閑話 敗北ではない悔しさ
休憩スペースには誰もいなかった。
試合終了からしばらく経っている。
会場ではまだ歓声が続いているはずだ。
インタビュー。
配信。
SNS。
きっと今頃はEDGEの話題で持ち切りだろう。
NOVAは一人、モニターを見つめていた。
映っているのは先ほどの試合。
第1マップ。
自分が活躍した場面。
そして第2マップ。
雷神に対応され、苦しんだ場面。
さらに。
交代が告げられた瞬間。
そこで映像を止める。
何度見ても胸の奥が少し痛んだ。
チームは勝った。
しかも雷神相手に3-1。
最高の結果だ。
仲間たちも喜んでいた。
EDGEも活躍した。
だから本来なら自分も笑っているべきだ。
それなのに。
心のどこかが納得していなかった。
悔しい。
ただそれだけだった。
第1マップは良かった。
自分らしく戦えた。
でも第2マップ。
相手はすぐに対応してきた。
読まれた。
封じられた。
そして交代。
その現実が頭から離れない。
もしもっと強かったら。
もしもっと対応できていたら。
もし自分が試合を支配できていたら。
そんな考えばかり浮かんでくる。
「まだ見ているんですか」
後ろから声がした。
振り返る。
ミンジュンだった。
「監督」
ミンジュンは静かに隣へ腰掛ける。
しばらく沈黙が続いた。
モニターには再び自分が倒される場面が流れる。
NOVAは苦笑した。
「悔しいです」
隠すつもりはなかった。
ミンジュン相手に格好をつける意味もない。
「チームは勝ちました」
「みんな喜んでます」
「私も嬉しいです」
少しだけ視線を落とす。
「でも」
言葉が自然と漏れた。
「私がもっと強かったら交代なんてなかった」
それが本音だった。
ミンジュンは黙って聞いている。
否定しない。
慰めない。
だからNOVAも続けた。
「EDGE先輩が凄かったのは分かってます」
「でも」
「やっぱり最後まで出たかったです」
「勝負を決める場所にいたかった」
言い終えた瞬間、胸の中が少し軽くなった。
ずっと抱えていた感情だった。
ミンジュンは静かに頷く。
「良いことです」
NOVAは顔を上げた。
予想していなかった言葉だった。
「良いことですか?」
「はい」
ミンジュンは即答する。
「世界を目指す選手はそうでなければなりません」
NOVAは黙る。
ミンジュンは続けた。
「負けて悔しがる選手は多いです」
「当然です」
「誰でもそうなります」
そこで一度言葉を切った。
「ですが」
「勝った試合で悔しがる選手は少ない」
その言葉が胸に刺さる。
勝った。
称賛された。
SNSでも評価されている。
それでも満足していない。
もっとできたと思っている。
全部その通りだった。
「EDGE先輩が流れを変えました」
NOVAが呟く。
「そうですね」
ミンジュンは頷いた。
「私じゃ変えられませんでした」
するとミンジュンは首を横に振った。
「違います」
NOVAは思わず顔を上げる。
「EDGEが流れを変えた」
「それは事実です」
「ですが」
「あなたが第1マップを取ったからこそ、その交代が成立しました」
NOVAは言葉を失う。
考えたこともなかった。
「あなたがいなければ今日の勝利はありません」
静かな声だった。
だが不思議と重みがあった。
「勘違いしてはいけません」
ミンジュンは真っ直ぐ言う。
「BLUE HAWKは五人のチームではありません」
「七人のチームです」
NOVAはゆっくり息を吐いた。
その言葉が少しだけ心を軽くする。
「今日はEDGEの日でした」
「次はあなたの日かもしれません」
しばらく沈黙が流れる。
NOVAはモニターを見つめた。
そこには試合を決めたEDGEの姿が映っている。
悔しい。
本当に悔しい。
でも。
負けたくない。
その気持ちはもっと強かった。
NOVAは顔を上げる。
「じゃあ」
ミンジュンを見る。
「次は交代したくないって思わせます」
迷いのない声だった。
「誰が相手でも」
「最後までステージに立ちたいです」
ミンジュンの口元がわずかに緩む。
「良いですね」
「その悔しさを忘れないでください」
「それが選手を強くします」
NOVAは頷いた。
もう落ち込んではいなかった。
悔しさは消えていない。
むしろ前より強くなっている。
だからこそ。
次は負けない。
次は最後まで立ってみせる。
そのために。
もっと強くなる。
NOVAは静かに拳を握った。




