第10話 鹿児島へ
翌朝。
佐藤誠司たちは羽田空港にいた。
平日の朝にもかかわらず空港内は多くの人で賑わっている。旅行客やビジネスマンが行き交う中、Shinはキャリーケースを引きながら何度目か分からないため息を吐いた。
昨日まで東京でチーム設立の準備をしていたはずなのに、気付けば鹿児島へ向かう飛行機の搭乗口にいる。
改めて考えても展開が早すぎた。
「本当に行くんですね」
「さっきから何回目だ」
佐藤は笑いながら答える。
「だって普通行きませんよ。ランキング一位だからって会いに」
「普通じゃ世界一になれないだろ」
「便利な言葉ですね、それ」
Shinは呆れたように肩を落とした。
だが否定もできない。
実際、この男は普通ではなかった。
思い立ったら動く。
必要だと思ったら会いに行く。
だからこそSEIZE NEXTをここまで大きくしたのだろう。
横を歩く美月も苦笑している。
結局、誠司は一晩でスケジュールを調整し、自分たち三人の航空券まで手配してしまった。
行動力だけなら間違いなく化け物だった。
やがて搭乗案内が始まり、三人は機内へ乗り込む。
空港を離陸してからもShinは何度か資料を見返した。
Rei。
日本ランキング一位。
競技シーン最大の謎。
長年誰も正体を掴めなかったプレイヤー。
そんな相手に会うため、自分たちは今鹿児島へ向かっている。
考えれば考えるほど現実感がなかった。
数時間後。
飛行機は鹿児島空港へ到着した。
到着ロビーを抜けて外へ出ると、東京とは違う空気が肌を撫でる。
湿度を含んだ暖かな風。
遠くに見える山々。
どこかゆったりとした街の雰囲気。
Shinは周囲を見回しながら小さく呟いた。
「思ったより暖かいですね」
「東京とは全然違うな」
誠司はそう言いながらタクシーへ乗り込む。
目的地は天城蓮が通っているとされる大学だった。
もちろん本人だという確証はまだない。
会える保証もない。
それでも誠司は迷っていなかった。
移動中、美月が資料へ目を落としながら口を開く。
「でも不思議ですよね」
「何がだ?」
「十九歳で日本一なのに大会へ出ていないことです」
その言葉にShinも頷いた。
「普通なら目立ちたがりますからね。配信だって始めれば一気に人気出ると思います」
実際、競技シーンにはそういう選手が多い。
強さを証明したい。
ファンを増やしたい。
世界へ行きたい。
だから大会へ出る。
だから配信する。
だがReiは違った。
誰よりも強いのに表へ出てこない。
大会にも出ない。
配信もしない。
チームにも所属しない。
その行動は競技シーンの常識から大きく外れていた。
「だから会いたいんだろ」
窓の外を眺めながら誠司が言う。
その理由だけで十分だった。
才能そのものではなく、その才能を持つ人間に興味がある。
それが佐藤誠司という男だった。
大学へ向かう車内は静かになる。
三人とも、それぞれの考えを胸に抱えていた。
そして一時間後。
目的地へ到着する。
◇
その頃。
天城蓮は大学の食堂にいた。
昼休み。
多くの学生で賑わう食堂の一角で、蓮は友人たちと昼食を取っていた。
特別なことは何もない。
いつも通りの日常だ。
友人たちの会話を聞き流しながら定食を食べる。
そんな平凡な昼休みだった。
「そういえば昨日もゲームやってたのか?」
向かいに座る友人が尋ねる。
「やってた」
「飽きないな」
「別に」
短いやり取り。
友人たちは苦笑する。
蓮の反応はいつもこんな感じだった。
感情を大きく表に出さない。
必要以上に喋らない。
だが付き合いが悪いわけでもない。
だから自然と周囲に人が集まる。
「プロとか目指さないの?」
別の友人が聞く。
その質問も何度目か分からない。
蓮は味噌汁を飲みながら答えた。
「興味ない」
「もったいねえな」
友人たちは笑う。
だが蓮にとっては本心だった。
プロになりたいわけじゃない。
有名になりたいわけでもない。
ただ強くなりたい。
それだけだった。
その時だった。
食堂の入口付近が少し騒がしくなる。
学生たちの視線が同じ方向へ集まっていた。
「何だ?」
「先生か?」
「いや、違うな」
蓮も何となく顔を上げる。
入口には三人の姿があった。
スーツ姿の男女。
そして帽子を深く被った若い男。
どこか場違いな組み合わせだった。
だが蓮は特に気にしない。
再び食事へ視線を戻そうとする。
一方その頃、食堂へ入った誠司たちも周囲を見回していた。
学生ばかりの空間は明らかに場違いだったが、誠司は全く気にしていない。
「本当にいるんですか?」
Shinが小声で聞く。
「情報が正しければな」
誠司は落ち着いた様子だった。
美月はスマートフォンの資料と学生たちの顔を見比べる。
そして数秒後。
「あ」
小さな声が漏れた。
「どうした?」
「たぶん……あの人です」
二人の視線が向く。
食堂の奥。
友人たちと昼食を取っている一人の青年。
黒髪。
細身。
派手さはない。
どこにでもいそうな大学生だった。
だからこそShinは信じられなかった。
「本当にあれがReiか……?」
競技シーンで何年も語られてきた伝説。
誰も正体を知らなかった最強プレイヤー。
その本人が今、普通に定食を食べている。
あまりにも現実味がなかった。
誠司はその姿を見つめながら小さく笑う。
「面白いな」
「何がです?」
「世界一ってのは案外その辺にいるんだな」
そう言うと、誠司は迷いなく歩き出した。
美月とShinが慌てて後を追う。
食堂のざわめきが少しずつ遠くなる。
誠司の視線は真っ直ぐ蓮へ向いていた。
数メートル。
あと少し。
まだ蓮は気付いていない。
だが、その距離は確実に縮まっていく。
日本最強プレイヤー。
そして世界一を目指すBLUE HAWK。
二つの運命が交わる瞬間は、もう目前まで迫っていた。




