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プロローグ 創世の軌跡と星々の記憶

 これは世界が造られる前の名前の知らない神様の話です。

 

 よって本編とはかけ離れた話になります。


 設定を知りたいという方以外は、『1話』から読むことを推奨します。。

 何かを生み出すということは、同時に、それを破壊する【混沌(カオス)】をも生み出すということだ。

 それは、私がこの世界に光を灯し、虚無の大地に産声を響かせたその瞬間に定められた、因果の絶対法則だった。


 私が命を形創るたび、それを喰らい、すべてを虚無へと引き戻そうとする暗黒の奔流が湧き上がる。気が遠くなるほどの永劫の時を、私はただ一人、その闇と戦い続けてきた。

 ……いや。「戦う」という言葉すら、当時の私にとってはどこか傲慢な響きを持っていたのかもしれない。

 世界の始まりにあった私は、まだ何も知らなかったのだ。自らが創り出したカオスという闇が、どれほど深く、どれほど貪欲な牙を持つかを。


◇◇◇


 ただ、孤独だった。

 果てのない無の空間にただ揺蕩うだけの時間を埋めるように、私は世界を創り始めた。

 誰に見せるためでも、誰に誇るためでもない。ただ私自身の心を満たす美しい世界を、好みのままに形にしていくことが、幼子のおままごとのように無心で、途方もなく幸福な時間だった。


 指先を一筋走らせれば、そこには燃えるような赤の大地が広がり、やがて炎そのものを生命の核に宿した『炎の民』が芽生えた。彼らは激しく、豪快に笑い、灼熱のマグマの上で輝かしい文明を築いた。

 

別の場所に一雫の涙を落とせば、澄み渡る清流が大地を潤し、澄み切った心根を持つ『水の民』が生まれた。彼らは水面に揺れる月影を慈しみ、柔らかな歌声を世界に響かせた。


 空を自由に舞うしなやかな翼を持つ者。深い大地の奥底に根を張り、静寂を愛する者。夜の暗闇の中でこそ星のごとく輝く美しい瞳を持つ者──。

 

 私が紡ぎ出す色とりどりの命たちが、手を取り合い、笑い、争い、やがて助け合いながら小さな社会を築いていく。その営みの一部始終を空の彼方から見守ることこそが、孤独だった私にとって唯一の救いであり、至上の喜びだった。


 だが──その幸福な夢は、永遠には続かなかった。


 私が丹精を込めて彩り、愛した世界に、カオスは必ず姿を現した。

 最初は、天の端に生まれたほんの小さな滲みだった。誰も気づかないほど些細な、黒いインクの染みのような滲み。

 しかし、それは瞬く間に世界の空を喰らい尽くし、どろどろとした粘性の暗黒となって大地へとへばりついた。


 炎の民が誇った黄金の都は、悲鳴を上げる隙すら与えられず、灰すら残さず消えて行った。

 水の民が代々守り続けてきた清らかな運河は、黒く濁った泥水へと変色し、やがて世界そのものが闇の中へと溶けていった。


 私は、何度も、何度もその光景を目撃した。

 創っては、壊された。壊されては、血を吐くような思いでまた創り直し、そしてまた容赦なく破壊された。

 どれほど美しく、どれほど愛を込めて創り上げた命であっても。カオスはそのすべてを、まるで最初から何も存在していなかったかのように、冷たく無へと帰してしまう。


 愛しい子らの助けを求める悲鳴すら、私の手には届かなかった。

 私はそのたびに、崩れ落ちる世界の中にたった一人で立ち尽くした。誰に助けを求めることもできず、誰の温もりにすがることもできず、ただ繰り返し、繰り返し、喪失という名の冷たい刃で胸を抉られ続けた。


……もう、嫌だ……


 崩れ去る泥の上で膝を折り、声にならない声を誰もいない世界に響かせながら、私の中に静かな、けれど灼熱のごとき暗い情念が芽生えていた。


 もう、失いたくない。

 あの身を裂かれるような喪失の激痛を、二度と味わいたくはない──。


◇◇◇


 だから私は、私が持てるすべての技術と、あらゆる叡智の結晶をその身に注ぎ込んだ。


 寸分の狂いもない完璧な設計。あらゆる災厄をはね返す圧倒的な力。美しく、気高く、そして何よりも──カオスの暴力すら一蹴しうる、絶対の守護者。

 私はついに、【最強の種族】を創り出した。


 彼らはまさに、私の理想の具現化だった。

 ダイヤモンドのごとく硬質で傷一つつかない美しき肌。神である私にすら比肩する無尽蔵の魔力と聖力。世界の均衡を守り抜くために、あらかじめ完成された守護者たち。

 これでようやく、あの終わりのない惨劇に終止符を打てる。そう信じて疑わなかった。


 だが──私の儚い期待は、絶望へと塗り替えられることになる。


 カオスが再び世界を侵食し、闇となって押し寄せたその日。

 完成されたはずの最強の守護者たちは、なすすべもなく、一方的に蹂躙されていった。


 カオスは、私の設計した「最強」を超えて、変異を繰り返し、姿を変えて襲いかかってきた。

 しかし、調停者たちは何一つ状況を変えることができなかった。なぜなら、彼らは最初から『完璧』として完成されすぎていたがゆえに──想定を超えた事態に対処するための「変化」や「成長」を起こす余地が、一切残されていなかったのだ。


 あらかじめ与えられた仕様通りの動作を正確に繰り返すだけの彼らは、順番に潰され、ただの塵となって崩れ去っていった。

 彼らには、奇跡を起こすための隙間すら存在しなかった。


ああ……あああぁぁぁっ……!


 私は自らの愚かさに血の涙を流し、胸を掻きむしった。

 私が彼らを「完璧」に創りすぎてしまったがゆえに、彼らから「可能性」を奪ってしまったのだ。私が彼らを殺したのだ。

 誰もいない世界の中心で、私は己の過ちを延々と呪い続けた。


◇◇◇


 幾千の時が過ぎ、悲しみ続けていた私は、ある一つの真理へと辿り着いた。


 カオスという底知れぬ成長と変異を続ける闇に対抗するために必要なのは、最初から完成された「完璧」ではない。

 今はどれほど頼りなく、どれほど歪で、脆弱であったとしても──どこまでも変化し、学び、抗い、いつか創り手である私すらも置き去りにして高みへと駆け登っていく可能性。その『不完全』こそが、真の力になるのだと。


 完璧であることは、成長の終わりと同義なのだ。


 だから私は、あえて完成させなかった。


 あらゆる方向に枝葉を伸ばしていける、無限の伸びしろを持った【原初の人族】を創り出した。


 生まれたばかりの彼らは、驚くほど弱かった。鋭い爪も、硬い鱗も、空を飛ぶ翼も、絶大な魔力と聖力すら持っていなかった。

 けれど、その小さな身体に宿る瞳だけは、未知の明日を強く見つめていた。

 今日の彼らは、明日の彼らではない。今日流した悔し涙は、明日への強さとなる。今日の敗北は、明日への尊い糧となる。


どうか……この子たちだけは……


 祈るような想いで、私は彼らが生きる舞台を整えた。豊かな緑を育む大地を広げ、青く澄み渡る海をあたえ、清らかな川を引いた。

 そして、外なる混沌の侵食からこの愛おしい庭を守るため、世界全体を包み込む巨大な「防護の結界」を張り巡らせた。


◇◇◇


 しかし、結界すらも完全ではあり得なかった。私の力も、永遠ではなかったからだ。

 結界の微細な綻び、その小さな「穴」を突いて、今なおカオスの不気味な影は世界へと染み出し続けていた。


 彼らがいつかカオスの暴力に曝されたとき、決して屈することなく、自らの足で立ち上がれるように。

 私は最後に残された自らの全存在、そして魂の欠片にいたるまでを細かく打ち砕いた。


 彼らが迷わず成長の階段を登れるようにと願った、世界の導き──【レベルアップ】と【ステータス】、【スキル】と呼ばれる、絶対なる成長の法則。

私自身がその成長システムの「心臓(核)」となり、世界そのものへと溶け込んで同化することで、私の姿と意識は、この世から完全に失われた。


 体が黄金の粒子となって世界の隅々へ霧散していく瞬間、私の胸を満たしていたのは、かつてのような孤独や絶望ではなかった。

 

 愛しい私の子らよ。いつか……私すらも超えていってくれ。

 

 穏やかな愛おしさと、絶対の信頼を遺して、世界の絶対的な管理者は消滅した。


◇◇◇


 主を失った世界は、やがてその境界線を少しずつ揺るがせていく。

 管理者のいなくなった世界の綻びから、時折、別の世界に生きる様々な生命たちが、次元を越えてこの大地へと落っこちてくるようになった。

 見たこともない種族、魔獣、聖獣──。

 それらがこの大地に混ざり合い、独自の生態系を創り出していく。


 神の消滅から数千年の時が流れた、ある日の荒野。

 異世界の穴から流れ込んできた不気味なカオスの前に、身を寄せ合う【原初の人族】の姿があった。

 彼らは恐怖に身を震わせながらも、決して背を見せなかった。手にした粗末な石斧を固く握り締め、仲間を守るために立ち向かう。


 その瞬間、彼らの視界に、世界と同化した創造主の面影──透き通るような【ステータス画面】が、初めて蒼い光を放って起動した。


『──レベルが上がりました──』


 体に溢れ出す神秘的な熱量。強くなる感覚。彼らは歓喜の声を上げ、見事にカオスを撃退してみせた。

 神の遺した「不確定な可能性」が、初めてカオスを打ち破った瞬間だった。


 ……それからさらに途方もない月日が流れ。

 創造主の恩寵を直接受けた強靭な「原初の人族」は、平和な時代の中で徐々にその強大な力を失っていった。

原初の人族の記憶は遥かな神話の彼方へと没し、人々はそのルーツすら忘れ去っていった。


 しかし、世界の軋みは今なお密かに続いている。

防護の結界の「最も薄い場所」で、カオスの影が再び蠢き始めるのと時を同じくして──世界の綻びは、新たなる異世界の者たちを呼び寄せる準備を整えつつあった。


 誰も知らない、創世の記憶。

 その温かな祈りは今も、世界の底で静かに息づいている。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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