第6話 BLUE HAWK誕生
「面白そうですね」
Shinがそう答えると、誠司は満足そうに頷いた。
その反応だけで十分だったらしい。
まだ正式な返事をもらったわけではない。それでも表情を見る限り、半分以上は仲間になったと思っているのだろう。
だが当のShinは苦笑するしかなかった。
「よし」
誠司が小さく拳を握る。
「いや、よしじゃないですよ」
「何がだ?」
「俺、まだ加入するなんて言ってませんからね」
「今の返事で十分だ」
「十分じゃないでしょう」
即答だった。
横で聞いていた美月も呆れたようにため息を吐く。
「社長、その理屈で契約は成立しません」
「そうなのか」
「そうなんです」
会議室に笑いが広がる。
Shinはその光景を見ながら、この人は本当に変わっているなと思った。
普通の経営者とは少し違う。
細かいことを気にしない。
とにかく前へ進む。
だからこそ会社をここまで大きくできたのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと気になることが頭に浮かんだ。
「ところで」
「ん?」
「チーム名はどうするんです?」
その瞬間だった。
誠司と美月が顔を見合わせる。
嫌な予感がした。
そして次の瞬間、その予感は見事に的中する。
「決まってない」
Shinは思わず額を押さえた。
ここまで話を聞いてきたが、改めて考えると驚くべき状況だった。
選手はいない。
チーム名もない。
ロゴもない。
戦績もない。
それなのに世界一を目指すと言っている。
普通なら無謀と笑われてもおかしくない。
「本当に何もないじゃないですか」
「問題あるか?」
「ありすぎます」
美月が吹き出した。
誠司だけが本気で首を傾げている。
どうやら本当に問題だと思っていないらしい。
「じゃあ決めよう」
そう言って立ち上がる。
行動の早さだけは相変わらずだった。
誠司はホワイトボードの前へ移動すると、迷いなくペンを走らせる。
そこへ並んだのは動物の名前だった。
WOLF。
FOX。
BEAR。
HAWK。
どれもシンプルだ。
Shinは少し意外に思った。
もっと横文字を並べた難しい名前を考えているのかと思っていたからだ。
「動物なんですね」
「覚えやすいからな」
誠司は当然のように答える。
「チーム名はファンに覚えてもらわないと意味がない」
その考え方には納得できた。
競技シーンでも有名チームほど名前はシンプルなことが多い。
呼びやすい。
覚えやすい。
ロゴにも落とし込みやすい。
ブランドとして考えれば理にかなっている。
誠司は並んだ単語を見つめながら考え込む。
そして視線が一つの名前で止まった。
HAWK。
タカだった。
「それが気になるんですか?」
Shinが尋ねる。
誠司は少し考えてから答えた。
「好きな動物ってわけじゃない」
「じゃあ何でです?」
「イメージだな」
そう言ってホワイトボードを見る。
「タカは空から全体を見るだろ」
Shinは頷いた。
誠司は続ける。
「ゲームも同じだと思う」
「選手だけ強くても勝てない」
「コーチも必要だ」
「スタッフも必要だ」
「スポンサーも必要だ」
「全部揃って初めてチームになる」
先ほどまで笑っていたShinも自然と真面目な表情になる。
誠司はゲームを知らない。
だが組織を作ることに関しては誰よりも経験がある。
だから言葉に説得力があった。
そして誠司はもう一つ単語を書き加える。
BLUE。
青。
その文字を見た美月が首を傾げた。
「青ですか?」
「ああ」
「理由は?」
誠司は少しだけ笑う。
「空の色だからな」
単純だった。
驚くほど単純だった。
だが不思議と悪くない。
むしろ覚えやすい。
誠司は二つの単語を並べる。
BLUE HAWK
会議室が静かになる。
青いタカ。
空高く飛び、全体を見渡す存在。
偶然思いついた名前のはずなのに、どこかこのチームらしい気がした。
最初に口を開いたのはShinだった。
「結構好きかもしれないです」
素直な感想だった。
美月も頷く。
「覚えやすいですし、ロゴも作りやすそうですね」
「だろ?」
誠司は満足そうだった。
そしてホワイトボードに書かれた名前を見つめながら静かに言う。
「今日からこのチームはBLUE HAWKだ」
まだ何もない。
所属選手はいない。
戦績もない。
ファンもいない。
だが確かに今この瞬間、チームは生まれた。
誠司は席へ戻ると机の上に置かれた資料を手に取った。
先ほどまでの穏やかな空気が少し変わる。
いよいよ本題だった。
「さて、次は選手だ」
「ようやくですね」
Shinも苦笑する。
チーム名が決まった以上、次に必要なのは選手だった。
誠司は資料を一枚めくる。
そこに書かれていた名前を見て、Shinの表情が変わった。
Rei。
たった四文字。
だがSTRIKE FRONTIERを知る人間なら、その名前の重みを理解している。
日本サーバーランキング一位。
にもかかわらず大会出場経験はない。
配信もしていない。
顔出しもない。
年齢も不明。
正体を知る者はいない。
それでも競技シーンの人間なら誰もが知っている。
そんな異質な存在だった。
「……マジですか」
思わず声が漏れる。
誠司は反応の意味が分からず首を傾げた。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も」
Shinは苦笑する。
「STRIKE FRONTIERをやっていて、この人を知らない人はいませんよ」
それほど有名だった。
配信者。
プロ選手。
アマチュア。
立場を問わず誰もが一度は名前を聞いたことがある。
だが誰も正体を知らない。
まるで都市伝説のようなプレイヤーだった。
Shinの反応を見た誠司は小さく笑う。
どうやら狙いは間違っていなかったらしい。
「そうか」
そして資料を閉じる。
「なら最初はこいつだな」
BLUE HAWK最初のスカウト。
世界一への挑戦は、ようやく本当のスタートラインへ立とうとしていた。




