『剣聖』たる所以 その④
意識を維持できないほど強力な一閃が衝突し、青い火花を散らす。
2人の中心から暴風が吹き荒れ、目を開けるのさえやっとだ。剣がぶつかった激しい金属音は聞こえず、真空が広がっているかのようだった。
──意識を、保てない。
当代『剣聖』は、苦悶の表情を浮かべながら失神の危機に焦燥していた。
龍種の一体である鯀の討伐にも使用された『剣聖』のみが扱える必殺技〈剣の王〉は、あまりに強力すぎるがあまり、使用者までも意識を失うという欠点を有していた。
そんな致命的過ぎる欠点を補う程の破壊力を持つ必殺技は、初代が考案してから一度だって「最強」の地位を動いていない。
原点にして頂点。
小細工や技量を必要としない破壊力に特化したその技が衝突することは、これまでなかったのだが今は状況が状況だ。
茉裕の魔法によって生み出された偽物の先代が、当代に向かって本気で牙を剝く──そんなイレギュラーが重なった今回だから、〈剣の王〉同士が衝突し、当代『剣聖』の意識を奪おうとしていた。
──ここで意識を失えば、先代によって殺される。
だって、そもそも蘇生された先代に失神という概念はないのだ。茉裕の魔法で生み出された偽物は、言葉を発さないし目も虚だ。思考などせず、茉裕の命令に従ったまま動いている。だから、もとより意識など無い。ない意識を、どう落とせようか。
「──ッ」
朦朧とする意識の中、更に先代の力が強まる。先代にそこまでポテンシャルがあるのか──そう、当代は驚く。稽古の時に本気を出したことはなかった師匠だが、これが師匠の本気だというのか。
当代の脳裡に浮かぶのは、生きていた頃の師匠の姿だった。
──第33代『剣聖』カルマ・グルーゲル──要するに、当代『剣聖』の師匠はよく笑う人だった。
当代と出会った時も彼は笑っており、当代を弟子として認めてくれた時も笑っていた。修業の時も笑みを絶やさず剣を振るい、何気ないことを大笑するような大人だった。
当代と違って体格にも恵まれており筋骨隆々とした先代だったが、笑顔が多かったからか怖いイメージは持たれていない。先代のアイデンティティは笑顔だ。だから──
「──笑っていない師匠なんか、師匠じゃない!」
押されていた当代の剣が、再度押し返す。
目の前の師匠の表情に笑顔が貼り付いていないのが許せなかった当代は、その解釈不一致を力に変える。そして──
当代の剣が完全に先代の剣を押し返し、先代の体が引き裂かれる。先代は数歩後ろに退くと、先程まで先代が立っていたところに当代が崩れ落ちる。
「──かは」
肺から空気が漏れ出て、全身の血管に物凄い勢いで血が流れていくのを感じる。視界が歪み、目の前がぼやけてくる。師匠の死体は、霧消し──ていない。
腹を引き裂かれながらも、そこに立っていた。
「──な」
息を上手く吸えない体で、口をパクパクと動かしながら当代は立ち続ける先代の姿に驚きが隠せない。
──そうだ。〈剣の王〉の破壊力にかかれば、体を一刀両断できているはず。それなのに胴体がくっついているということは、剣同士の攻防で破壊力が削がれたのだろう。
剣を握らねば。首を斬らねば。このままでは先代に殺されてしまう。
そんな焦りを覚えながらも、当代は薄れていく意識と戦うことしかできない。このままでは、このままでは──。
「──」
当代が自分の意識と格闘していると、先代が当代の頭上までやってくる。
そして、静かに当代を見下ろした後に、懐かしい大笑を浮かべながら、当代に向かって開けない口を開き──
「──強くなったな」
先代はそう口にして、当代の頭を優しく撫でる。
茉裕の魔法で蘇生された死体であるはずの先代が、心まで本物になったような気がして──、
「──ぁ」
目を覚ます、と『剣聖』の顔を覗き込むようにしてそこにしゃがんでいたのは健吾であった。
目が合うと、健吾は嬉しそうな表情をして「純介、紬!『剣聖』が起きた!」と遠くの方へ声をかける。
──師匠は霧消したのだろうか。
ゆっくりと体を起き上がらせてから周囲を確認してみても、そこに先代の姿はない。
一体、どこまでが現実でどこからが想像だったのか、『剣聖』にはサッパリだった。
「──と、『魔帝』は?」
先程までは同じ空間で、『魔帝』との戦闘が行われていたはずだ。
残されているのは土魔法や鋼鉄魔法の後だけで、肝心の『魔帝』の姿はどこにも見えない。
「茉裕──『魔帝』は今天井にいる。さっき隕石が降って来て建物ごと押しつぶされそうになったけど、多分茉裕が吹き飛ばした。死んだと思ったけど、生きてるだろうな」
隕石を吹き飛ばしたのは、茉裕ではなく『古龍の王』なのだけどそんなことを健吾達が知る由はない。
「──それで、君達は?」
次の疑問は、純介と紬の2人に向けられる。共に城内都市パットゥまでやってきたのだから、それがWho are you?という疑問ではなく、いつ合流したの?という疑問であることは確かだろう。
純介はそれを直ちに察し、意識を失っていた『剣聖』に答えを出す。
「僕達は茉裕の相手を1階でした後でここに来ました。『鋼鉄の魔女』アイアン・メイデンに茉裕のことを任せて、僕達は戦闘の処理を」
「『鋼鉄の魔女』。先代『魔帝』の9番弟子の……」
猛者マスターである『剣聖』にとって、『鋼鉄の魔女』という二つ名をさえわかればどこの誰だか特定は容易だった。
「『鋼鉄の魔女』は今──天井に?」
『剣聖』の問いかけに3人は静かに頷き、純介が「生きてる確率は低いですけど」とそう補足する。
「──『魔帝』が戦闘の途中で姿をくらましたから、僕が起きるのを待っていたって訳か」
状況を飲み込んだ『剣聖』はそう口にすると、ゆっくりと立ち上がる。
失神から目覚めた後の不快感が頭の奥の方に残っているけれど、気にしている余裕はない。
「──足止めさせちゃってごめんね。『魔帝』を探しに行こう。あ、君達はサカエって男の子を探してもいるんだっけ?じゃあ、同時並行でやっちゃおうか」
『剣聖』はそう口にして、年長者として他の3人を指揮する。3人もそれに素直に頷き、この戦場を後にしたのだった。
──だから、その後で天井から一人の少女が落下して来たことには、誰も気付かない。
〈剣の王〉は『剣聖』しか扱えないので「受ける」修業をしていません。





