、これからもずっと樋口しか好きにならない。


 往生際が悪いと思う。

 だが、それくらい俺の中で樋口が大きくなりすぎたんだ……。


 ガチャリと玄関のドアを開け、外に出れば冷たい風が円を描いて俺を囲む。

 制服から私服に着替え、ジャンパーを羽織り、首にはマフラーも巻いたのに、外はとても寒い……。

 体だけでなく、どこもかしこも……。

 ぶるりと体を震わせて、数歩歩くと202と書かれたプレートがあるドアの前を通り過ぎる。

 ヘコんだ一角の陰に、樋口が突っ立っているのが目の端に映った。

 寒がり屋の樋口は、普段外出する時、恐ろしいほど厚着をしているのにも関わらず、トレーナーに下はジーンズといった出で立ちのままだった。

 ドサクサに紛れて告白してしまった俺に、今さら何の用だというのだろう。

 同性に恋をした俺を気持ち悪いと言いに来たのだろうか。

 それとも律儀に『お前のことをそんなふうに見れない』ことを告げに来たのだろうか。

 もう言われなくても振られることは知っている。だったら放っておいて欲しい……。


「あの……吉澤(ヨシザワ)……」

 締めつけられる胸が痛い。

 樋口から早く遠ざかりたくて、話しかけられても知らんぷりをする。

 そのまま歩く速度を緩めずに進んだ。


「待てや!!」


 樋口を通り過ぎ、少しした後――それでも樋口は俺を放っておいてはくれなかった。

 ぐいっ。

 俺の右腕が後ろへ引っ張られる。

「俺に何か用か?」

 口から出た言葉はとても冷ややかで、我ながら冷淡な奴だと思う。

「っ……中山先輩の告白、受けに……行くんか……?」

 そんなツンケンした俺の態度に怖気づいたのか、うつむいた樋口。告げた言葉は冷たい風に乗って語尾が消えていく……。

「お前には関係ないだろう?」

 俺のことをどうとも思っていないお前には!!

「なんで……そんな言い方……」

 それははじめてだったかもしれない。

 今まで、どんな時でも強気だった樋口が、震える声で小さくそう言ったんだ。

 だが、それに同情できるほど俺はお人好しでもない。

 もう、樋口とは付き合えない。


 俺は樋口に告白した。

 気持ち悪いとそう思っているだろう?

 ああ、それともアレか。

 寒さ避けがなくなると困るからっていうやつか……。

 俺の告白も、キスも……なかったことにするつもりなのかもしれない。


 ああ、イライラする!!

 イライラを隠せない俺は無言のまま立っていると、うつむく樋口はまた口をひらいた。

「いやや、行かんといて……オレと一緒にいて……」

――ああ、やっぱり樋口は俺とのキスも告白もなかったようにするつもりだ。

 だったらもう、何も話すことはない。

 否定された俺の想いが、樋口に掴まれている右腕から全身に痛みとなって行き渡る。

 樋口の手を乱暴に振りほどき、俺はそのまま螺旋階段がある方向へと歩いた。

「っ、待てや吉澤!! キスしといて……オレに好きやって告白して言い逃げすんなや!!」

 それは突然の大声だった。

 樋口はよく響く公共の廊下で、俺が樋口にした行為をそれはそれはよく通る大声でしゃべりやがったんだ。

 びっくりした俺は足を止め、振り返る。

「……っ、オレ……オレも好きや!!」


……は?

 好き?

 誰が?

 誰を??


 樋口の言葉が信じられなくて呆然と立ち尽くす俺――。

 樋口はまた大声で話しはじめる。

「ずっとずっと好きやった!! せやけど吉澤モテるし、同性やしそんなん言われへんやん!!」

 樋口は今、すぼめた肩で息をして、握りしめた両手の中に裾を掴んでいる。

 つむった目にはうっすら涙があふれていた。

 こんな場所で男に告白とか、他の人間に聞かれたらどうするんだろう。冷静な判断をするもうひとりの俺がどこかでそう言っている。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 泣いている樋口をなんとかしてやりたい。

 俺を想ってくれていた樋口を包んでやりたい。

 俺はゆっくり、元来た道を戻る。

「……いつか……オレから離れるかもしれへんけど、でもそれでも一緒にいれるならって思うてっ!!」


 樋口まであと数歩。

 たどり着いたその時、樋口はさっきよりもずっと頼りない声を上げた。

『いつか離れるかもしれない』

『それでも一緒にいれるなら、このまま――……』

 それは俺が自分に言い聞かせていた言葉だ。

――樋口もそうだったのか?

 俺と同じだった?

「樋口? ソレ、ほんとう?」

「そんなんウソついても何の得にもならんわボケぇっ!!」

 グズグズと鼻を鳴らし、そう言う樋口の声は震えている。


……ああ、もうムリ。

 限界。

 樋口が好きすぎてどうにかなってしまいそうだ。

「好きだ、樋口……ずっと好きだった」

「オレもやボケぇ、そんなんやったら早よう言うてや!! 嫌われたって思うたやんかぁああっ、うえええええっ」

 同性に恋と有り得ない。

 廊下で告白とか有り得ない。

 ましてや喧嘩腰で告白も論外だ。

 それでも、そういうのもいいかもしれないと思うのは、可愛い樋口が俺の腕の中にいるからだ。

 泣きじゃくる樋口を抱きしめながら、俺はその日、マンションの連中たちに好奇な眼差しで注目を浴びるまで木枯らしに吹かれた。




「なあ、ずっとこうしててな?」

 深夜12時。

 あれからひとしきり泣いた後、マンションの住人たちの視線から逃れるべく俺と樋口はそれぞれの家に戻り、こうしてまた樋口のベッドに潜り込む。

「ずっと……こうしているのは……」

 俺としては、せっかく樋口と両想いになったんだ。今までと同じ、ただ抱きしめて眠るだけっていうのじゃなくて、当然先に進みたいとも思う。

 それを言おうと口を開ければ――……。

「あかんのか!?」

 向かい合う樋口は、いつも勝気なつり上がったまゆ毛が下がった。

 表情を伺えば、また泣きそうになっている。大きな目に涙がたまっていた。

 今まで意地を張って強気に振舞っていたのか、本来の樋口はどうにも泣き虫らしい。

「――いや、そうじゃなくてだな……」

 なんと説明すればいいのだろうか。

 言い方に困っていると、俺の背中に回された腕に力が入った。


『離さないで』


 まるでそう言っているようだ。

 可愛らしい行動に、思わず口角が上がってしまった。

 それを肯定だと取ったのだろう樋口の表情は、泣き顔から唇をツンと突き立てて不機嫌になった。

 突き出た桃色の唇が愛らしい。


 チュッ。

 俺は樋口の唇を(ツイバ)んだ。

「○△□×!!」

 すると樋口は俺の背中に回した腕を離し、声にならない声を上げながら両手で唇を塞ぐ。

 その仕草も可愛い。

「好きだよ、離れるなんてできるわけないだろう?」

「っんなっ!?」

 どうやらキスの先はもう少しお預けになりそうだ。

 ひっくり返った声と共に、真っ赤な顔が俺を見上げ、桃色の唇をパクパクと開閉させる。


 まだ冬は序盤。

 これから、もっとずっと寒い冬がやって来る。

 だが、樋口と一緒ならもう寒くもない。

 俺の中にあるのは、可愛い樋口だけ――……。

 俺の心はあたたかい。

 これからもずっと続く幸せに満ちていた。




      ✽えんど✽


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